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自分にないものを持つ人と、生きていく

私には、17歳年下のパートナーがいる。

こう書くと、年齢差のある恋愛の話に聞こえるかもしれない。

でも最近、私たちの関係を表す言葉として一番しっくりくるのは、「恋人」というよりも、

お互いに足りないところを補完し合うパートナー

なのかもしれないと思っている。

そして、彼も私と同じ看護師だ。

同じ仕事をしているからこそ、彼を見ていて「私にはないな」と思うものがある。

それが、「なぜそうするのか」を大切にする姿勢だ。


私は経験で考え、彼は根拠から考える

長く看護師をしていると、良くも悪くも「経験」が増えていく。

患者さんを見た瞬間、

「なんとなく嫌な感じがする」

「これは少し注意した方がいい」

「このままだと、たぶんこうなる」

そんな感覚が働くことがある。

私は時々、それを冗談めかして**「野生の勘」**と呼んでいる。

もちろん、本当に勘だけで看護をしているわけではない。

これまで見てきた患者さん。

経験した急変。

うまくいったこと。

失敗したこと。

おそらく、そうした無数の経験が自分の中に蓄積され、言葉にするより先に「何か」を感じ取っているのだと思う。

一方、彼は少し違う。

彼は、

「なぜ、そうするのか」

を大切にする。

それを特に感じるのが、後輩を指導している時だ。

ただ、

「こうしてください」

と教えるのではない。

なぜ、その観察が必要なのか。

なぜ、その手順なのか。

なぜ、今それをしなければならないのか。

できるだけ根拠まで伝えようとする。

そんな彼の話を聞いていると、時々思う。

――ああ。これは私に足りないところかもしれないな。


経験が増えるほど、省略してしまうもの

経験を積むことには、大きな意味がある。

でも経験が増えれば増えるほど、自分の中で「当たり前」になってしまうことも増えていく。

自分には見えている。

自分には分かっている。

だから、説明を飛ばしてしまう。

「見れば分かるでしょう」

「これはこうするものだから」

「今までそうしてきたから」

もちろん、私自身がいつもそんな指導をしているという話ではない。

ただ、経験の長い人ほど、自分がどれだけ多くの情報を無意識に処理しているのかに気づきにくいのではないかと思う。

だからこそ、その思考を言葉にして渡す必要がある。

「やり方」だけを教えれば、その場ではできるようになるかもしれない。

でも、

「なぜ」を伝えれば、次の場面で自分で考えられる。

彼が後輩に接する姿勢から、私はそんなことを改めて教えられている。


17歳年下から教わること

私は彼より17年長く生きている。

看護師として働いてきた年数も、管理職として経験してきたことも、私の方が多い。

でも、

長く生きていることと、何でも知っていることは同じではない。

彼と一緒にいると、

「そこは彼の方が優れているな」

と思うことがたくさんある。

それを認めることに、今はあまり抵抗がない。

むしろ、自分にないものを持っている人がすぐそばにいることを、面白いと思う。

私は経験から考える。

彼は根拠から考える。

私はずっと先まで考えてしまう。

彼は目の前のことを一つずつ考える。

私が勢い余って暴走しそうになれば、彼が止める。

彼が迷っている時には、私がこれまで経験してきたことが役に立つこともある。

どちらかが上で、どちらかが下ではない。

違うからこそ、補える。

たぶん、そういう関係だから長く一緒にいられるのだと思う。


そして、これは管理職にも同じなのかもしれない

最近、仕事でも似たことを考える出来事があった。

管理者である自分が何でもやってしまうことで、スタッフが経験する機会を奪っていることがあるのではないか。

良かれと思って先回りする。

困らないように手を出す。

自分がやった方が早いから、自分でやる。

確かに、その瞬間はうまくいく。

でも、それを続けていたらどうなるだろう。

その人が自分で考える機会。

判断する機会。

失敗する機会。

そして、そこから成長する機会まで、管理者である私が奪ってしまうのかもしれない。

最近、ある人から言われた。

「科長がやることで、スタッフの可能性をつぶしていることもある」

自分でも、どこかでは気づいていた。

でも改めて言葉にされて、ハッとした。

管理者だからといって、すべてにおいてスタッフより優れている必要はない。

むしろ、

「これはあなたの方が得意だね」

「ここは任せるよ」

そう言えること。

そして、自分にはない力を持っている人に、ちゃんと任せられること。

それも、管理者に必要な力なのではないかと思う。


考えてみれば、私生活ではできていた

ここまで考えて、少し可笑しくなった。

仕事では、

「任せなければ」

「人を育てなければ」

「管理者としてどうあるべきか」

などと難しく考えているのに。

考えてみれば、私生活ではずっとやっていた。

17歳年下の彼から教えられることを、私は普通に受け入れている。

彼の方が優れているところを、素直に尊敬している。

だったら仕事でも、もっとそうしていいのかもしれない。

管理者である前に、一人の人間なのだから。


自分にないものを持つ人と、生きていく

若い頃は、

「自分に何ができるか」を増やすことが成長だと思っていた。

資格を取る。

経験を積む。

できる仕事を増やす。

人より多くのことを知る。

それは今でも大切だと思う。

でも、これからの人生では、少し違う成長もあるのかもしれない。

自分にできないことを認めること。

自分とは違う考え方を面白がること。

自分より優れている部分を持つ人を、素直に尊敬すること。

そして、お互いに足りないところを補いながら生きていくこと。

それは、パートナーとの関係だけではない。

職場でも、きっと同じだ。

全部、自分でできなくていい。

むしろ、

自分一人ではできないことがあるから、人と一緒に働く意味がある。

経験で考える私の隣で、

「それって、根拠は何?」

と考える人がいる。

時々ちょっと面倒くさい(笑)。

でも、たぶんそのくらいがちょうどいい。

自分にないものを持っている人が、すぐそばにいる。

そして、その人から何かを教わることを、素直に面白いと思える。

そんな自分でいられることも含めて。

最近、それはとても幸せなことなのだと思っている。

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