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発達凸凹も、「その人の形」だと思う

「普通じゃない」を、肯定したい。

我が子について、
私は「特性」という言葉を使ってしまっている。
そのままでいい、それは個性だと思っている。


でも正直に言えば、
「ちょっと普通と違うな」とも思っている。

この矛盾は、ずっとある。

じゃあ、その「普通」ってなに?


みんなと同じようにできること?
同じタイミングで、同じ答えを出せること?

それができないと。
“外れている”ことになる。

うちの子どもたちは、2人とも
いわゆる「普通からはずれている子」と言われた。

小さい頃は、そのズレで、
困ることが多かった。

たとえば、なにかをきっかけに癇癪を起こす。
たとえば、物事をつなげて考えられない。


でも、年齢が上がるにつれて思う。

あれ?
ズレてるのって、うちの子たちだけだっけ?

大人になると、

うまく人と話せない人もいるし、
感情のコントロールが苦手な人もいる。

でもそれって、ただ「そういう人だよね」で済まされている。

つまり、

みんな普通に、
みんなバラバラにズレてる。


子どものときだけ、
「平均」からの距離をやけに測られるけど、

大人になった途端、
その物差しは急にあいまいになる。

サポートと環境は、とても大事。
それで楽になったことも、たくさんあった。

でも、

「普通に近づけること」を
ゴールにしなくてもいいんじゃないか。

だって、

誰ひとりとして、
完全な人なんていないから。

それでも私は、
「特性」という言葉を使う。

そのほうが説明しやすいから。

でも本音では、こうも思っている。

それはただの違いで、
ただ「その人の形」なだけ。


その人なりに生きる形がある。

そしてたぶん、

それは誰にとっても
同じなんだと思う。


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よしじ ありがとうございます❤️