白熊の夢と、35年前のヒロタ
朝の台所。
朝食を取りながらクスクス笑って夫が話した。
「車に乗ろうとしたら、突然目の前に白熊が現れて、びっくりした。その白熊は、隣の家のほうに行ったんだ。ほんとにびっくりしたよ。」
何の事はない、朝方見た夢の話だ。
最近、熊の話はよく聞くけれど、白熊とは。
本人は相変わらず笑っている。
「考えると、昨日寝る前に読んだスマホニュースに、天皇陛下が白熊を見たという記事が載っていたんだ。どうもそれらしい。」
と続けて言う。
見たテレビや読んだ本、日々心に思っていることが、夢に現れるのはよくあることだ。
35年位前まで、我が家は牛を飼っていた。この辺では、
牛を飼う家はそこそこあって、我が家もその一つだった。
夏は近くのスキー場に放牧されるのだが、それまでは家で飼育する。
人間が忘れっぽいのか、牛が賢いのか、時々牛小屋を脱出する牛がいた。
我が家の1頭の牛、ヒロタ(牛の名前)もそうだった。
夕方、義母が餌をやった時、牛小屋のドアを閉め忘れたのであろう(今はもうわからないが)。
近所の人が
「牛が逃げてるよ」
と、教えてくれた。
慌てて外に飛び出す義父母、
そしてまだ若かりし夫。
その頃、夫は初めて自分だけの新車を買ったばかりだった。
牛が怖い夫。
それでもヒロタが道路に出てしまう——そう判断した夫は、とっさに新車を動かして進路を塞いだ。
後はご想像の通り。
ヒロタは躊躇することなく、
夫の車へ突進。
車は見事にへこんだ。
そして夫の心はそれ以上にへこんだのであった。
当のヒロタは、車のバリケードを通り抜け、隣の家のほうに逃げて行った。
今朝、主人が語った夢の話。
私は、主人がスマホで見たという白熊ニュースではなく、深層心理に眠っていた「ヒロタ」が久々に登場したのではないかと思えてならない。
夢の中の白熊の動きは、あの日のヒロタそのものなのだから。
主人の夢の分析に心の中でツッコミを入れつつ、私もつられてクスクスと笑った。
窓の外から心地よい風が吹き抜ける、穏やかな初夏の朝だった。
