その数字に騙されるな。「時価総額」という魔法の言葉。私たちが警戒すべき理由
人工知能(AI)関連株を巡る熱狂は冷めつつあり、ソフトバンクグループ(SBG)が打撃を受けている。
SBGの株価は10月末に付けたピークを44%下回る。25日は10%安で終えた。失った時価総額は1000億ドル(約15兆6000億円)余りに上る。
「時価総額」という魔法の言葉の正体
時価総額、それは魔法の言葉。金融や財務に関わる方ならいざ知らず、一般に「時価総額」と言われてそれが何を意味するか、パッと答えられる方は多くないのではないでしょうか?世間一般の理解は「時価とか総額とかなんだかよくわからねーが、会社のデカさを表すワードなんだろ?」というところではないかと感じます。
多くの証券会社のWEBサイトでは「時価総額=株価×発行済株式総数」と解説されていますが、この説明には「じゃあ株価がついていない非上場会社の時価総額はゼロ円なのか?」「上場廃止になったら時価総額もゼロ円になる?」など様々な疑問に答えられない点で不備があります。
「時価総額」は英語では「Market Capitalization」と表現されるそうです。「Market Capitalization」は日本語で表せば「市場における資本額」という意味合いを持ちます。つまりその会社の「資本」言い換えれば「純資産」が市場で売買される(と仮定した)場合に幾らで売買されるか。その売買見積額が「Market Capitalization」というわけです。
上場会社であれば株価がついていますから、売買見積額は「株価×発行済株式数」で算定できます。しかし、非上場会社には株価がついていないので、別の方法で売買見積額を算定しなければなりません。
その売買見積額の算定方法にはDCF法、類似会社比較法、修正純資産法など複数の方法がありますが、本稿はそれぞれの方法について詳細を解説することを趣旨にしないので、興味があればM&AファームのWEBサイトなどをご参照ください。
なお、グロービス経営大学院のWEBサイトでは「時価総額」を「フリー・キャッシュ・フローから企業全体の価値を算出し、そこから有利子負債額を引いた残りの額としても算出できる。」とも説明していますから、非上場企業の時価総額を算定する場合はこちらの定義のほうが正しいと言えるでしょう。
時価総額とは、株価に発行済み株式総数を掛けた額。あるいは、フリー・キャッシュ・フローから企業全体の価値を算出し、そこから有利子負債額を引いた残りの額としても算出できる。
これが株主全体の取り分、株主全体での価値と位置付けられることから、株主時価総額とも呼ばれる。
税務の現場における「時価」の曖昧さとリスク
さて、ここまで来ると「時価総額」がいかに「訳の分からないワード」であるか、実感が湧くのではないでしょうか。そもそも「時価」って何でしょうか?会計規則や税法の規定では「時価」というワードはよく出てきます。会計や税務に関わる方でなくても、お寿司屋さんや割烹料理店で「時価」のメニューを見ることがあるでしょう。それを見たら「時価……って言われてもいくらなんだよ!」と叫びたくなりますよね。会計や税務の場面でも同じで、実務においては「時価」は曖昧な概念であると言わざるを得ません。
会計・税務の現場でも「時価」を算定する際には、専門家に鑑定を依頼したり、マーケットプレイスをWEB検索したり、数社から見積を取ったり、同業他社の取引価格を比較したりして、何となくそれらしい落し所を探すしかないのです。そして同業他社の取引価格といっても、いち会社やいち税理士法人が多くの情報を持ち合わせていることは稀ですから、現場では少ないサンプルからエイヤで決める感が否めません。
ちなみに税務署は本気になれば同業他社のデータをかきあつめることができますから、特にグループ会社間の取引価格や移転価格の妥当性において、この「時価」の算定はいつも争点になります。例えば、ディズニー英語教材を販売する会社がバミューダ諸島の関連会社に支払う商品代金が高すぎるとして国税局が行った更正処分について、納税者が裁判で争った「ワールドファミリー事件」があります。
本事例では結局、行政が他社のデータを参考にして算定した商品の認定金額の妥当性を証明できず、納税者勝訴に終わりました(法人税0%のバミューダ諸島の現地法人を噛ませていた時点で租税回避の臭いがプンプンするぜェー!なんですけどね。なお現在はバミューダ諸島も法人税を導入したそうです)。このように、「時価」の算定は、現場ではいつも困難で、いつも物議をかもすのです。
「時価総額」は都合の良い幻想を作り出す搾取用語か
したがって、会計や税務の専門家たちは「時価」というワードを聞いた瞬間、「その時価ってのは、どういう根拠で作られているんだ……?考え方によっちゃあ、一物二価、いや一物三価だってありえるぞ……?(あの社長、テキトーなとこあるからなあ……)」と、その身体全体に緊張を走らせ、警戒します。そして「時価総額」という表現は、その「時価」が「総額」で襲いかかることを意味します。時価のオラオララッシュ、はっきり言って悪夢です。「株価総額」のほうがまだマシと言えます。
『株価総額』ってのは わかる……スゲーよくわかる 株価は株式市場で公表されとるからな…
だが『時価総額』って言葉はどういう事だああ~っ!?時価が簡単に算定できるかっつーのよーッ!ナメやがってこの言葉ァ 超イラつくぜェ~ッ!!時価を雑に算定したら 億円単位・兆円単位で誤差が出ちまうじゃあねーか!算定できるもんなら算定してみやがれってんだ!チクショーッ

というわけで「時価総額」というワードを発明した人は、悪い意味で天才だと思います。上場企業が自己アピールを行う場面や、証券会社が投資家に上場企業の株式を売りつける場面ではとても分かりやすく、会計・税務の専門家にとってはとても分かりにくい。言葉を選ばなければ「リボ払い」や「残クレ」、「闇バイト」のような、実態を隠して都合の良い幻想をでっちあげる「搾取用語」とすら言えるかもしれません。
【実例比較】エイベックス vs ANYCOLORに見る市場の期待値
「でもまあ、偉い人とか賢い人がよく『時価総額』というワードを使うんだから、それなりに正しく企業の価値を示しているんじゃないの?知らんけど」という声もあるかもしれません。そんな方のために、同業種の上場会社で時価総額を比較してみましょう。ここでは、エンターテインメント企業の古参「エイベックス株式会社」と新進気鋭の「ANYCOLOR株式会社」を例に挙げます。
まずエイベックス株式会社の株価総額は11/28時点で557億円です。エイベックスは言わずと知れた日本を代表するエンターテインメントカンパニーのひとつであり、倖田來未や浜崎あゆみ、XGやAAAなど高名なアーティストを始めとして数百のタレントを擁する上場企業です。

エイベックス株式会社の2025年3月期有価証券報告書によれば、2025年3月期の連結業績は売上高1,317億円、経常利益△17億円、フリーキャッシュフロー(FCF)△37億円であり、2025年3月末の純資産合計は505億円です。時価総額に対する純資産の額の割合(PBR)は1.1倍(=557億÷505億)でありますから、株式市場はエイベックスをほぼ純資産の額通りに評価している、裏を返せばフリーキャッシュフローの創出力や将来性については低く評価していると言えます。
一方、Vtuber/バーチャルライバーグループ「にじさんじ」を運営する「ANYCOLOR株式会社」の2025年4月期有価証券報告書によると、2025年4月期の連結業績は売上高428億円、経常利益162億円、FCF89億円であり、2025年4月末の純資産合計は224億円です。
ANYCOLORはエイベックスと異なりプラスのFCFを創出していますが、売上高はまだエイベックスの3分の1程度であり、純資産の額も半分以下です。事業規模に差があるのは、エイベックスが設立37年の成熟企業である一方、ANYCOLORは設立8年の若い成長株でありますから、当然と言えば当然です。
ではANYCOLORの株価総額を見てみると、11/30時点でなんと3,933億円です。エイベックスと比べて3,376億円も大きい額です。ANYCOLORは紛れもなくVtuber業界のリーディングカンパニーであり、2020年度以降の売上高の年平均成長率53%を誇る急成長企業であることは事実です。
しかしFCF89億円の企業が3,933億円と評価されているということは、ANYCOLORは一年間に生み出す現金の40年分以上の価値がある、市場はそう考えているということです。Vtuber市場が急成長しているのは確かですが、これを過熱と見るか、未来への期待と見るかは意見が分かれると思います。

このように、特に成長企業に対する株価総額はその根拠が不安定になりがちであり、「株主たちの何となくの期待の集合体」としての性質が強くなると言えるでしょう。そういう意味でも、株価総額(時価総額)には注意が必要です。
成熟企業への冷静な視線と、東京電力の「簿外負債」
一方で、成熟企業の株価総額に対しては、市場は意外と冷静な評価を見せます。先に述べたエイベックス株式会社も良い例でしたが、東京電力ホールディングス株式会社を例に挙げると、11/30時点の株価総額は1.27兆円です。

東京電力ホールディングス株式会社の2025年3月期有価証券報告書によれば、2025年3月期の連結業績は売上高6兆8,104億円、経常利益2,544億円、FCF△4,980億円であり、2025年3月末の純資産額は3兆7,861億円です。FCFがマイナスなのは投資キャッシュフローが△8,592億円と嵩んだのが要因であり、その支出のうち3,000億円以上が福島第一原発への設備投資です(有価証券報告書p.49)。
東京電力ホールディングスに関しては、市場は純資産額が3.7兆円の企業を1.27兆円で、つまり2.43兆円を割り引いて評価していることになります。これは市場が、福島第一原発事故の廃炉・除染・そして賠償に係る東電の負担額、計16兆円の簿外負債を踏まえて、冷静に東電の企業価値を評価しているからに他なりません。
まあ東電を政府が見捨てることはないでしょうし、この負担額も電気料金に上乗せしたり国から補助金を受けたりして賄っていくことになるでしょうから、実質的には国営企業みたいなものであって、株価にどれほどの意味があるのか分かりませんが、とにかく市場は成熟企業に対しては意外に冷静、いや臆病な見方をするというわけです。

「時価総額」を鵜呑みにせず、警戒態勢を持つ
したがって、成熟企業に対しては時価総額を参考にして、市場はなぜその額で企業を評価しているのかを検討し、成長企業に対しては時価総額をあまり参考にせず、フリーキャッシュフローや成長性、競争環境、技術環境の趨勢などから総合的に企業価値を判断することが重要と言えるでしょう。
時価総額を鵜呑みにしてその数字に圧倒されれば、情報構造の弱みに付け込まれて相手の良いように操られてしまう可能性があります。「時価総額」この言葉を耳にした瞬間、心の中で静かに警戒態勢を取るのが社会人の素養である。私はそう思います。さすれば、自然と見るべきものが見えてくるはずです。そして「時価総額」と同様に社会を惑わすワード、「年商」と「年収」。これらについても、またの機会に筆を走らせたいと思います。
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