夢破れて…スキージャンプ、スイスの英雄・シモン・アマン、8度目のオリンピック出場叶わず
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ぱっと目に止まった見出しに、私はしばらく動けずにいました。
「Simon Ammann verpasst Olympische Spiele und Rekord シモン・アマン オリンピックの出場と記録を逃す」
スキージャンプファンであれば彼の名を知らない人はいないでしょう。スイスの英雄、シモン・アマン選手。
彼は2002年ソルトレイクシティオリンピックで個人ノーマルヒル、ラージヒルで金メダル、2010年バンクーバーオリンピックでも同じく個人で二冠を達成し、一躍歴史にその名を刻みました。
彼は度々引退宣言をするも44歳となった今でも現役を続行し、ワールド杯でもポイントを獲得しています。
これは決して普通の事ではありません。日本のスキージャンプ界のレジェンド・葛西紀明選手は8度のオリンピック出場経験を持ち、スキージャンプ界において未だにその記録は破られていません。(葛西選手も自身の五輪出場記録を更新することはできず、次の五輪を目指すとのこと。)
今回、アマン選手が8度目のオリンピック出場を叶えたならば、レジェンドに並ぶことになる予定でした…。もしかしたらこれが最後のオリンピック出場となるかもしれませんでした…。願いは叶わず…。
しかし私がなぜそこまでこのニュースにショックを受けたのか…
それは私がかれこれ24年ほど、彼を追い掛けていたことにあります。

ソルトレークシティーで彼が二つの金メダルを取る少し前、ジャンプ週間をテレビ放送で見た時でした。突然雷に打たれたのです。
当時彼は「台風の目」と呼ばれていましたが、まさか強豪がひしめくオリンピックで二冠を取るまでとは思いもしていませんでした。しかも彼はオリンピック直前に転倒事故を起こし、オリンピックは絶望的と言われていたのです。そこからの復活でまさかの二冠。その活躍は私の心にさらに大きな火を灯したのでした。
実は私がドイツ語を勉強し始めたきっかけもアマン選手です。当時、中学生だった私はNHKのドイツ語講座で学習をスタート、気が付いたらドイツに住んでいました。
振り返ってみると、かなり不純な動機で今までの人生を決めてきたように見えますね…。
しかし巡り巡ってドイツに降り立ち、今の自分があると思うと、今風の言葉で言えば
「たかが推し活、されど推し活」
ということでしょうか…。
彼を応援することで、きっと自分の人生にプラスな事がたくさんあったのではないのかな…と思います。
今回の記事ですが、本当は「シモン・アマン 8度目の五輪出場決定!!」という見出しで書くことを予定していました。
そのため、本当に、本当に残念です。
W杯ランキングで見ると、今回三人目のスイス代表に選ばれた19歳のフェリックス・トルンツ選手とアマン選手はきっ抗していました。しかし、次のオリンピックを見越して、トルンツ選手が選ばれたようです。
とはいえ、アマン選手が44歳となった今でも競技を続けている事だけで、私は一ファンとして感謝をしなければなりません。
「記録だけが全てではなく、飛んでいる姿を見せ続けてくれるだけで有難いこと」
と、自分に言い聞かせて、この結果を受け止めようと思います。
さて、一方で今日はスキーフライング選手権で日本チームが優勝したというニュースも届いてまいりました。昨日の個人戦では二階堂蓮選手が3位で表彰台に上りました。
小林陵侑選手、二階堂蓮選手、中村直幹選手が五輪代表に決まり最強の布陣でミラノ・コルティナオリンピックに臨みます。女子の三選手もメダルの期待がかかりますね。
一旦、チームジャパンの応援に気持ちを切り替えて、オリンピックの生観戦を楽しみたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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