問い|最強の自己成長ツール‼️
自分のことを客観視すると、自分がここまで成長できた要諦は何かと言えば、「問い」を使いこなすことができるようになった。というひと言に尽きる。
この「問い」も現在に至るまでには層のように積み重なった手触り感。
手触り感について、いろんな視点から言語化してみたい。
コーチングにおける「問い」
「問い」というツールを使うきっかけは、コーチングを学ぶ過程からだったと思う。
コーチングにおいて、「問い」は最も本質的な力を持つものとして定義。
決して相手を詰問するものでも、答えを強要するものでもない。
「問い」の力は「問われた相手が別の自分と出会うための扉」のようなものだ。
コーチングで使われる代表的な「問い」としては、次のようなものだろう。
• 「それは、あなたにとってどんな意味を持っていますか?」
• 「もし制限がないとしたら、あなたは何を選びますか?」
• 「なぜ、それを大切にしたいのですか?」
これらの問いは、正解を求めるものではない。
むしろ、問いそのものが「気づき」へと向かう道を照らしてくれる。
コーチングは自分と相手の2人で行われることが一般的だと思うが、そのときのスタンスも大事だと感じた。自分と相手が対峙する関係ではなく、「問い」が書かれた壁を向いて、自分も相手もそれぞれ語るというイメージを持つこと。

メタ認知における「問い」
“メタ”という言葉は、ギリシャ語由来の言葉で、「〜を超えて」「〜の上に」とかいうニュアンス。
“認知”という言葉は、心理学の用語で、人間が外界にあるものを知覚した上で、それが何であるかを判断したり解釈したりすることという意味
「認知バイアス」という言葉のとおり、人は情報を受け取る時にそれぞれの“カラーフィルター”を通して見てしまっている。そのフィルターが例えば赤🟥だったとしたら、すべての情報に赤色の情報が加味された状態になってしまっている。
自分が認知した赤みがかった情報を、それは本当に真なのか、もっと別の見えかたはないのかと、意図的にこのフィルターを変える操作が、「自己への問い」
自分のフィルターを変えられる「自己への問い」であるが、意外とできない人が多い。自分が視座(フィルター)を変えたことがあった経験を振り返って、そのとき相手は自分にどんな質問=問い を受けたのか、その言葉を記憶しておく。そしてフィルターを変えなければならないときに、記憶しているこの言葉を脳内で自分に投げかける。
仏教哲学って凄くない?
西洋哲学ってありますよね。
たとえば、「我思う、故に我あり」(デカルト)とか。
ついこの間まで仏教を宗教の括りでしか思ってなかったわけですが、ブッダ(ゴータマ・シッダッタ)は無我の境地=悟りを開いたわけですよね。
デカルトは“我あり”と考え、ブッダは“我はない”と悟ったと言っているわけ。
ブッダは独りで修行に入り、「自分への問い」だけで悟りの境地に至っただけですよね。
これって仏教は哲学そのものだし、「自己への問い」って最強じゃんと思ったという話。
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