フィレンツェの春:登場人物
「美が国を統べる」
十五世紀のフィレンツェに、そう信じる男たちがいた。
豪華王、ロレンツォ・デ・メディチ。
ヘルメス的詩人、アンジェロ・ポリツィアーノ。
天上の線の画家、サンドロ・ボッティチェリ。
戦争と陰謀の渦巻くイタリアで、
彼らはそれぞれ一途に「プリマヴェーラ(春)」という理想を追い求めた。
そしてその輝きの中心には、つねに一人の女性の影があった――。
これは、花の都が最も美しく、最も危険だった季節、
史実と虚構の交錯するストーリア(歴史 / 物語)。
「私」:フィレンツェの古文書館で謎の聖母子画と詩編の手稿を発見する。これらはシモネッタ・ヴェスプッチを示唆していたが、しかしどうしても拭いきれない違和感があった。そこから物語は紡がれていく……。
ヴァレリオ:「私」の友人。古文書館の資料整理を依頼する。来歴不明の資料を「私」に見せることで物語を期待する。
シモネッタ・ヴェスプッチ
(1453-1476):


「美しきシモネッタ」として詩や絵画にインスピレーションを与えた、イタリア・ルネサンスの美のアイコン。
ロレンツォ・デ・メディチ
(1449-1492):

メディチ家三代目当主。「イル・マニフィコ(偉大なる者)」と呼ばれ、フィレンツェを実質的に統治する。一流の政治家にして祝祭の詩人。学芸を庇護し、フィレンツェを「花の都」としてイタリア・ルネサンスの中心とするが、それは、学芸をソフトパワーとして最大限に利用した彼の政治戦略の結果でもあった。
アンジェロ・ポリツィアーノ
(1454-1494):

ロレンツォ宮廷の「公式詩人」。16歳でホメロスをラテン語に訳した天才。ロレンツォともきわめて近く、書記、子供たちの家庭教師、年代記作家として彼に従う。その『スタンツェ』はルネサンス文学の精華で、シモネッタを神話化する。「パッツィ家の陰謀」事件ではロレンツォの命を救った。
サンドロ・ボッティチェリ
(1445-1510):

ロレンツォ宮廷の「公式画家」。≪プリマヴェーラ(春)≫ や ≪ウェヌス(ヴィーナス)の誕生≫ などの美神たちにシモネッタの面影を込める。晩年はサヴォナローラに傾倒するが、死後シモネッタの足元に埋葬されることを願ったほどに彼女を崇拝する。
シクストゥス4世
(1414-1484):

第212代ローマ教皇。本名フランチェスコ・デッラ・ローヴェレ。教皇庁の勢力拡大と親族の君主化を目指し、イーモラ問題を契機にロレンツォと激しく対立する。
ピエトロ・ロレダン
(1435?-1500?):

ヴェネツィア共和国の名門ロレダン家にルーツを持つ海軍将校。オスマントルコ支配下のコンスタンティノープルで人質として若き日を過ごす。物語ではその経歴を買われ、特使としてフィレンツェに派遣される。
フランチェスコ・サセッティ
(1421–1490):

メディチ銀行総支配人。ヨーロッパ各地に張り巡らされた支店網を統括。「ノストロ・ミニストロ(我らが執事)」と呼ばれ、ロレンツォの財務担当として辣腕を振るう。
ジュリアーノ・デ・メディチ
(1453‐1478):

ロレンツォの弟。容姿端麗、文武両道の「理想のプリンス」としてメディチ家の広告塔の役割を担う。シモネッタを「サン・パレイユ(比類なき者)」と崇め、そのプラトン的愛(プラトニック・ラヴ)の実践でフィレンツェ中を熱狂させた。
マルシリオ・フィチーノ
(1433-1499):

哲学者。ロレンツォの祖父コジモによって見出され、哲学サロン、アカデミア・プラトニカ(プラトン・アカデミー)を主宰。イタリア・ルネサンスの精神的支柱である新プラトン思想(ネオ・プラトニズム)を開花させる。
ルイージ・プルチ
(1432‐1484):

宮廷詩人。ロレンツォとは年の離れた悪友として振る舞い、メディチ家の政敵を痛烈に揶揄する詩を歌う。その歌集『モルガンテ』はルネサンス文学のグロテスクな笑いと風刺精神の白眉。
ヤコポ・デ・パッツィ(1421-1478):

パッツィ家当主。フィレンツェの由緒あるマグニアーティ(古参貴族)であると同時に、メディチ家に次ぐ大銀行家。イーモラ問題では教皇庁と接近し、ロレンツォの追い落としを画策する。
フランチェスコ・デ・パッツィ
(1444-1478):

パッツィ銀行ローマ支店長でヤコポの甥。慎重な伯父とは対照的な激情型で、メディチへの憎悪を露わにする。教皇との直接交渉によってローマにおけるパッツィ家の地位を確立する。
フランチェスコ・サルヴィアーティ
(1443‐1478):

ピサ大司教。フィレンツェの名門サルヴィアーティ家の出で、教皇シクストゥス4世がフィレンツェの弱体化を狙って送り込む。しかしロレンツォの策略で有名無実の大司教として屈辱にまみれる。打倒メディチに執念を燃やす。
ジローラモ・リア―リオ
(1443‐1488):

教皇シクストゥス4世の甥。教皇軍司令にしてイーモラ領主。教皇の寵愛を背景に権勢を振るい、ロマーニャ支配、ひいてはフィレンツェの支配をも目論み、ロレンツォと激しく対立する。
ジュリアーノ・デッラ・ローヴェレ
(1443‐1513):

枢機卿。教皇シクストゥス4世の甥。チッタ・ディ・カステッロ包囲戦では教皇軍の指揮をとる。気性が荒く「嵐のような人物」と言われ、1502年ユリウス2世として教皇即位後はイタリア統一を目指す。一方でミケランジェロやラファエロを支援し、盛期ルネサンスの発展に貢献した。
ニッコロ・ヴィテッリ
(1414‐1486):

チッタ・ディ・カステッロのシニョーレ(地領主)。現実的な立ち回りで小国の独立と一族の存続を維持する。ロレンツォ曰く「城壁のように執念深い老人」。教皇庁とつねに火種を抱えており、コジモの代からメディチ家とは友好的な関係を築いている。
フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ
(1422‐1482):

ウルビーノ伯。イタリア最強のコンドッティエーレ(傭兵隊長)にしてルネサンス的教養君主。メディチ家とも近く、ヴォルテッラの反乱鎮圧などではロレンツォの初期政権を助けた。名誉の負傷で右目と鼻梁の一部を失っている。
フェランテ1世
(1423‐1494):

アラゴン家出身のナポリ王。ローディの和以来、ミラノとともにフィレンツェとは同盟関係にあったが、王国の安定を優先し、中央集権化を図るなかで教皇と接近する。敵の遺体をミイラ化して保存するなど冷酷無比な恐怖政治を敷く。
ガレアッツォ・マリーア・スフォルツァ
(1444‐1476):

ミラノ公。ローディの和以来、ミラノは軍事力を背景にフィレンツェと同盟関係にあったが、資金難からイーモラ売却を決定。フィレンツェの増長を嫌い、最終的には教皇シクストゥス4世に売り渡す。現実的な政治を行う一方で残虐、放蕩な専制君主の面も併せ持つ。
【1】から最新話までの目次はこちら ↓↓↓
