【エッセイ】 御巣鷹の尾根へ馳せる想いはきっと…
『のー友』になっていただいた 七海文さん の、こちらの投稿を拝読した。
七海さんと同じ想いを抱いていた、知人のことを思い出して、書きたくなった。
※『のー友』とはnoteを通じ親しくさせていただく人
まずはこちら↓をお読みになっていただきたい。
七海文さんは、御巣鷹の尾根へ強い想いを持っていらっしゃるが、訪れたことはない。
遠く離れた場所から鎮魂の想いを馳せていらっしゃる…というご投稿だ。
Aさん。
彼はかつての職場の同僚だった。
Aさんは同僚とはいえ、担当する業務の違いから社内で接触する機会はほとんどなかったが、座る席は背中合わせの位置だった。
外出先から帰社すれば、お互いに「お疲れ様」「今日は雨で大変でしたねー」などと、ありきたりの会話をしていた。
Aさんは、何故か知らないが私のことだけを「フルネーム」で呼んでいた。
「変わった人だなぁ…年齢はいくつなんだろ?」
密かに私はそんなことを思っていた。
ある夜、他の同僚たちが退社して、気付けば社内にはAさんと私だけが残っていた。
「◯◯◯◯さん(私のフルネーム)そろそろ終わる?」
「はい、もう終わりますよ。Aさんは?」
私たちは仕事にキリを付けて帰ることにした。
エレベーター内でAさんが言った。
「焼き鳥食べながら一杯付き合って」
焼き鳥かぁ…お腹がグーっと鳴る私。
「いいですね、行きましょうか」
ビルを出てから徒歩3分の場所にある、小さな焼き鳥屋に向かうことにした。
カウンターだけの店内に他の客はいない。
Aさんは冷えた生ビールを口にする度に、饒舌になっていった。
大学時代はバイト三昧。
アイドルの追っかけをしていたことなど話してくれた。
その一つひとつのエピソードが面白くて、共感できる話ばかり。
彼は1学年上の年齢だと判明した。
しばらく上機嫌に話し続け、今度はAさんから私について、質問タイムに移行していった。
「高校時代に野球部の女子マネをしていたんです」
Aさんはその話に食い付いた。
「へぇー女子マネかぁ、モテたんだね」
たいがいこう言われることが多いが、実際は違う。
現実はスポ根マンガみたいに甘くはない。
「全然モテなかったですよ」
「じゃあ付き合ってた彼氏がいたとか?」
「全く違いますねー、純粋に高校野球が好きだから」
私の高校時代の野球部には、男子マネージャー1人と女子マネ2人がいたことを話した。
「もう1人の女子マネは、野球好きという共通点からすごく仲良くなって親友だったけど…亡くなってしまった。今はもういないんです」
私は重い話を、酒の勢いもあってか割とサラリと話し、亡くなった時期は1985年8月12日であると告げた。
Aさんは絶句…。
しばらく手元のビールジョッキを眺めていた。
しばしの沈黙が続いた。
沈黙を破ったのは私。
「もうすぐ夏がくる。そしたら私、御巣鷹の尾根に今年もまた登るんですよ」
Aさんはカウンター席の隣にいる私に、向き直るようにして言った。
「もし良かったら…邪魔じゃなかったら…一緒に行っていいかな…」
彼の発言は唐突で、正直なところ戸惑った私。
だが悪い気は全くせず、むしろ嬉しい…と思った。
Aさんは、新しい生ビールが提供されると、また一口喉を鳴らしてからこう言った。
「これまでに何回も登山口まで行った。でもその先に進んだことはない。進んではいけない…と思う気持ちが強かった。無関係な立場で行ってはいけないんじゃないかと…。だからいつも引き返したんだよ」
彼はこの未曾有の航空機事故を、忘れてはいけないと語って、機会があればいつか必ず尾根で合掌したい!という想いを持っていると付け加えた。
数ヶ月後、私はAさんをお誘いして秋の紅葉が始まる御巣鷹の尾根に慰霊登山に行った。
登山口から急峻な山道を歩いて、やがて犠牲者の墓標が見えてくるすげの沢に到達した時、Aさんが泣いている横顔に気付いた。
秋の日の昇魂の碑が穏やかに迎えてくれた。
親友の墓標の前に立ち、私は親友に語りかけAさんを紹介した。
それから1年後、Aさんは異動となって、自然に私たち二人の関係は遠のいた。
Aさんは今も、御巣鷹の尾根への想いを忘れずにいてくれていると、頑く信じてやまない。
御巣鷹の尾根で精霊となった520の尊い魂は、Aさんのような無関係な人であっても、拒むどころか大歓迎してくれるのだ。
私には、それがよーくわかるから。
了
几戸姶洛
