最後の70日間 ゴッホが眠る村で
大英図書館からユーロスターに乗って、パリへ。
そして推しサッカーチームのスタジアムの周りをぐるぐるの話へと続く予定なのですが、思うように書くことができず…
先日旅の話をしたイベントでお話したところをまとめるところから、手を付けてみました。
いろいろお話が前後しますが、ごめんなさい。
オーヴェル=シュル=オワーズ(Auvers-sur-Oise)へ
旅の2日目、パリでレンタカーを借り、約45分走ってオーヴェル=シュル=オワーズへ向かいました。小さな村ですが、多くの印象派の画家たちが足を運んでいます。とりわけヴィンセント・ファン・ゴッホが最後の70日を過ごした場所として知られています。彼はこの短い間に70点以上の作品を描いたといいます。ほぼ毎日1枚ずつ、書き上げていました。
快晴の下のオーヴェルの教会
11時半頃に到着し、まずは観光案内所で地図を受け取りました。村のあちこちにはヴィンセントが描いた場所に作品のパネルが設置されていて、絵と実際の風景を見比べながら歩くことができます。
以前に『オーヴェルの教会』の絵を見たときは、うねるように描かれた建物や重苦しい空の色に胸がざわついたのを覚えています。
そんな印象を思い出しながら実物の教会を前にすると、快晴の空の下で静かに佇む姿に一瞬戸惑いました。
あの絵の不穏な雰囲気とはまるで違い、同じ対象でも描き手の心境によってこれほど印象が変わるのかと考えさせられます。
『カラスのいる麦畑』も同じで、重苦しい作品のイメージとは裏腹に、そこに広がっていたのは明るく穏やかな畑でした。その対比に、ヴィンセントの揺れる心をより強く意識せずにはいられませんでした。
村全体は花にあふれ、手入れの行き届いた雰囲気でした。観光地だからというだけでなく、住む人の誇りや愛情が感じられるのです。白い壁の『オーヴェルの市役所』もヴィンセントが描いたモチーフの一つ。ちょうど訪れた土曜日、市役所前では結婚式を終えた新郎新婦と家族が記念撮影をしていて、村の暮らしと絵画の世界が自然につながっているのを実感しました。
アイビーで覆われたヴィンセントとテオのお墓
麦畑近くの墓地に足を運ぶと、ヴィンセンと弟テオのお墓が並んでいました。立派な記念碑ではなく、村人と同じ墓地の一角に静かに寄り添うようにあります。テオはヴィンセントの唯一の理解者で、兄の死から半年後に後を追うように亡くなりました。
二人の墓はアイビーに覆われています。これはテオの妻ヨハンナが「絆の象徴」として選んだものだそうです。
風に揺れる緑を見ながら、二人が今も寄り添っているように思えました。
オーベルジュ・ラヴー(Auberge Ravoux)でランチ
ランチは「オーベルジュ・ラヴー」で。ここはヴィンセントが最期に滞在した宿で、今はレストランと博物館になっています。
ブッラータチーズのサラダと、低温調理した豚すね肉を注文。
果実のネクターは驚くほど濃厚で、思わず日本で買えるか調べてしまったほど。
店内は観光客だけでなく地元の人や犬連れのグループもいて、気取らない雰囲気が印象的でした。
テオの妻ヨハンナ
食後はヴィンセントの部屋を見学するガイドツアーへ。
4畳半ほどの小さな屋根裏部屋は、ベッドと椅子が置かれただけの質素な空間でした。窓はひとつ、天井は傾斜し、晴れている日でも薄暗く感じられます。
ツアーで最も心に残ったのは、ガイドさんがテオの妻ヨハンナについて語ってくれたことです。
彼女はヴィンセント本人とは数回しか会っていなかったのに、その才能を信じ、遺作を守り広めました。当時、ヴィンセントの絵の価値を理解する人はほとんどいなかったのに、彼女の努力があったからこそ、今私たちはヴィンセントの作品に触れることができる。そう思うと胸が熱くなり、これから絵を見るたびにヨハンナの存在を思い出す気がします。
15時30分頃に村を後にして、次の目的地ポントワーズへ向かいました。短い時間でしたが、ゴッホが最後の日々を過ごしたこの美しい村で、彼の足跡をたどることができた貴重な体験でした。
