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逆風のなかの果実 ~第十六章~

第十六章: 会見 - 疑惑の定例会見

いよいよ、知事の定例記者会見の日となった。
磐田たちは緊張の面持ちでその様子を見守るはずだった。
しかし、毎朝新聞の朝刊が「農産物販売禁止」について報じた。
以前、磐田に取材依頼した記者が、他紙に先んじて記事にしたのだ。そのおかげで、慌ただしい1日となってしまった。

朝刊に記事が掲載される

朝刊の記事

記事の内容はこうだ。
「農業高の外部販売停止」—県教委が無償提供に切り替えを検討、昨年の生乳出荷トラブルが影響。「生徒の意欲そぐ」声も、と続く。
この内容から、教育委員会の指示により農産物販売が禁止されていることが広く一般に周知されてしまった。また、販売禁止の理由が教育委員会の説明会で話された「条例の解釈の変更」ではなく、「原乳出荷トラブル」と書かれていたことから、情報源がどこなのか不明であった。少なくとも緑野農業周辺でないことは明らかだった。
 
2日前のPTA総会で磐田が保護者の前で、コトの経緯はすでに話していたが、教師の口から、まだ直接、生徒たちには伝えていなかった。
農産物販売禁止が及ぼす影響についても話さなければならない。

ここままだと、彼らが待ち望んでいる文化祭兼農産物販売会「緑農祭」を中止しなければならないことも。
「緑農祭」は来場者が一日5000人以上の学校最大のイベントで、学校のアイデンティティでもある。

緑野農業高校の文化祭

もし、このイベントが中止となったら、生徒たちの落胆は計り知れない。
磐田は教務主任や担任団と緊急の打ち合わせを行い、朝のHRで生徒たちに何を伝えるかを慎重に調整していた。
 
「緑農祭の実施の有無については明言せず、今後も検討を続けること、そして確定した事実のみを伝える」という方針が決まった。

幸いにも、11月に予定される「緑農祭」はまだ実行委員会も立ち上がっておらず、開催まで時間が十分にあること、すでに何人かは保護者から経緯を聞いていたことから、大きな動揺を見せず、淡々と担任の説明に耳を傾けていた。

担任からの報告を受け、磐田はひとまず胸をなで下ろした。
 
それでも、保護者や業者からの問い合わせが殺到し、その対応に追われた磐田たちは昼食を食べる暇もなく、15時からの知事の定例会見を迎えることになった。授業が終わった教員が順次、農場の会議室に集合し、プロジェクターで大きく映し出された画面を、みなが固唾をのんで見守っていた。

知事の定例記者会見

15時、小川知事が会見場に現れ、会見を開始した。開始から約30分後、彼は農業高校における農産物販売禁止の方針について語り始めた。磐田たちはその発言に注目した。

農産物販売禁止は学習指導要領に反するものであり、多くの矛盾をはらんでいたからだ。知事が数々の矛盾や「条例の解釈の変更」をどう説明するのか、緊張して見守ったが、彼の言葉には驚愕した。
 
知事はまず、「農産物販売禁止は原乳出荷事故が原因で、緑野農業が『雑菌が繁殖した牛乳を販売した』からだ」と言った。
教育委員会からは「条例の解釈の変更」が理由と聞かされていた職員たちは、驚きを隠せなかった。
また、実際には、汚染された原乳を販売した事実はなく、直前の検査で未然に防いでおり消費者のもとには汚染された牛乳は届いていない。明らかな事実誤認である。
 
次に、知事は「農産物の販売によって得た収入が学校運営費に当てられ、職員の間に『儲け主義』が広がっている」と説明した。
しかし、農産物販売の収入は即日事務に提出し、翌日には県に入金しなければならない規定がある。知事はそのことも知らないのかと、職員たちは唖然とした。

また、緑野農業高校の農場予算は毎年一定で、前年の売り上げによって次年度の予算が決まる県もある中で、緑野農業高校は他県から見ると「儲けなくてもいい」学校だというのは周知の事実だった。

実際に、緑野農業高校の年間予算は4000万円程度だが、販売による収入は8割の3200万円前後であった。
 
さらに、知事は緑野農業高校の農産物販売を「文化祭の模擬店レベル」と表現した。
これには職員たちも怒りをあらわにした。
緑野農業は年に一度、銀座の百貨店でも販売しており、厳しいバイヤーに認められる品質を誇っていたからだ。
 
最後に、知事は無償提供のメリットとして、農産物を無償で提供する代わりにインターンシップや出前授業を充実させると述べた。

しかし、農産物の提供がなくても、地域の農家やスーパー、加工業者は毎年インターンシップを受け入れてくれている。
箕輪も見返りを求めずに毎年生徒を受け入れており、磐田たちはそうした関係を長年にわたって築いてきた自負があった。数万円の農産物提供で関係が揺らぐことはなかった。

[参考]

https://www.pref.ibaraki.jp/bugai/koho/hodo/press/19press/p220530.html##6

このような誤った内容を、地方自治体の長が平然と会見で語る姿に、磐田たちは恐怖を感じた。

一体、誰が知事にこんな事実誤認を教えたのか。現場の説明と異なる内容がなぜ会見で述べられたのか、磐田には理解できなかった。
今までの抵抗は何だったのか、全身の力が抜けていく感覚が彼を襲った。

チーム緑農のメンバーは、誰もいなくなった会議室に残り、定例会見の感想を語り合った。
 
「まさか、あんなデタラメとも言うべき内容だとは思わなかったな」
と、山岡が落胆した様子で言った。
「これまでの教育委員会とのやりとりは、一体何だったんでしょうね」
と前川が続ける。
「結局、畜産科が全部悪いってことなんでしょうかね」
と後藤が声を落とした。
「まあ、落ち込んでも仕方ないから、お茶でも飲みながら次の手を考えましょう」
と松山が気丈に振る舞い、お茶を入れ始めた。

会議室には疲労感と焦燥感が漂う

高橋が、今回の件を総括するように語り出した。
「要は、俺たちは教育委員会のスケープゴートにされてしまったってことだよ。原乳出荷事故は7月には片付いている問題のはずだった。
でも、津田が9月までに報告を間に合わせることができなかった。
2月に報告を受けた知事は、緑農で事故が続いたことや報告の遅れに腹を立て、感情的に『農産物を売っちゃいかん』と言った。
今さら自分たちの落ち度を認めるわけにはいかない教育委員会は、自らのミスを隠して、すべての責任を現場に押しつけたんだ。」

「それって、ひどくないですか」
と前川が声を挟んだ。
 
「ただ、教育委員会にも誤算があった。俺たちがこんなにも反対するとは思ってなかったはずだ。だから、俺たちを黙らせるための理由を考え、『条例の解釈の変更』という方便を思いついた。
それで俺たちを黙らせたつもりだったけど、いざ会見で知事が発表するには無茶すぎた。
だから、知事には『条例の解釈の変更』について知らせなかったんじゃないかな。
その証拠が今朝の毎朝新聞の記事だよ。きっと『条例の解釈の変更』は俺たちだけにしか言ってないんだ。」
 
「それにしても、『もうけ主義』ってひどくないですか?」
と後藤が言った。
 
「みんなは知らないかもしれないけど、俺は長くこの学校にいるから知っているんだ。実は教育委員会の八木さんと津田は、昔、農業教員として緑農に勤務していた時期があるんだ。二人とも現場の作業が苦手でね。
先輩たちから『売り上げが落ちたらどうするんだ、予算が減ったらどうするんだ』とよく怒られていたな。きっと、その時の印象が深く残っていたんだろうね。」
 
「そうだったんですか。それで、明日からどうします? っていうか、今まで気がつかなかったけど、肝心の磐田さんがいないじゃないですか」
と前川が周囲をキョロキョロしながら言った。
 
「今回の会見で、一番ショックを受けているのは磐田さんだろう。きっと、今日は疲れて家に帰ったんだよ。今日くらいは休ませてあげよう」
と山岡が言い、解散となった。
 
日が落ちかけた18:00過ぎ、男は誰にも気づかれないように、ある場所へ向かっていった。
そして、もう一人は、駅ビルの中にあるコーヒーチェーンで人を待っていた。
 
いよいよ最終決着の時が迫っていた。

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