おせっかい過ぎてウザかった僕が、少しだけマシになれた痛すぎる気づき
こんにちは!「どるびまぐ」です。
『「学ぶ」を学ぶ』をテーマに、日々自身をアップデートしています。
思いやりや世話焼きの度が過ぎて、ただのおせっかいになりがちな僕です。
「責任感が強い」…?それは優しい第三者が僕を慰めるために駆使してくれた言葉のあや。おせっかいされた本人はひたすら苦笑いです。
いつの間にか周りには距離を取られ、どうしても必要な時以外は声もかけられない人間になっていました。
そんな僕が、人との距離を意識するようになったのは、17年前。病気になった直後です。
「死ぬわけじゃない」
「幸せになれないと決まったわけじゃない」
「今はゆっくり休んで」
かけられる励ましや労いの言葉を、人生に絶望した僕は
「放っておいてくれ」
「誰とも関わりたくない」
と突っぱね続けました。
部屋で一人「人の気も知らないで」「よくもまぁズケズケと他人の人生に土足で入ってこれるものだ」と、初めて人と距離を取りたいと思うようになったのです。
しかし、病気が少しずつ寛解に向かい、人生が再び軌道に乗り始めた数年前、改めて病気前の自分を振り返ってみて、気づきました。
他人の人生に土足で上がり込んでいたのは、誰でもない自分自身だったのです。
「もっといい人生を歩んでもらいたい!」「もっと幸せになってもらいたい!」そんな言葉を振りかざして、おせっかいな自分に酔っていただけ。
その人の人生の主役はその人。僕は脇役でしかないのに。いつも主役に躍り出ようとしていたのです。
その痛すぎる気づきから、人生のスタンスが少しずつ変わっていきました。
「もっと幸せになってもらえたらいいな」その思いは今も変わりありません。目の前の人に全力投球なのも、相変わらずです。
一方で、変わったことがあります。それは、きちんと相手の目を見て、表情を見て、言葉を受け止めて、本心を考えて、その上でもし許してもらた時に、三歩斜め後ろあたりにいさせてもらうようになったこと。その人の人生を邪魔しないように、そーっと見守らせてもらうようになったんです。
走って、転んで、泥だらけになって、傷だらけになっても立ち上がって、それでも前を向いて突き進んでいく。そんなカッコイイヒーローは、その人の人生にたった一人…あなただけでいいのですから。
「この記事を読む」という形で僕を脇役に迎え入れてくださった、あなたに感謝!
【余談】
最近、この気づきに思わぬ副産物があったことに気が付きました。
僕の肩の荷、めっちゃ軽くなってる!
生きるのがすごく楽になってる!
誰にも頼まれてないのに、勝手に荷物を背負ってたのかもしれません笑
