【ショートショート】私の推し活#原稿用紙二枚分の文芸賞
「私の推し活」
バイト先にいる私の推しは、大学生の吉村くんではないし、イケオジの店長でもない。エリアマネージャーの塚本さんでもなければ、常連の国仲さんでもない。厨房の石田さんだ。
バツイチ、アラフォー、やや薄毛、瞼が一重、色白。その構成要素はどれも好みではないのだけれど、それが全部集まると不思議なことに私の推しになる。
推し活の基本は情報収集だ。なるべくシフトを合わせて、推しを観察する。
狭い厨房でのスキンシップも欠かせない。もし私が女子大生とか、石田さんの好みのあの女優であれば多少は男心をくすぐるかもしれないが、残念ながら私はそうじゃない。勝手にこちらが満足するだけだ。推しに直接触れるのはルール違反と言われても、やめる気はない。
他にも、差し入れを多めに渡したり、わざと大きい声で名前を呼んでみたり、できることはなんでもやる。
今日も、厨房では石田さんがフライパンを振るう。汗で張り付いた前髪を気にしている姿は、薄毛界隈でも別格だろう。
「石田さん! 暑いのにお客さんいっぱいですよ!」
「おー、泉か。今日も元気だな」
私なんかが話しかけただけで、照れ笑いしてくれる。沼にハマったきっかけがこのスマイルだ。
「泉はお盆には実家帰るの?」
「親が結婚しろ、家を継げってうるさいから帰りたくないっすね」
「泉もそんな年齢かぁ」
「それに、今は推し活が忙しいんで」
「おっ、アイドル?」
「まぁ、イケメンかもっすね」
一瞬、石田さんが不思議そうな顔をするが、すぐに表情を戻す。
「あ、あの韓国のとか、男のファン多いっていうし。そういう系か」
「そうかなぁ」
「イケメンと言えば、泉も髭剃って男前になったよな」
石田さんが、私を褒めている。
胸が高鳴る。
「あの、言っておきますけど。……ガチ恋勢ですから!」
とは言うものの、手に届かなくていい。
やはりそれが推しなのだ。
「知らんけど。不毛な恋はやめとけよ」
薄い髪を撫でつける仕草が、今はただひたすらに尊い。(了)
(799文字)
#原稿用紙二枚分の文芸賞
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