note連続100日投稿でわかった。もやもやの言語化の正体
noteを始めてから5か月。
過日の投稿で連続100日投稿になりました。
(投稿数は100を超えているのですが、実は1日だけミスって投稿できず、100日連続投稿がようやく達成という感じ…笑)
フォロワーも2,000名を超え、本当に多くの方に読んでいただけていることに感謝しています。
この100日間、私は「リーダーシップ」「学ぶということ」「豊かな人生」「言語化」という4つのテーマを軸に書き続けてきました。
今振り返ってみると、この4つは私自身の人生そのものであり、思考の核だったのだと思います。
そんな中で、特に向き合い続けたのが “頭の中のもやもや” でした。
■ もやもやは、どこから生まれるのか
私は以前、「もやもや=ただの雑念」くらいの認識しかありませんでした。
しかし毎日文章を書き続けると、気づくのです。
“もやもやは、思考のゴミではなく、むしろ成長の入口である” と。
心理学では、もやもやは「認知の不協和」「未処理情報」「価値観の葛藤」といった複数のメカニズムによって発生するとされています。
ここでは、100日間の言語化を経て私なりに整理した“もやもやが生まれる理由”を、五つの視点から綴ってみたいと思います。
① 「知・感情・行動」のズレが生む認知的不協和
心理学者レオン・フェスティンガーが提唱した、いわゆる認知的不協和。
これは、人が「わかっていること」と「感じていること」と「やっていること」にズレが生じたとき、不快な緊張が生まれるという理論です。
私自身も、
「本当はこうしたほうがいいと知っているのに、気持ちが拒む」
「こうあるべきだとわかっているのに、行動がついていかない」
そんな場面に何度も遭遇してきました。
この“ズレ”が放置されると、思考が曇り、もやもやが濃くなっていきます。
実際、言語化しようとして初めて、このズレの存在に気づくことも多い。
② 情報の処理しきれない「未完了のタスク」
心理学の世界には「ツァイガルニク効果」という概念があります。
これは **「途中で終わった作業や未処理の情報を、人は強く記憶し続ける」**というもの。
現代は情報があまりにも多く、頭の中に大量の“未処理データ”が残り続けます。
私自身、仕事・学び・対話・読書など、毎日さまざまな刺激を受ける中で、
処理しきれなかった情報がもやもやの正体になっていたことに気づきました。
言語化する行為は、これらの「未完了のタスク」をひとつずつ完了させていく作業です。
文章がまとまった瞬間、ふっと肩の力が抜けるあの感覚。
あれは“未処理情報が整理された証拠”なのかもしれません。
③ スキーマ(既存の思考枠組み)と新しい経験の衝突
私たちは過去の経験から、無意識のうちに「思考の型」を作っています。
これが心理学でいうところの スキーマ。
スキーマは便利です。判断を高速化してくれる。
しかし、新しい出来事がこのスキーマとぶつかったとき、脳は混乱します。
たとえば、
万願寺とうがらし=辛いとうがらし
という思い込み(スキーマ)があると、
新しい情報と噛み合わず、もやもやが生まれる。
私自身、日々学び続ける中で、過去の経験や固定観念が揺さぶられ、
その揺れこそが「成長の前兆」なのだと気づきました。
④ 前言語的な直感が“言葉になるのを待っている”
文章を書き続けて一番驚いたのは、
「直感は思った以上に多くの情報を持っている」
ということでした。
心理学的には、直感は膨大な無意識の情報処理の結果と言われています。
しかし直感は、そのままでは言語にならない。
形を持たないまま漂い、それが「もやもや」として表出する。
毎日noteを書いていると、
「ああ、この感覚はずっと形を求めていたんだな」
と気づく瞬間があります。
言語化とは、直感に輪郭を与える行為。
もやもやは、実は心の奥からの“サイン”なのです。
⑤ 自分の価値観が揺れ動くと、もやもやは深くなる
価値観は、アイデンティティの根っこです。
心理学では、自分の価値観に合わない出来事に出会うと、
心の深い部分が揺れ「内的葛藤」が生まれると言われています。
この揺れは、非常にしんどい。
私自身、この100日間で何度も感じました。
「こんな価値観でいいのか?」
「本当に自分はこれを大切にしたいと思っているのか?」
という問いが浮かび、心が揺れる。
しかし、ここで生まれるもやもやこそが、
価値観を更新する前触れです。
■ もやもやは“成長のサイン”だった
100日連続投稿して本当に思うのは、
もやもやは悪いものではないということ。
むしろ、
認知のズレが生じている
新しい学びが入ってきた
心が本音を訴えている
価値観がアップデートされようとしている
もやもやは、すべて“変化の兆し”です。
文章にしようとすると、もやもやは必ず形を現します。
形になった瞬間、それは“自分の知”へと進化する。
■ 言語化がなぜ重要なのか
私はこの100日で確信しました。
言語化は、内面のもやを光に変える技術である。
書こうとすると、
自分は何を理解していて
何を理解していなくて
どんな前提で考えていて
何に反応しているのか
これがすべて明らかになる。
「わかったつもり」の知が剥がれ落ち、
本当に大切にしたい価値観や、本音の感情が姿を現してくる。
だから私は、これからも書き続けたいと思っています。
書くことで、自分自身と向き合えるから。
書くことで、自分の思考を進化させられるから。
■ 次の100日に向けて
連続投稿が目的ではありません。
目的は、自分自身の内側を更新し続けること。
これからも、
リーダーシップ
学び
豊かな人生
言語化
という4つのテーマを深掘りしながら、
「問い続ける生き方」を探求していきたいと思います。
読んでくださるすべての方へ。
100日の間、本当にありがとうございました。
そして、次の100日もどうぞよろしくお願いします。
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ありがとうございます。
励みになります。
毎日投稿に挑戦中💪