人は「責められたくない」から散財してしまう
人は大きなお金を使うとき、 それが本当に必要なものや、心から欲しいものではなく、「一生責められる未来を回避したい」という気持ちから使ってしまうことがあります。
■ 婚約指輪の思い出
まずは自分の体験から
夫と結婚を決めたときのことです。
私はまだ若くて、世間のこともよくわかっていませんでした。
そんなとき、夫の母が外商の方を家に呼び、 婚約指輪を選ぶことになりました。
外商の人にすすめられたのは1カラットのダイヤで当時100万円。
義母はニコニコして嬉しそうで、 私はその空気を壊すことができませんでした。
自分で買うわけではないけど、夫が一生懸命働いたお金で申し訳ないし、私にはもったいない気がしました。もっと安いものでいいのでは?と。
でも、なぜか夫も断りません。「そんな高いのいらないよ」なんて、義母と外商さんと私の前では言えなかったのでしょう。
私も「ケチなお嫁さん」って思われたくないし、ニコニコして嬉しそうな義母の顔もつぶしたくない。
「もう少し安いのないですか?」なんて言えない。もう決めるしかなかったのです。
私はお返しに、新居の家電や寝具をそろえることにしました。
(別の高価な品物を用意しなくて済んだのは、正直ほっとしました。)
指輪は今でも引き出しの奥にあります。 数えるほどしかはめていませんが、 時々眺めます。夫からの贈り物としてありがたく大切にしています。
あのとき断れなかったことも、決して悪い選択ではなかったのだと思います。高い宝石は不思議と心が和むから。。
ただ、当時の私たちの生活は狭いアパート。 これからのために貯金しようと節約しながら暮らしていたのに、 引き出しの中の指輪だけが高価でした。
“選ぶこと”より“責められないこと”を優先してしまい、 断るという責任を引き受けないで、お金を出してしまった経験でした。
■ 子どもの教育費としての散財
お金の使い方で同じようなことが起きるのは、子どもの進路でもそうです。
塾の講座をもっと取りたいと言ってきた時に、「そんな必要ある?」と思いながらも断れないのは、
「それで落ちたら?」と考えてしまうからでしょう。
そして例えば、「(お金のかかる)学校に行きたい」「留学したい」と言われたら、 実際お金があれば、親は止められないことも多いと思います。
「夢を奪った」と思われたくない。
「親のせいで」と言われたくない。
だから、ほおっておくと教育費は青天井になります。
本当は、親が「うちはここまで」と線を引き、 責められようとその責任を引き受けることが必要なんですよね。
“責められたくない気持ち”は、 教育費という散財を生みます。
■ マイホームの予算オーバー
家づくりでも同じことが起きる話はよく聞きます。
「オプションをあきらめて、もし後で後悔する羽目になったら?」
「あの時止めたからだと責められるのはいや、、」
こういう気持ちが重なると、 予算オーバーしても止められなくなって、
結果、ローンが苦しくなる。 でも、そのときにはもう引き返せません。
枠を決めて責任を引き受ける勇気がないと、人は散財してしまう。
本当は、後でなんと責められようが、予算内におさめるように、どちらかが全力で止めるべき局面だったのかもしれません。
■空気を破る難しさ
指輪を買ったあの場には、 義母の嬉しさ、夫の優しさ、私の気遣い、
三者三様の思いが混ざっていました。
誰も悪くないのに、誰も断れない空気があったのです。
子どもの進路を決めるときも、 家を買うときも、 きっと似たような空気が生まれるのだと思います。
誰だって加害者のようになりたくないし、人を傷つけたくはない。失望されたくない、いい人でいたいんです。
そして、業者さんはこの空気を作るのが本当に上手です。
この沼にはまらないように、勇気を持って散財は防いでいきましょう。
