【映画評】人生は二度ない、三度ある! 『世界一不運なお針子の人生最悪な1日』(2024)
『世界一不運なお針子の人生最悪な1日』(フレディ・マクドナルド、2024)
評価:☆☆☆☆★
何も考えずに観ていられる映画である。クライム・サスペンス版『ピタゴラスイッチ』だ。
舞台はスイス、山中の田舎町。麻薬取引の現場で起きた暴力沙汰に遭遇してしまったお針子が、針と糸を武器に、お針子としての技術を駆使して(!)ピンチを切り抜けようとする――という、手に汗握りながらも笑いが止まらない作品だ。
あれこれ深読みすること自体が野暮な映画だが、それでもあえて物語のテーマを一言で言えば、やはり、「家族の呪縛」ということになるのだろう。主人公のお針子バーバラは、母親から受け継いだ重荷のような裁縫店に呪縛されているし、バーバラを犯罪に巻き込んでしまうマフィアの息子も、恐ろしい父親から逃げ出したい点では同じである。トラブルに巻き込まれている真っ最中のバーバラを容赦なく邪魔してくる町の人々も、結婚3回目の老女だったり、妻へのプレゼントにこだわる男だったり――皆、家族に縛られている。
この老女、危険のまっただ中に出現しては「3回目の結婚式なのよ! 早くドレスにボタンを付けて!」とわめいて場を引っ掻き回し、笑いを誘うのだが、当然ながら、3回結婚する老女というキャラクター設定は、バーバラが、映画の中で同じ場面をループして3つの選択肢を1つずつ選んでいくこととリンクしているのだろう。いわば、老女はもう一人のバーバラなのだ。
しかし、人生を2度でも3度でもやり直せるのだとすれば、「家族の呪縛」というものにはどういう意味があるだろう。何度そこから逃れようとしても再び呪縛されてしまうということでもあり、どれだけ呪縛されていても、何度でも解放されることができるということでもある。「ループもの」として「家族の呪縛」というテーマを描いたこの映画からは、「解放」と「呪縛」は表裏一体である、というメッセージを読み取っておくべきなのだろうか。
とはいえ、繰り返すが、私見では、あまり深読みするのも野暮な作品なのだ。複雑なパズルのように主人公をがんじがらめにする「イエ」と「ムラ」と、それに対抗するかのように主人公が物理的に針と糸で構築する「ピタゴラスイッチ」の行く末を、笑いながら見守るべき作品なのだろう。「呪縛」は、ここでは、パズルの1ピースのように軽いものである。
この作品に1つ残念な点があるとすれば、3度目のループの際、バーバラが踊りだす場面が不自然なところだ。唐突に登場人物が歌って踊りだす描写は、「場繋ぎ」の印象を観客に与えやすい。踊りながら「ピタゴラスイッチ」を組み立てているのだから、この場面は重要なのだが、「いきなりバーバラが歌い出す」というギャグを観客に披露しているのか、それとも「マフィアのボスの前で見苦しく足掻いている、と思わせる」意図を持ってバーバラが動いているのを見せたいだけなのか、バーバラがどういうレイヤーで踊っている(ことを監督が強調したい)のかが明白であったなら、この場面はもっと良いものとなっていたはずだ。
以下、映画とは関係のない余談。
人生を3度繰り返す女――というわけで、私がこの映画を観ていて思い出したのは、こんな言葉である。
人生は二度ない、三度ある!
出典は、カルトな人気を誇る特撮コメディ脚本家、浦沢義雄の手掛けた特撮ドラマだ。浦沢作品には繰り返し登場する言葉のようだが、初出は、特撮ヒロイン番組『不思議少女ナイルなトトメス』第5話「人生は二度ない」だろう。奇しくも、これまた、「家族の呪縛」をテーマにしたエピソードだった。
まあ字で読んでも意味不明な、ほとんど日本語としても破綻しているセリフなのだが……、はっきり言って、実際のドラマを観ても意味不明である。それまでのストーリー展開からは絶対にあり得ない脈絡で唐突に飛び出して、それまで描かれてきた登場人物の抱える問題など何一つ解決しないまま強引に物語の幕を下ろしてしまったセリフとして、とても印象的な言葉だった。
このエピソードの主人公は、母親から将来プロ野球選手になるよう命じられ、トレーニングを強制されている少年。母親に従順なとても良い子だったのだが、ナイルの悪魔にそそのかされた結果、「人生は二度ない(ので後悔しない生き方をしなければならない)」という真実に気づいてしまう。人が変わったように暴れて、「勉強してやる! 勉強して偏差値の高い有名私立の進学校に入って、東大出て大蔵省に入ってやる!」と宣言。「超一流選手には勉強はいらない!」と断言する母親に反抗して、猛勉強するようになってしまった。大変だ!
……この時点でも充分異常なストーリーだが、ここから、更におかしなことが色々起こる(が、中略)。で、まあ、紆余曲折を経て、最後は特撮番組らしく、番組ヒロインであるトトメスとナイルの悪魔とのバトルとなる。普通に考えれば、母親をきつく戒め、今後は息子の好きなことをさせるよう反省を促す――というような結末に向けて収束していくところだろう。
ところが、正義のヒロイン、トトメスは、ナイルの悪魔と戦いながら、少年についてこう言ってのけるのだ。
「人生は二度ない、三度ある! 野球をしながら大蔵省に入って、投げる・打つ・守るの3拍子揃った、高級官僚になればよいのです!」
……!?!?!? どういうことだ!?
こうしてトトメスはナイルの悪魔を論破して倒し、少年はナイルの悪魔から解放され、無事、元通り、母親の指導の元、やりたくもないトレーニングをやらされる日々に戻ったのだった――めでたし、めでたし!
――というとんでもないエピソードだ。ほとんど、『時計じかけのオレンジ』の逆ヴァージョンである(つまり、息子ではなく母親が凶悪)。『不思議少女ナイルなトトメス』自体、全エピソードを通じて、「人間は、ナイルの悪魔より更に凶悪でろくでもない」というテーマがあるとしか思えない特撮番組だった。
まあ、これまた、「人生は何度でもやり直せるのだから何でもやれば良い」という楽観論と「人生は何度でもやり直せるのだから、やりたいことをやる前に、まずは嫌いなことをやらねばならない」という悲観論、両者が極めて近しいものなのだというメッセージを読み取っておくべき、ということになるのだろうか。言語化してしまうと全く面白くもないが、実物は、とても正気の沙汰と思えない傑作特撮コメディ・ドラマだった。
関連記事
目次
(これまでに投稿した全記事へのリンク)
