【雑記】名古屋の古書店めぐり/ベースミュージック 2025年4月24日

 2025年4月24日――ある事情により、名古屋に短い旅行に出かけた。
 この日は、1日――というか午後3時以降の半日だけだが、1人、自由に名古屋の街をフラフラと散歩することができた。
 名古屋で遊ぶのは、およそ6年ぶりだっただろうか。日頃は「引きこもり」生活を送っている私にとっては、とても珍しいイヴェントだった。
 だいぶ時間がたってしまったが、散策のルートを雑記にしたためておこう。

 散策の目当ては、本と音楽だ。
 つまり、古本屋とクラブである。

 午後3時、まず降り立ったのは、JR鶴舞駅。ここから地下鉄上前津駅に向かう大通りを中心に、チラホラと古本屋が点在しているのである。名古屋の神保町、などというと大げさな気もするが、昔、このあたりを散策した記憶では、優良な店が揃っていて、見て回るのに随分時間がかかってしまったと思うのだが……
 今回は、5軒しか回ることができなかった。
 前回と比べて、随分店が減っていた気がする。地図も見ずに歩いた私の探し方が悪かったのかとも思ったが、今、改めてネットで地図を確認したところ、そういうわけではないようだ。長い時を経て、コロナ禍の煽りも受けたのか、いくつも店が閉まってしまったらしい。久々に訪れた「名古屋の古書店街」の風景は、だいぶ変わっていたと思う。

 まず最初に入ったのは、地下鉄鶴舞駅6番出口の目と鼻の先にある、山星書店。自然科学、文学、芸術、宗教学、民俗学、哲学などオールジャンルの学術書が大量に取り揃えられている。
 店先の均一コーナーから、石弘之、安田喜憲、湯浅赳男の鼎談本『環境と文明の世界史』(洋泉社)を250円でレスキュー。
 湯浅赳男は、「1968年革命」の頃にはトロツキズムの紹介者として活動し、その後は、マックス・ヴェーバー論を経て世界システム論に接近した経済学者である。太田竜や千坂恭二に関心のある向きには、湯浅がかつて三一新書から出していた『革命の軍隊』は必読だ。湯浅、太田、千坂に論及した栗田英彦の論文「フランス料理と自然食運動」(『情況』2024年春号、情況出版、所収)も要参照。
 その他、やはり太田竜に関係の深い八切止夫の本や、キネマ旬報社『世界の映画作家』シリーズなど、7,8冊ほどを安価で購入。
 いきなり、荷物が増えてしまった。

 続いて、山星書店の数軒先にある大学堂書店に入ろうとしたのだが……シャッターが閉まっていた。休店日だったのだろう。文学書や政治思想書の品揃えが豊富で、価格設定が良心的な、鶴舞の古書店の中で一番好きな店だったので、残念!

 しばらく道なりに歩き、車道を隔てた向こう側にあるのが、2軒目、飯島書店。日本史や仏教関連の本が多い店。

 さらに道なりに歩き、地下鉄上前津駅のあたりに到着。この時点で2軒しか回ることができていない。予定していたより、遥かにさびしい「古書店めぐり」である。気づかず通り過ぎてしまった店があったかと思って、来た道を少し戻ったりと、周囲をウロウロしてみたが、何も発見できず。
 仕方がない、前へ進もう……。

 十字路を左に折れると、左手にあるのが、海星堂書店。「本店」と「南店」が2軒並んでいる。

 「本店」の店先の均一コーナーには、オカルト本やサブカル本やトンデモ本が豊富に詰め込まれている。店内には、SFやミステリーの文庫本、漫画、アイドル雑誌がずらり。隅には文学書コーナーもある。
 おっ、前から欲しかったリュシアン・ルバテ『残骸』(国書刊行会)があるぞ!と思ったら……20000円! だめだ、とても手が出ない。
 日本ミステリー文学史に燦然と輝く伝説の雑誌、『新青年』も何冊かあった。それほど高くない気もしたが、今回はパスだ。
 シャルル・プリニエ『醜女の日記』、原田実『トンデモ日本史の真相』、山田太郎『「表現の自由」の守り方』など、希少性のなさそうな安価なジャンク本ばかり10冊強を購入。

 「本店」を出て、すぐ隣にあるのが「南店」。こちらは、スポーツ関連本とアダルトコーナーの店だ。
 アダルトコーナーには、アダルトビデオならぬアダルトレーザーディスクのエサ箱があった。良いねえ。失われたメディア、失われたセックスの幻想……(置き場がないので、買わないが)。

 通りを隔てた向かい側にあるのが、三松堂書店。この店は、新刊を扱う部分と古書を扱う部分で2店舗に分かれている。文学書や哲学書が豊富。
 梯明秀『ヘーゲル哲学と資本論』(未来社)を衝動買いしてしまった。著者は、独自の「物質哲学」でカルトな人気を誇るマルクス主義哲学者だ。梯哲学が、新左翼黎明期の思想形成から、(松岡正剛を経て)ニューエイジやサブカルチャーにまで潜在的な影響を与えるに至る経緯は、絓秀実『反原発の思想史』に詳しい(「反原発」という題名のせいで見落とされがちな気もするが、絓のこの本は、『遊』や『宝島』など、日本のサブカルチャー史に関心のある向きには必読の1冊だ)。
 しかし、希少性のない本なので、わざわざここで買う必要はなかったな。

 鶴舞の古書店巡りは、ここまで。
 わざわざ旅先で買う必要のない本も多く、全体的に、下手な買い方をしてしまった気もするが……まあ良い。収穫がどうあれ、自分の足で古書店を歩くこと自体が楽しいものだ。
 それに、100円のジャンク本であっても、古本との出会いは一期一会である。どうせ安いからとパスした本が後から値上がりしてしまい、読みたい頃になって入手できず悔しい思いをすることもしばしばだ。
 買わない後悔より、買う後悔。これが古書店めぐりの大原則である。
 とはいえ、この原則を貫き通すのは、経済的に、いやそれ以上に物理空間的に、かなり厳しいものがある。経済的には、レアな商品に手を出さず均一本あさりにでもとどまっている限り、古本集めというのはむしろコストパフォーマンスの良い趣味と言えるだろうが、安いからといって何でも買っているようでは、すぐに置き場所が確保できなくなってしまうのだ。本というのは、言い逃れようもなく「スペースパフォーマンス」が悪いメディアである。
 何事にもパフォーマンスが優先される風潮には抵抗しなければならないだろうが、しかし、ものには限度がある。すでにこの時点で、私は20冊ばかりの本をリュックサックに背負っている。重い、重い、肩が痛い! 家に持ち帰った時の置き場所のことを思うと、頭も痛くなる。震災の際、自宅では、床が見えなくなるほど本が散乱して死にかけた。
 「本はいいぞ! みんな、スマートフォンばかり見ていないで、本を買って読もうよ!」などと、他人に本の良さを説明しようにも、こんなに本のせいで重たい思いをして、生活空間を圧迫されているようでは、何を言っても説得力は皆無だろう。
 が、まあ、それはそれとして……
 やっぱり、古本屋はいいぞ!
 みんな、もっと古本屋に行こう!
 古本屋に立ち入ることはハードルが高い、と感じる方もいるようだが、何、向こうだって商売なのだ。「本は丁寧に扱う」「値段は最後のページを見る」、と、この2つに気をつけていれば、間違うことはないだろう。勇気を持って店に一歩足を踏み入れれば、「失われた文化」をめぐる一次資料がよりどりみどり、新刊書で買うと高い本でも、格安に入手できることもしばしばだ。時が止まったような店内で、古いもの達に囲まれ、ちょっとしたタイムスリップを楽しむのも良いだろう。
 そして、本というメディアの魅力は、何と言っても、「情報」を「物質」として扱える、ということだ。
 ぜひ、古本屋に行って、物理的に四方を「情報」で取り囲まれる体験をしてほしい。視覚情報だけではなく、本棚の前に立った時の音が遮断される感覚、そして匂いまで含めて、「古本屋」という独特の空間の質感を全身で感じてほしい。身体感覚を通じて「情報」と戯れる体験は、なかなか、デジタルメディアでは代替できないはずである。
 パフォーマンスの悪さこそ、古本の最大の強みである。
 そして、気になる本があったら、100円でも良いから、買ってみてほしい。
 古本屋は、どの店であっても例外なく経営が厳しいと思って間違いない。貴重な空間が消えていくのを少しでも食い止めるため、少額でも良いから、身近な古本屋を利用しよう。

 この時点で、午後6時過ぎ。良いペースだ。
 地下鉄上前津駅から、名城線で栄駅に移動する。
 栄は、名古屋の中心部だ。

 地下鉄の13番出口から地上に出て、向かったのは、「特殊書店Bibliomania」。サブカルチャー愛好家のためにデザインされた、古書、新刊書、同人誌、ビデオ、DVDなどを扱う店である。一言で言えば「ディープ版ヴィレッジヴァンガード」となるだろう。カルト、悪趣味、モンド、エログロ、ホラー、ゴシック、カウンターカルチャー関連のグッズが店内に所狭しとひしめいている。
 私は一度も行ったことがないが、かつて高円寺にあったカルトショップ「バロック」もこんな雰囲気の店だったのだろうか。
 というか、おそらく最初期のヴィレッジヴァンガード自体、こういう雰囲気の店だったのだろう。ヴィレッジヴァンガードというチェーン店は、今では、大型ショッピングモールに併設された中高生向けのたまり場のような空間と化しているが――もう10年ほど足を踏み入れていないので、最近の店内の雰囲気はよく分からないが――、最初期と言わず2010年ごろであっても、まだ、店の片隅にドラッグやタトゥー関連の本を置いていた。当時は『TATTOO BURST』もまだあったし、それどころか、村崎百郎もギリギリ生きていた。
 こういう系列の店がハイカルチャー寄りになると、京都の「アスタルテ書房」となるだろう(2024年11月閉店。現在は古書店兼カフェ・バー「アスタルテ書茶房」として引き継がれているらしい)。
 「Bibliomania」の本棚の並び方は極めてハイコンテクストで、随所に、客への強い「目配せ」を感じさせる。失われたジャンク・カルチャーのひしめく店内を1時間以上物色し、B級サブカル雑誌のバックナンバーや同人誌など、10点ほど購入した。

 この時点で、私は30冊ほどの本を抱えていた。リュックサックに本を背負い、両手にはビニール袋2つ。
 重い。手がちぎれそうだ。肩が痛い。
 とりあえず栄駅に戻り、コインロッカーに荷物を預けた。
 時に午後8時。ここからは第2部、クラブ遊びである。

 再び13番出口から地上に出て、向かったのは、「Bibliomania」のすぐ近所にあるクラブ「Club JB's」。この日は、ベース・ミュージックのイヴェントが開催されていた。その名も「低音研究会」。定期的に開催されているイヴェントらしい。
 フロアに立つや、まるで地震のように揺れる足元――。低音の地響きだ。
 音質は、とてつもなくクリア。スピーカーの前に立っても全然耳が痛くならない。
 プレイされているのはダブステップやドラムンベースだが、どこまでも持続する低音は、時折、ノイズ・ミュージック的に聞こえることもある。
 低音、そして轟音の波――ああ、意識が飛ばされる……。
 複雑なリズムが押し寄せるのを全身で浴びながら、泳ぐように、私は踊った。両手ひらひら、足元ふらふら。運動神経が悪く、しかも、日中の古本屋めぐりですでに疲れ果てていた私のことだから、かなりフリーキーな踊りだったことだろう。
 クラブで踊る時は、一番マヌケで一番「壊れた」人になるよう心がけなきゃね……。
 あっ、でも、終電時間前にはさっさと退出だ。

 13番出口から栄駅に入ろうとしたら……シャッターが閉まっていた。この出入り口は午後11時半に閉鎖されるらしい。焦った!
 別の出入り口から地下に降りたら、コインロッカーの場所が分からなくなってしまった。迫る終電時間。血の気が引いた!
 どうにかコインロッカーを発見。とてつもなく重い荷物を引きずり出し、ヘトヘトに疲れた体に鞭打って終電に乗り込み、無事、金山のホテルにたどり着く。
 クラブを出てからの行動のほうが、マヌケであった。
 明日(というか今日)には、帰宅しなければならない。


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