完全な中立、中性ってあり得ない
昨日、大阪にある遊郭跡の見学会に参加した。
跡といっても街として現役なので、言葉は慎重にならなければならない。
僕は昔から遊郭、花街、色街の歴史や、芸妓、娼妓の文化的背景にとても興味関心を持っていて、京都、神戸、東京などの遊郭、赤線の資料を調べたり文献を読んだりしてきた。
そうした地域について書かれた書物は数多いが、男性が書いたものの多くに男としての興味本位、性的関心が滲み出ている。
いくらで遊べる、何ができる、みたいな。
僕も男だからそうした興味があることは理解できるが、それが書物になっていることに強烈な違和感を感じるし、吐き気さえ催す。
娼妓、遊女、女郎、公娼と呼ばれた人たちがなぜそこで働くのか、それはたとえば江戸時代と今とでは大きく異なるだろうし、またそれを論じる側も江戸時代と今とでは大きく時代背景が異なる。
単なる性奴隷であり性的搾取だったという捉え方もある時代のある文脈において正しいし、当人は実は誇りをもって勤めていたという捉え方もまた別の時代の別の文脈においては正しいのだ。
現代に生きる我々が、それをジェンダー的に問題があったと断じることも、日本のそれは大らかだったと評するのも、あまりに一面的に過ぎる。
僕がこの街を歩いて受けたさまざまな衝撃を、言葉を尽くして語れば語るほど、そこには各方面各立場から見た隙を必ずや含むに違いない。
僕が男である限り、受けた衝撃の何割かは男としての本能が含まれていることは間違いないからだ。
ただただ、歴史は勝者の記録であり男性の視点であったことを念頭に置くことのみが、現代の我々が保持できる最大の中立性だろう。
もちろん完全な中立、中性ってあり得ないのだけど。
だから、昨日の衝撃は文字には起こさない。
だとすればふつう、ご自身の目で確かめてほしいと言うものなのだろうが、それも違うと感じた。
言えるとしたら、昨日僕が利用した見学会や、飲食その他で対価を払って街を利用し、そのときに受ける衝撃を大切にしてほしいということだろうか。
訪れたのは、元妓楼であり今は登録有形文化財の飲食店として営業している飛田新地の〈百番〉だ。
ここで事前予約制の見学会に参加したのだ。


娼妓の顔写真が並んだという

贅を尽くした造作


船を模した三畳はかつては寝台だったという
戸を開けると向かいの壁面に富士山を望む情景が描かれている

見学会は非常に詳しい解説があり、これ以上なく満足できるものだった。
口コミで広がって、今では全国から見学者が来るらしく、今は3月末まで予約でいっぱいだ。
建築には傷みもかなり多く、貴重な文化遺産を後世に伝えるには、こうした見学会やクラウドファンディングで支えることが重要だと思う。
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昨日の見学会はnoterのにぐまっちさんといっしょに行った。
というか、先に申し込んでいたにぐまっちさんから教えてもらって、あとから予約枠にギリギリ滑り込んだ形だ。
にぐまっちさんとはとにかくいろんな興味関心が似ていて、驚くばかり。
当初この遊郭跡の見学だけのつもりだったが、古大坂の歴史を足で確かめようということになり、四天王寺や一心寺を中心に上町台地を歩いた。

西方浄土を望む西の石の鳥居、西重門、五重塔
坂を上り下りするたび、これが…! あれが…!と2人で盛り上がる。
それだけでもう一つの記事が書けそうなくらいだ。
にぐまっちさんのkindle書籍『転機の旅』を先日へんいち文庫から出したばかりだから、通天閣のたもと・新世界で出版記念の乾杯。

この店もなかなかにうまかった
昨日だけで一気にこの界隈の背景に詳しくなったので、ここなら〈ぐるめぐる大阪〉を開けるかもしれない。
(2025/1/13記)
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