逆風のなかの果実 ~第二章~
第二章: 予兆 – 忘れられた報告書
月曜日の朝、磐田は真夏だというのに、冷たい空気が漂う会議室で、校長や教頭、畜産科長の後藤、事務室長、そして教育委員会から駆けつけた津田と共に、緊急の善後策を練っていた。重苦しい雰囲気が支配する中、田中が暗い表情で入室した。

「田中、何があったんだ?」
磐田の厳しい声が響く。
田中は目を伏せ、震える声で言った。
「原乳の温度管理が不十分で、コンタミが…」
その言葉に、後藤は冷たく返した。
「そんな簡単なことで問題が起こるとは、信じられない。」
教頭も厳しい視線を向け、
「君がもっと注意深く管理していれば、こんなことにはならなかったはずだ。何か言うことは?」
と詰め寄った。
「でも、私は…」
田中は言葉を失った。磐田はすぐに遮った。
「待ってください。田中に責任を押し付けるのは不当です。農業は広範な分野で、彼に細菌に関する専門知識を求めるのは無理があります。」
「それに、細菌数を告げられても、その数字の重大さを理解するのは専門外の人間には容易ではないはずです。」
後藤も同意したが、津田は冷静に口を挟んだ。
「それでも、報告が遅れたのは事実です。問題はそれです。」
磐田は怒りを抑えきれず、声を荒げた。
「個人の問題ではなく、態勢を整えることが必要です。私たち全員がこの問題に責任を持たなければなりません。」
津田は磐田の勢いに押され、黙ってしまった。彼はいつも強く言われると、無言になってしまうタイプだった。
その後、会議では事故再発防止チームが結成され、磐田がマニュアルを作成することに。後藤は現場の不具合を洗い出し、田中は危険箇所の修理と点検を担当することになった。
「田中、君がやっていることは非常に重要だから、頑張ろうな。」
磐田は励ましの言葉をかけた。
「俺たちが協力し合えば、必ず解決するから。」
田中は少し自信を取り戻し、
「はい、頑張ります。」
と答えた。
事故が起きたときのための保険への加入も決まり、忙しく業務が進んだが、7月中にはほぼすべての作業が終了した。マニュアルも完成し、8月から出荷再開の目途が立った。

「今回は幸運だったわ。事前検査でコンタミが確認できたから、消費者への健康被害がでなくてよかった。」
後藤は安心の表情を浮かべた。
しかし、賠償問題は依然として難航していた。県側は原乳のみの賠償を考えていたが、業者は人件費やタンクの洗浄費用を含めた金額を要求していた。
「津田さん、どうするつもりですか?」
磐田は不安を隠せずに尋ねた。賠償問題は金額の大小にかかわらず知事案件である。知事は年に2回、9月末と3月末に定例会見で学校で起こった不祥事を報告することになっている。磐田は、津田は仕事が遅く、後回しにすることがあることを知っていたので、今回の件も後回しになるのではないかと不安だったのだ。
「金額が調整つかないので、9月に間に合わせる自信がありません。報告は3月末に合わせるつもりです。」
津田は軽く考えていた。
「それは危険ですよ。知事への報告が遅れれば、学校側に不利な状況を作ってしまう。何より、このような事故の対応はスピード感が大切なはずです。」
磐田は焦りを募らせた。
津田はそれを無視するかのように、タブレットに目を落とし、
「上席に報告しなければならないので」
とだけ言い残し、帰ってしまった。磐田は本当に津田が知事への報告を9月に間に合わせるのか不安でたまらなかった。知事への報告が実際に行われたかどうかは現場の職員には知りようもなく、磐田は祈るような気持ちで津田の背中を見つめた。
「頼む、何が何でも9月の報告に間に合わせてくれ。」
しかし、後になってわかったことだが、津田は結局、9月に報告を間に合わせることなく、そのまま緑野高校の原乳出荷事故の件は半年間放置されてしまった。

時は過ぎ、2月。緑野農業で起きた原乳出荷事故の報告書がようやく知事の目にとまった。しかし、報告書を読んだその瞬間、知事の目がつり上がり、怒りに満ちた表情に変わった。
ここから、知事が方針撤回を宣言するまでの3ヶ月、緑野農業は激動の時期を迎えることになるのであった。
