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逆風のなかの果実 ~第十八章~

第十八章: 結実 - 想いが実った瞬間

お手柄!農業研究部

小川知事の定例会見から3日後、ついにそれぞれの想いが合致し始めた。
 
朝、さくらが興奮気味に教室に飛び込んできた。彼女はあかりとゆうなに向かって言った。
「ちょっと、聞いて!大変なことになってるの!私のSNSに『いいね』が4000件、リツイートが3000件を超えたの!」
 
あかねが驚きながら言った。
「いったいどういうこと?興奮しないで、落ち着いて説明して。」
 
さくらは続けた。
「昨日、お父さんに『今年の緑農祭は無理だ』って言われて、ムカついたから、『緑農祭絶対やりたい!私たちの緑農祭をみんなで守ろう!』ってSNSに投稿したの。そしたら、信じられないくらい『いいね』がついたのよ、4000件も!」
 
あかねは頷いた。「わかったって。」
 
若者の言葉を借りれば、さくらの投稿はまさに『バズった』のだ。その影響は計り知れず、投稿は緑野農業の生徒や保護者だけでなく、OBや地域の人々にも広がっていった。学校には激励の声が、教育委員会には撤回を求める苦情の電話が殺到した。

部室で談笑する農業研究部の3人

放課後、ゆうなの興奮が再びみんなを引き寄せた。
 
「ちょっと、みんな見て!」彼女の声が部室に響くと、あかねとさくらは興味津々でゆうなのスマホを覗き込んだ。
 
「実はね、知事が会見をした日、私たち農業研究部のSNSを見ていたの。その時、たくさんの人から『頑張ってね』や『負けないでね』という温かいメッセージが届いていたの。一人一人に返信していたら、ふと気づいたの。私たちの周りには、こんなに多くの応援者がいるんだって!」
 
その言葉に、あかねとさくらの目が輝く。ゆうなは続ける。
「そこで、イベントでお世話になっている地域おこし協力隊の野村さんに相談したの。何かできることはないかなって。そしたら、オンライン署名をやってみたらどうかって提案されたの。」
 
「それで、change.orgでオンライン署名を始めてみたの。すると、なんと賛同してくれた人が1万人を超えたのよ!まだ始めて3日しか経っていないから、これからもっと増えると思うよ!」
その瞬間、部室には希望と興奮が満ち溢れた。

すると、あかねが口を開いた。
「みんなも、いろんなことをやってたんだね!」
 
その言葉に、ゆうなとさくらは驚いて声を揃えた。「みんなも、ってことはあかねも」
 
あかねは頷きながら続ける。
「実は、知事が会見した日、私は小泉さんに会っていたの。いつも取材に来てくれる相模日報の記者さんの。今回の件についてどうしたらいいか相談したくて」
 
彼女の言葉に、二人の表情が期待に満ちる。
「そしたら、小泉さんが私たちのことを記事にしてくれるって言ってくれたの。だから、二人のことも伝えたら、きっと興味を持ってくれるはずだと思う」
3人は希望に満ちた表情で帰宅した。

新聞各紙の報道 

翌朝、さまざまな想いがついにひとつに結実した。

朝刊3紙に記事が掲載される 

まずは、相模日報の朝刊が届く。小泉さんが約束通り、今回の件を一面に大きく掲載してくれたのだ。
地方紙とはいえ、一面というのは特別な意味を持つ。
小泉さんの熱い想いが伝わり、あかね、ゆうな、さくらの三人は思わず涙を浮かべた。
 
記事には、あかねが知事宛に書いた手紙の一部が掲載されていた。
そこには、生徒にとって、販売活動が単なる教育の一環ではなく、生徒の人格形成や学校のロイヤリティを高める貴重な場であることなどが力強く記されていた。

そして、SNSを通じて支援の輪が広がり、オンライン署名が20,000件に近づいているという嬉しい報告も書かれていた。

最後に、「勇気ある高校生の行動が、社会を動かした」という言葉で印象的に締めくくられていた。
 
次に、毎朝新聞の朝刊にもこの件が掲載されていた。
実は、磐田は日新新聞の水野との密会の後、毎朝新聞の記者とも連絡を取り合っていたのだ。すでに毎朝新聞はこの件を記事にしていたが、内容は取材不足の印象があった。
 
そこで、磐田は毎朝新聞にクレームを入れる形で連絡し、詳細な情報を伝えた。彼の熱意と情熱が伝わったのか、結果として毎朝新聞は再度この件を取り上げることを決定した。
この二度目の掲載は、より深い内容になり、彼の行動が実を結んだ瞬間だった。
 
日新新聞にも事件の詳細が掲載されていた。
騒動の初期から、磐田は記者の水野と連絡を取り合っていた。

水野とは、知事の定例会見が終わり、磐田たちが生徒に直接経緯を話してから記事を掲載するという約束を交わしていた。
毎朝新聞が事件をすっぱ抜く可能性が高いことを水野も理解していたが、それでも彼は磐田との約束を優先し、掲載を待ってくれた。

水野の記者としての誇りを感じていたからこそ、磐田もできる限りの情報を提供したのだ。
 
記事は、相模日報が生徒の想いを中心に展開したのに対し、中立的な立場から賛否両方の意見を並べ、冷静に書かれていた。

まず、大学教授のコメントが紹介され、高校生が地域活動に参加する意義や、高校が社会との接点を持つ重要性が述べられた。

そして、水野が準備していた切り札、文部科学省参事官の「今、初めてそのような事態をお聞きしたので、回答は差し控えさせていただきます」というコメントが紹介された。
 
実は、4月に入ると、緑野農業高校の農産物販売禁止は県庁記者クラブでも話題になっていた。
水野たちは教育委員会の八木や川端に取材したが、彼らは「文部科学省からも問題ないとの回答を得ている。現場からも不満の声は上がっていない。県議会の先生たちも特に問題視していない」と話していた。

しかし、この記事によって、「文部科学省から許可」と「現場の不満はない」の二つの根拠が虚偽であることが明らかになった。
 
最後に、47都道府県で農業高校の農産物販売を禁止しているのは本県だけだという衝撃の記事が掲載された。このデータは、水野が磐田に依頼していたものである。水野は、客観的な情報を求め、磐田に全国の農業高校の実態を示す資料をお願いしていた。
 
磐田は全国組織の役員である山岡と共に、47都道府県の農産物販売の実施状況や回数、関与した生徒数など、詳細なデータをまとめて水野に提供した。もちろん、校長の和田からの許可を得てからのことだった。農業高校のPRを目的とした「農産物販売の紹介」という名目にすることで、揚げ足をとられないようにした。
磐田たちは慎重に慎重を重ねて行動した。

緑野農業のある件だけ農産物販売を禁止している
(静岡県は今回のストーリーとは関係ありません)

彼らの周到な準備と努力が実を結び、ついにこの問題がクローズアップされたのだ。
この3紙が同日に朝刊で報じたことは大きなインパクトを持っていた。3紙の報道により、県民のほぼ全てがこの事件を知ることとなった。農産物販売禁止の通達があってから2ヶ月。ようやく、緑野農業高校に光が差し込んできた。 

議会も動く

この出来事は、ある人物を動かすことになった。
それは、緑野農業高校のOBであり、県議会議員の関根だった。

彼の耳にも、3月末に農産物販売禁止の情報が入っていた。彼は母校の後輩たちを心配し、教育委員会の八木のもとを訪れた。
八木からは、「文部科学省からは問題ないとの回答を得ています。緑野農業から不満の声は挙がっていません。むしろ職員からは業務軽減を歓迎する声があり、生徒たちもインターンシップができると喜んでいます」と説明された。しかし、今回の報道によって、これが虚偽であることが明らかになった。
 
関根は憤慨し、仲間の議員に声をかけた。その日のうちに、彼は文教警察委員会を招集し、全会一致で農産物販売禁止の撤回を要求することを決定した。
委員会では、説明を求められた八木は「緑野農業の事故により、混乱が発生したための一時的な措置」と弁明したが、議員たちからは「混乱を招いたのはむしろ教育委員会の方だろう」と厳しい意見が相次いだ。

文教警察委員会の様子

この議員たちの動きによって、教育委員会が主張していた3つ目の根拠「議員の先生たちも問題視していません」も崩れ落ちた。

いよいよ、6月の知事定例会見を残すのみとなった。

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