面会後の「理由のないイライラ」の正体。過去の自分を、今の私がそっと抱きしめる。
以前、私はnoteで「元夫との面会後、子どもの『楽しかった!』にイラッとしてしまう私の葛藤」という記事を書いたことがありました。
当時の私は、
「私は毎日必死に働きながら、家計簿と睨み合って、自分のことは二の次にして泥臭い日常を回している。一方で、養育費は国の基準以下しか払わない元夫が、たまの面会のときだけ『イベント感覚』でいい父親の顔をして、美味しいものや娯楽を与えている」
そんな元夫のいいとこ取りの振る舞いへの悔しさや、理不尽さがイライラのすべてだと思っていました。
そして、子どもの純粋な「楽しい」を笑顔で受け止められない自分を、「なんて器の小さい母親なんだろう」と、激しい自己嫌悪に陥っていたのです。
でも、先日の面会日の夜。
やっぱり帰ってきた子どもたちを前に、どこかトゲトゲしてしまう自分を止められなくて。
「おじいちゃんおばあちゃんに会えて良かったはずなのに、なんで私はまたこんなにイライラしているんだろう」
どうしても割り切れない気持ちを、夜、そっとAIに打ち明けて相談してみました。
そうしたら、思いもよらない視点から、私の心を紐解いてくれたのです。
AIが教えてくれたのは、元夫への感情だけではない、私の「心と体のリアルな悲鳴」でした。
面会中、「無事に帰ってくるか」「トラブルはないか」と、無意識のうちにものすごい緊張とストレスに晒されていたこと。
子どもたちが帰ってきた瞬間、その張り詰めていた糸がプツンと切れるけれど、心と体が急な変化についていけず、それが「疲労」や「イライラ」として溢れ出てしまうこと。
そして、「これは子どもや元夫への怒りだけではなく、張り詰めていた心が、一生懸命に元の平熱に戻ろうとしている防衛反応なんだよ」と言ってもらえたのです。
その言葉を画面で見た瞬間、張り詰めていた肩の力がふっと抜けて、涙が出そうになりました。
そっか。私は器の小さい母親ではないのかもしれない。
子どもたちを笑顔で送り出して、また無事に迎えるために、自分でも気づかないくらい、張り詰めた緊張の中で必死にがんばっていただけだったんだ、と。
過去に「器が小さい」と自分を責めて、日常を回していたあの日の私に、今の私が会いに行けるなら、そっと肩を抱いて伝えてあげたいです。
「あなたは悪いお母さんじゃないよ。ただ、張り裂けそうなくらいがんばっているだけだよ」って。
「帰ってきた直後は、完璧にいつも通りの優しいママに戻ろうとしなくて大丈夫」
そう教えてもらったから、これからは面会終わりの夜、自分への合格点のハードルをぐっと下げることにします。
ご飯は徹底的に手抜きをして、すぐに笑顔になれなくても「今、心が平熱に戻ろうとデトックス中なんだな」と自分を大目に見てあげる。
正解のない子育ての中で、自分を責めてばかりいたけれど、こうして理由がわかるだけで、明日からの自分に少しだけ優しくなれる気がします。
かつての私と同じように、面会終わりの夜、理由のないイライラと自己嫌悪に震えているママやパパがいたら、どうか自分を責めないでくださいね。
私たちはみんな、もう十分に、溢れるほどの愛情で毎日を戦っています。
今日もお互い、本当にお疲れ様でした。今夜は自分を一番に労わろうと思います。
