はじめまして、牛飼いの妻です。
——「飲むな、読め。」をはじめる前に
はじめまして。この場所を見つけてくださって、ありがとうございます。
北海道のいちばん寒い町、陸別。冬にはマイナス三十度を下回ることもあるこの町で、夫と二人、小さな放牧牧場「ドッテテファーム」を営んでいます。これから私は、ここで一つの連載を始めようとしています。その名前は「飲むな、読め。」。牛乳の話です。けれど、たぶん、牛乳だけの話ではありません。
最初に、少しだけ自己紹介をさせてください。
私は二十七歳まで、台湾で育ちました。日本で生まれたのではないのに、私の中にはいつも、古い日本の面影がありました。子どもの頃、まわりの年配の人たちが、日本人のことを話してくれたのです。慎ましく、自然を敬い、誇らず、人を思いやる——そういう人たちがいた、と。その姿は、会ったこともないのに、なぜか心に残りました。けれど正直に言えば、憧れよりも、信じられない気持ちのほうが大きかったのです。そんなに慎ましく、そんなに清らかな人たちが、本当にいたのだろうか、と。
日本に来て、二十四年が経ちました。その間ずっと、私はあの面影を探していたように思います。けれどある時、着物を教わっていた先生に、静かに言われました。「あなたが探しているのは、昔の日本人。今の日本には、もういないよ」と。その言葉は、長い間私の胸の底に沈んでいました。
そんな私が、なぜ牛飼いになったのか。
教育を学んだ私は、そのころ、子どもにふさわしい環境とは何だろうと、考えていました。
同じころ、夫は、こう言っていました。
「賢治先生の世界は、再現できないか」
宮沢賢治の「農民芸術概論」を、頭のなかではなく、暮らしそのもので試してみたい。そういうことだったのだと思います。
たがいに別の場所から出発したはずの問いが、ある時、私たちのところへ、そろって降りてきました。
そうして私たちは、北海道へ、新規就農の旅に出たのです。
私たちの牧場には、少し変わったこだわりがあります。牛の角を切りません。放牧で、自分のペースで草を食べさせます。薬にはできるだけ頼らず、たくさん搾ることを目指しません。酪農の大先輩から受け継いだ、「牛一頭、五千リットルでいい。金に目がくらんだらダメだ」という言葉を、暮らしの真ん中に置いているからです。
たくさん搾るための牛ではなく、牛が牛のままでいられる牧場でありたい。そう願って、この十年、私たちがしてきたことといえば、ただ、食べること、笑うこと、眠ること。牛たちが生きるための最低限を支えて、それ以上を望まずに、静かに続けてきました。
牧場のことは、こちらに綴っています。角のある牛たちの顔を、よかったら見てやってください。
役割は、はっきりと分かれています。夫は搾乳と、牧草地と、牛たちの世話をする人。牛の呼吸を読み、牛の時間を生きています。私は、これから牛乳を瓶に詰める人。そして、こうして文章を綴る人です。牛の時間を生きる夫と、乳処理室の釜と言葉の時間を生きる私。見ている方向は同じでも、生きている時間の速さが、少しだけ違うのです。
さて、なぜ「飲むな、読め。」なのか。
今年春、私たちは一つの夢に向かって歩き始めました。地域の空き家で、小さな喫茶店を開くこと。そして、そこでうちの牛乳を出すこと。窓の外の放牧地で育った、あの牛乳を、ようやく町の人に直接手渡せる——そう思っていました。
けれど、できなかったのです。
牛乳というものは、乳処理の許可を持つ施設で処理しなければ、売ることも、お店で出すこともできません。目の前に牛がいて、毎朝晩搾っているのに、数分離れるお店では、一杯も出せない。そして、そのための施設は、小さくても一千万円を超えるのが相場でした。
借金を背負って、返すために搾る量を増やして、牛を急かす。それは、私たちが守ってきた生き方とは、桁が違ってしまう。悔しくて眠れない夜を過ごしながら、それでも、生き方を売り払ってまで叶えたい夢ではないと、思っていました。
途方に暮れていたとき、幼い日の記憶がよみがえりました。海の向こうで、近所のお爺さんがくれた、日本旅行のおみやげ。包みを開けた瞬間、箱の中から、行ったこともない日本の空気が、ふわりと立ちのぼった。あのときの幸せを、私は今でも忘れていません。
ああ、そうか、と思いました。私が作りたいのは、どこでも買える牛乳ではないのだと。ここに来ないと受け取れない、顔の見える牛乳。読んでくれる人に、牧場の空気ごと手渡す牛乳。あのお爺さんのおみやげが、日本の空気ごと私に届いたように。
それなら、大きな施設は要らない。六畳でいい。自分たちの手で建てる、たぶん日本一小さい乳処理室で。
この連載は、その六畳の乳処理室を、二人でどうにか形にしていく記録です。保健所との相談、眠っていた古い家、殺菌の釜、冷やすことの難しさ、瓶のかたち。うまくいかないことも、たくさん書くことになると思います。牛乳が一本の「本」になるまでの、遠回りの物語です。
なぜ、牛乳を本に見立てるのか。それは、この牛乳を飲む人に、ただ喉を潤すだけでなく、うちの牛たちの一週間を、ほんの少し読んでほしいからです。瓶は装丁。牛乳は本文。瓶に巻いた紙に載せる「あとがき」が、物語の頁です。
牛乳には、賞味期限があります。からだへ届く栄養は、いつか、切れてしまう。それはどうしようもないことです。けれど、心のほうへ注がれたものには、期限が書かれていないような気がするのです。飲めば五分で空になります。でも、読めば、何かが残るかもしれません。
二十四年探した、あの古い日本の面影。それは、実は遠い昔にではなく、この土地の、この暮らしの中に、静かに生きていました。その話も、いつか書きます。
どうか、気長にお付き合いください。次回から、少しずつ、はじめます。
▼ 牧場「ドッテテファーム」について

