見出し画像

夏の虫

昨今の酷暑は追い風である。
網戸まで開け放って俺様を迎え入れようとするのだから。
しかし、冷房とやらが流行っていて網戸は
おろか窓さえ開かないことも増えた。
田舎への移住も考えたが、移動距離や人口密度を考えれば断念せざるを得なかった。
高層ビルが立ち並ぶ街々では、ご馳走で溢れているが、求めれば体が先に潰れてしまう。
本末転倒といった次第ですぐに諦めがついた。

そこで俺様は少ない機会をものにするために、柔らかいようでいて鋼鉄のピアノ線である網目を攻略するために策を練った。

体を小さく小さく絞るのである。

同時に俺様の命に危険も付き纏うが、
栄養を摂取できなければどちらにせよ同じ
結末を迎えるので、やらない理由にはならなかった。

いた、丁度良い肉体だ。
隆々の山々を持つ者の皮膚は硬く、水風船のような丸みを持つ者の味は脂っこくてしつこい。
あの、何の特徴もない肉体が完熟を迎えた
果実の如く甘美なのだ。

素早く張り付いて、接続を開始する。
勢いよく摂取すればむせてしまうので、
舌で転がしながら味わう。
俺様は美食家でもある。
批評せずにはいられない質だ。

「鉄の塩気と油の甘みが同時に押し寄せる。程よい獣臭がアクセントになって思わず啜ってしまう。なんて暴力的なエロティシズムだ!」
と感嘆を謳い上げ慌てて離れる。
歓喜の羽音が、俺様の存在を浮き彫りにすると危惧したからだ。

時に奴等は、ぷくっと膨れ上がった感謝の印を攻撃とみなして、筒状の大砲から混濁の咆哮を半狂乱で放つ。
断続的な咆哮は祭りのようで好きだが、
俺様にとっては命取りになりかねない。
熟練の狙撃手が一発毎に場所を移すように、
俺様も狩場を変える。

そら、この肉体も祭りを初めたぞ!
早く場所を移さねば。

しかし、久々の栄養で体が重くて思うように飛べない。
ふらふらとした軌道は、飛んで火に入るなんとやらをこれ以上なく体現している。

(ああ、こちらを見ている。快楽殺人鬼が笑みを浮かべてこちらを嬲るように見ている)

次の刹那、混濁の咆哮が解き放たれた。

(完)


#創作大賞2026 #オールカテゴリ部門