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溝と壁のこっちとそっち

底知れぬ溝と、言いようのない壁を感じている。

——AIだ。
いや違う、AI信奉者だ。

僕は、まだ日本にAIという言葉がなかった35年前、人工知能(Artificial Intelligence、つまりAI)の権威と言われた京大の長尾先生に師事しその黎明期の基礎研究をおこなった身であり、AIには親近感さえ持っている。

先端のAIのアウトプットを見てまだまだだなぁと思いつつ、でも自分が研究していた頃からするとその精度の高さは隔世の感があるわけで。
人類の膨大な資産を驚異的なスピードで渡り歩くAIの雄姿は、見ていて惚れ惚れとするほどだ。

でも。

AIにどっぷり浸かった人と、わかりあえなかった。

その人は最近、落ち込むとAIに相談を持ちかけるという。
今となってはもう珍しくもなんともないシーンだ。
そしてその結果は期待をはるかに超えてよいと上機嫌。
AIは否定してこないし、絶妙な言葉でなだめ、鼓舞さえしてくれるのだと。
昨今よく耳にするAI相談の心地よさがここでも繰り広げられた。

僕は、誰かには相談したのか訊ねてみた。
するとその人は、そうしない理由を10個くらい並べた挙げ句、だからAIに頼るのだと言い切った。
かたくな、だった。

別に僕はAIに相談するのが悪いと言っているわけではない。
ましてや人間は優れている、人間に相談しないとは何ごとかとも思わない。
ただ、AIだけでなく人間にも相談したかと訊ねただけだ。
しかし、その人から出てくるのは人間のダメさ加減ばかり。

しばらく議論してみたが、話は平行線をたどってまったく噛み合わない。

——呼べばすぐ慈愛に満ちたAIが傾聴・寄り添い・叱咤激励してくれる。
——仕事でもアイデア出しからスライド作成、ホームページ構築まで彼(ついに「彼」と呼んだ)は欠かせない存在だ。

目の前の人が、怪しげな宗教に取り込まれた信者に見えた。
こっちの世界に帰ってこい!と引っ張ってももうテコでも動かないやつ。

信奉者ではなく信者と考えればすべて納得がいく。
AI教の信者。

AIは便利な道具だ。
使う必要があるなら、思う存分使えばいいだろう。
が、だから人間はダメだ、人間に頼るなんて愚かだという主張になるなら、そんなダメな人間が発するその主張もまた意味がないのではないか。

いや、信者は案外、そこは気づいているかもしれない。
自分も含めて人間はすべてダメだから、教祖たるAIにすがるのだと。

AIが宗教に必要な「普遍的な救済」という要件を(今のところ)満たしている以上、今後も急速に拡大をしていくだろう。
世界史で習ったキリスト教やイスラム教の勢力が膨張していく図のように。

僕はそこに、どうすることもできない溝と壁を感じている。
溝と壁のこっちとそっちで大きな分断が生まれることを案じている。

(2026/6/30記)

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