【コラム】 知ってるようで知らなかったこと⭐︎ジャンヌ・ダルク⭐︎
前回は稀代の悪女、『ベルサイユのばら』でもお馴染みのジャンヌについて書いた。
今回も、歴史的に有名な女性について、その名もジャンヌという人を書いていきたい。
ジャンヌ・ダルク。
15世紀のフランスの英雄。
彼女は、戦争で負けかけていたフランスを救った女の子なのだ。
強い女性の代名詞になっている彼女の名前は、誰しも聞いたことはあるだろう。
なんなら彼女の名前が出てくる曲を、カラオケで熱唱した人もいるだろう。
実は私も『君のひとみは10000ボルト』という曲を、かつてカラオケで歌った記憶がある。
『君のひとみは10000ボルト』歌詞 抜粋
鳶色のひとみに 誘惑のかげり
金木犀の 咲く道を
銀色の翼の馬で 駈けてくる
二十世紀の ジャンヌ・ダークよ
君のひとみは 10000ボルト
地上に降りた 最後の天使
資生堂の化粧品CMソング
CMソングとして大ヒットしたこの曲は、ハッと目が奪われるほど魅力的な女性を歌っている。
サビの「君のひとみは10000ボルト〜♪」というフレーズは、一度は耳にしたことがあるのではないか。
では、ジャンヌ・ダルクってどんな人?
と問われると、私はまともに答えられないので、ジャンヌ・ダルクについて調べてみた。
◉彼女の生涯
1412年頃、フランスのドンレミという小さな村
で農家の娘として生まれた。
13歳の時突然、「フランスを救って王様を助けな
さい」という不思議な神の声を聞いた。
ジャンヌは国を救うため、髪を短く切り男装し
旅立つ。
当時のフランスは、イギリス軍に攻め込まれて
大ピンチを迎えていた。
国を占領されると諦めかけていたシャルル(フラ
ンス王太子 後のシャルル7世)に、ジャンヌは
会いに行った。
「私に軍隊を任せてほしい」
追い詰められた国を救うには、神の奇跡に頼る
しかない…と考えたシャルルは、ジャンヌに任せ
るべきかテストを行った。
長期にわたったテストを全てパスしたジャンヌは
17歳になっていた。
そして、敵に囲まれていたオルレアンという街を
見事に救い、シャルルは彼女の活躍のおかげで
正式なフランス王になった。
その後ジャンヌは敵に捕まり、イギリスの裁判に
かけられてしまった。
「私は正しいことをした」
彼女はそう最期まで主張したが、19歳で火刑に
処され亡くなった。
その後、フランス軍は勢いを取り戻して戦争に
勝利した。
裁判は間違いだったと証明され、彼女の名誉は
守られた。
フランスの「国民的ヒロイン」「強い女性」として
世界中で愛されている。
以上がジャンヌ・ダルクの生涯の概要である。
ジャンヌとシャルルには、この場を借りてお詫びしたいほどザックリしたまとめである。
この時代の世界史は、まさに混沌としており、突き詰めたいならフランス史、イギリス史、他の国々や所領の歴史、文化、宗教が交錯している。
詳細については、ご自身で調べていただきたいと願う私だ。なんせもー複雑だから・・・。
ちなみに日本のこの頃は、室町時代である。
それにしても、ジャンヌ・ダルクが10代の女の子だったとは…。
予想外の若さだったので驚いた。
ところで、シャルル7世の行ったテストが気になった。
一体どんなテストをしたのか・・・。
テストを合格したとはいえ…。
なぜ17歳の少女が軍隊を指揮できたのだろう?
オジサンだらけの軍を統率できた理由を調べ、4つにまとめてみた。
1. 王が「神の使い」と認めたから
当時のヨーロッパの人々は、神への信仰心が強かった。
もはや神頼みしかないと思っていたシャルルは、ジャンヌが本物の神の使いかどうかを詳しくテストした。
①変装した王を見つけるテスト
ジャンヌが初めてシャルルに会いに行った時、シャルルは、わざと地味な服を着て大勢の家臣の中にまぎれ込み、別人を豪華な椅子に座らせて王様のふりをさせた。
シャルルの顔を知らないはずのジャンヌは、部屋に入ると偽の王には目もくれず、変装した本物のシャルルの前へ歩み寄り、ひざまずいた。
「あなたが本当の王太子様です」
と言い当てて周囲を驚かせた。
②秘密の会話テスト
ジャンヌはシャルルと二人きりで話した時、シャルルが誰にも言っていない秘密の願い事を、ピタリと言い当てた。
またシャルルは、自分は本当に前の王の子どもなのだろうか?と自分の血筋に不安を持っていた。
ジャンヌが「あなたは間違いなく王の息子です」と神からの言葉を伝えた。
③専門家による3週間のテスト
シャルルは、彼女をポワティエという街に送り、学者、有識者たちに彼女を厳しく調べさせた。
学者たちは「神が国を救うなら軍隊はいらないはずだ」などと意地悪な質問をした。
しかし、ジャンヌは「軍が戦うからこそ、神が勝利をくれるのです」と堂々と答えた。
④お妃たちによるテスト
神の声を聞く聖女は、汚れのない処女でなければならないというルールがあった。
そのため、シャルルの義母などの高貴な女性たちが、ジャンヌの体を実際に細かく検査した。
これらのテストの結果、この少女は間違いないと認められたジャンヌは、特別な鎧や馬、軍隊を与えられることになった。
王のお墨付きにより、兵士たちも彼女に従った。
2. 先頭に立ち命がけで戦ったから
ジャンヌは作戦の指揮命令をするだけでなく、一番危険な戦場の先頭に立って大きな旗を振った。
戦いの最中に首や足に矢が当たって大けがをしても、「まだ戦える!神が守ってくれる!」と立ち上がり、味方を応援し続けた。
この勇気ある姿を見て、弱気になっていた兵士たちの士気が一気に燃え上がった。
3. プロの将軍たちがサポートしたから
ジャンヌのまわりには、戦いのプロであるベテランの将軍たちがしっかりとついていた。
ジャンヌが「神様の言う通りに進むぞ!」とみんなの気持ちを一つにまとめ、実戦はプロの将軍たちがサポートするという、見事なチームワークができていた。
4. 常識にとらわれない戦い方をしたから
当時の騎士たちは、「正々堂々と戦うのがルール」という古い常識に縛られ、なかなか勝てずにいた。
戦争の素人だったジャンヌはセオリーを気にせずに、「早く敵を追い出す!」ということに集中した。
城を攻略するための大砲を、敵の兵士に向けて撃つなど、大人たちが思いつかないような、新しく激しい戦い方をして勝利をつかんだ。
このようにジャンヌは、落ち込んでいたみんなの心を「神様の力」と「自分の勇気」で引っ張る最強のリーダーとなり、勝利のシンボルになったわけだ。
タイトル画像は、ジャン=オーギュスト・ドミニク・アングルが1854年に描いた絵画である。
『シャルル7世の戴冠式でのジャンヌ・ダルク』
シャルルから与えられたカッコいい鎧姿が印象的な絵画である。
ジャンヌ・ダルクの絵画として有名な、下記のドラクロワの絵画を思い浮かべるが、今回それが大間違いだとわかった。

この絵に描かれている女性は、ジャンヌ・ダルクではなく、「自由」という言葉を人間の姿にした想像上の女神で、フランスを象徴するマリアンヌというキャラクターだそうだ。
ジャンヌ・ダルクが生きた時代から400年もあとの、フランスで起きた七月革命を描いたものだという。
良かった…。
だってドラクロワさんの絵画!
お乳丸出しが多くて…。
17歳のジャンヌでなくて良かったよ。
それにしても。
このジャンヌ・ダルクの生き方は、現代ビジネスに充分に参考にすべきマネジメント方法ではないか。
偉っそーに机上の空論ばっか言って・・・
それ以外はネット画像観たり・・・
居眠りしたり・・・
鼻毛抜いたりしてる・・・
そこの管理職諸君!
たまには現場の最前線に立ってみてはどうか!?
了
几戸姶洛
