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逆風のなかの果実 ~第十三章~

第十三章: 臨界 - 回り出した歯車

説明会のあと

過日の説明会で、若い職員を守るためとはいえ、磐田の言動は不評を買った。この出来事をきっかけに、彼と距離を置く職員も出てきた。しかし、悪いことばかりではなかった。農産物販売禁止の発表から3週間が経過した現場では、厭戦ムードが漂っていた。中には、「これ以上反対運動でエネルギーを消耗するよりも、現状を受け入れて静かに進めるべきだ」という意見も出始めていた。
 
しかし、磐田の言動を見て、彼と関わりを持ちたくないと感じる職員たちが口をつぐみ始めた。逆に、反対運動を推進している職員の中は、磐田の熱意を感じ、行動する際には磐田に相談するようになった。結果、意図せずして磐田に情報が集約され、説明会以前よりも結束は固くなっていった。
 
そして、教員たちの知らないところで、反対運動は、静かに、しかし着実に前に進んでいくのだった。

生徒たちの違和感

4月も中旬に差し掛かり、入学式やオリエンテーションといった年度初めの行事が一段落し、いよいよ授業が始まる時期となった。
磐田は、農場で3年生の実習指導を担当していた。農産物販売禁止について、生徒たちにいつ、どのように、どんな内容で伝えるべきかを決めかねていた。

とりあえず、他の職員には、それぞれが勝手に話し出すと齟齬が生じる可能性があるため、生徒に伝えるのは待つよう指示を出していた。

磐田は、実はそうした理由よりも、生徒に伝えてしまったら、自分たちが負けを認めたことになってしまうのではないかと感じ、言えずにいたのかもしれない。
 
実習は、例年通りの緑野農業の日常として進行していった。
4月は例年、野菜の種まきから始まる。
ただ、今年は今までと、ちょっと違った。
販売ができなくなったため、その分、種を播く量が少なくなっていたのだ。
しかし、そのことを生徒に伝えず、実習を行った。

生徒たちは、なんとなく「今日の実習は楽だな」としか感じていなかったが、谷口だけは、異変に気づいていた。

谷口は緑野農業高校の生徒会長である。少し頼りない部分もあるが、芯の強い生徒であり、農業と農業高校を心から愛していた。谷口は大好きな緑野農業高校を盛り上げたいと思い、普段は目立ったことを嫌う性格ながら生徒会会長に立候補したのだ。

農業が大好きな谷口は、放課後はいつも残って教員たちと一緒に片付けなどを行っていた。そのため、彼は授業で播く種の量が、畑の面積に対して明らかに少ないことに気づくことができたのだ。

「磐田先生、今日、播種の量、少なくなかったですか?」
と尋ねたが、磐田から明確な回答は得られなかった。

いつもより作業量の少ない実習

もう一人、異変に気づいた生徒がいた。それは畜産科3年の横瀬という女子生徒である。横瀬は冷静な性格で、物怖じしないタイプの生徒だ。間違ったことがあれば、教員に対しても自分の意見をしっかりと述べることができる生徒だった。
 
畜産科には動物が好きな生徒たちが集まり、家畜の世話をする「畜産部」という部活動がある。横瀬はその中で乳牛班のリーダーを務めていた。牛はおとなしい生き物だが、扱いには慎重さが求められる。
また、毎日出る牛糞は、大きな農業機械で回収される。のんびりとしたイメージのある酪農ではあるが、実際には農業の中でも危険が伴う部門であった。

そのため、普段牛舎では安全を確保するために、先生たちから厳しい口調で指示が飛ぶことが多い。
しかし最近、先生たちの口調が以前よりも優しいのだ。
 
さらに、牛糞の回収など、汚れや臭いを伴う作業に関しては、先生たちがこれまであまりやりたがらず、生徒に任せることが多く、それが乳牛班のなかでも不満の種だった。

しかし、最近では先生たち自身が率先してその作業に取り組む姿が見られるようになった。
このような先生たちの小さな変化に、横瀬は強い違和感を抱いていた。
 
畜産科の職員たちも苦心していた。磐田が所属する農業科は主に野菜を栽培しており、その収穫は秋に行われるため、農産物販売禁止問題に直面するまで猶予期間がある。
しかし、畜産科では毎日朝と夕方に牛乳を搾らなければならず、衛生上の問題から生徒にその牛乳を飲ませることもできなかった。
 
当初は、牛糞と混ぜて堆肥化を試みたり、牛舎の裏側に穴を掘って廃棄する方法を取っていたが、その方法も限界に達していた。

牛乳の処理が日々の業務において大きな負担となり、職員たちは頭を悩ませていた。

さらに、生徒たちが一生懸命に飼育した乳牛から搾った牛乳を捨てるという行為に良心が痛み、精神的な負担にもなっていた。

廃棄される原乳

保護者の違和感

保護者たちも、学校の異変に気づき始めていた。箕輪の父親もその一人だった。箕輪は磐田の教え子であり、自身の息子も緑野農業高校に通っている。

地元で大規模な農業を営んでおり、例年であれば春休みに入ると磐田から連絡があり、緑野農業高校の生徒を職場体験として受け入れたり、資材の購入について相談されたりしていた。しかし、今年はその連絡が一切なかった。

箕輪は、部活動の送迎の帰りに農場の事務所に立ち寄り、磐田にその疑問をぶつけた。しかし、磐田からは明確な回答が得られず、箕輪は十数分間、磐田と話し、不満そうに帰って行った。
 
生徒や保護者だけでなく、例年連携をお願いしている加工業者や、緑野農業のジャム実習で使用するイチゴを納品してくれるイチゴ農家などから、今年度の計画についての問い合わせが寄せられた。

「タダ」に群がる

さらに、農産物販売禁止に悩む職員の気持ちを逆なでするようなことも起こり始めていた。
農産物販売禁止や無償提供の噂をどこかで聞きつけた業者が、「タダでくれるなら、うちがもらいたいんだけど」と言ってくるケースが出始めた。

生産する生徒の気持ちを顧みず、「タダ」という言葉に、大人が群がりだしたのだ。

無償という言葉に群がる業者

また、マスコミからも取材の申し込みが磐田のスマホに頻繁に入るようになった。磐田は、連絡してきた業者やマスコミに対して、当初の対応通り「私の口からは申し上げられない。教育委員会に聞いてくれ。」と伝え、矛先を教育委員会に向けさせた。

一方で、磐田自身も教育委員会に対し、無償提供に関するガイドラインを早急に作成してほしいと要望した。そうしないと「タダ」な農産物と、緑野農業高校の生産物という付加価値を求めて集まった、有象無象の業者たちにより、現場が混乱するからだ。
 
業者やマスコミ、現場からの要望や問い合わせに対応するには、すでに津田をはじめとする教育委員会のキャパシティを超えてきた。

ひとつひとつの小さな歯車が、少しずつ緑野農業高校を軸にかみ合い始め、逆に教育委員会の計画の歯車は狂い始めていた。

勝負の時期は近づいてきた。

かみ合いだした歯車


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