見出し画像

【伝統工芸に学ぶ教育論】第20章:着物

日本の歴史教科書で、日常風景を示す写真があるだろう。同じ日本人が写っているにもかかわらず、どこか別の世界に感じてしまうのは私だけだろうか。きっとそれは、ほとんどの日本人が今の日本人とは違う衣服を身にまとっているからなのかもしれない。
学生の頃、私はそう思っていた。

皆さんの箪笥の中に着物はあるだろうか。
皆さんは、着物や浴衣を着たことがあるだろうか。
かつて十二単、着物、浴衣、羽織袴と、今ではほとんど日常で見ることはない。日本の各地域によって、機能を重視し、各々の形状を持った衣服を纏っていただろうが、今は全国どこへ行っても日本人は同じものを着ている。※もはや世界中が区別なく皆同じものを着ているともいえる。Tシャツ、Yシャツ、ジャケット、パンツ、ズボン、と。かつての日常着は、民族衣装として日常から歴史へと塗り替えられてる。
今回は、着物にフォーカスを当てる。世界的にも不思議な存在である。日本人は一枚の布を、上下分けることなく、包み込むという方法を採用し、「着物」を纏っていた。


20-1:着物のデザインと機能美

世界から見ても、デザイン性が富んでおり、装飾も豪華で評価が高い「着物」。特に機能美。日本人の体に合っており、それ故に、有名なデザイナーも着物に敬意を表し、学ぶ対象の一つとしている。
現代は、SDGsなどの環境配慮からも着物が再注目されている。着物の糸を解き、持ち主の背丈に合わせて新調する着物。エコサイクルが日本で数百年も前から続いている。

皆さんには、まず考えていただきたい。
着物は現代人からみれば、いわゆる伝統的な衣装と括られてしまうが、それは現代人の勝手な区別である。「伝統=面倒で手間」ということで、距離を置いてしまっているかもしれない。そのようなレッテルを無意識にしてしまっている人が多く見受けられるが、私は、今後の人生において損をする人が多くなるのではないか、と思っている。「伝統=面倒=私には関係ない」の人生を選ぶ前に、この知見に触れ、再検討していただけると幸いである。

体を包む衣

着物がどのような効果があったのか、紹介していく。
着物は、単なる伝統的な衣服として式典の衣装としてあるのではなく、日本人の身体にさまざまな影響を与えてきた。着物は、デザイン性があるだけではなく、そもそも日本人に合っている衣装である。世界的に極めて稀な、「体を包む」構造になっている。着物や浴衣を着たことがある方であれば分かるだろう。旅館着などが想像しやすいかもしれない。
その着心地かどうかは、人それぞれ感想はあると思うが、正直、現代人の生活や動きには合っていないだろう。そのため、はだけてしまったり、そもそも着ることを好まなかったり、とあるかもしれない。

しかし、私が得た知見からすると、そもそも現代人の動きそのものが、着物に合っていないと考える。
それは、動き(所作)そのものが西洋化され、自らの能力を制御してしまっているという現象になっている、ということである。例えば骨格的にも、身体的にも各民族の特徴が異なるのに、日本人は一様に「西洋的科学的パワー信仰」をしている。筋肉量を上げ、体を大きくすることや骨格を理解せずパワー量で勝負事をすることが日本人には合っていない。※この内容はここでは割愛する。
一例をあげてみたが、荷物の持ち方、歩き方、走り方などが根本から西洋化していると言われている。古武術などの世界では、変わらぬ知見が残っており、それは、一部この後紹介する。

要は、着物が着こなせないというのは、着物との相性が悪い動きをしていると言える。その善悪は、ここでは言及しないが、示唆しておく。

では、日本人と着物の関係は何なのか?

20-2:日本人の身体に与える影響-①保温

着物は、一枚の布が体を包み、おなかの前で2枚重なるように着る。
そして帯を締める。
これに何の意味があるのか?

これは「おなかを温める」効果がある。

なぜおなかを温めるのか?

日本人は西洋人に比べ、腸が長いとされている。この特徴は、寒冷な気候での食物の消化吸収に適応した身体的特徴でもある。だが長い腸が冷えると、どうなるか?皆さんも経験があるだろうが、腸の動きが鈍くなり、消化不良を起こし、下痢や腹痛が起こる。夏は、冷たい飲み物を一気に飲み干してお腹を下すことや、冬の寒さに冷えて体調を崩すこともあるのではないだろうか。
日本人は、日本の食物に適していき、消化吸収を向上させるため腸を長くしたと考えられる。内臓などが集まるおなかを温めることは、東洋医学的にも重要視されており、内臓の冷えを防ぎ、消化機能を促進し、全身の健康を保つために効果的である。だからこそ、その理にかなった衣服こそ、着物なのである。

20-3:日本人の身体に与える影響-②姿勢が安定する

もう一つは帯を締めることで骨盤を締め、

「姿勢が安定する」ことがある。

この骨盤を締めることで、得られるこの感覚は、経験した人でないと分からないものかもしれない。背骨が立つ、背筋が伸びる、力が湧いてくる、など様々な感想を聞く。

骨盤は身体の中心に位置し、姿勢や体のバランスを支える重要な部分。帯を締めることで、骨盤が固定され、自然に腰が立ち、姿勢が安定する。これにより、背筋が伸び、正しい姿勢が保たれるため、腰や背中への負担が軽減が期待できる。特に、現代社会で問題となる腰痛や姿勢の崩れは、骨盤の歪みや過度な負担が原因とも言われており、正しい姿勢は非常に重要である。

さらに帯を締めることで腹圧が高まり、体幹の筋肉が自然と鍛えられるため、「丹田(たんでん)」が強化される。丹田とは、おへその下あたりに位置する体の中心で、エネルギーの源とされ、丹田を鍛えることは、姿勢や呼吸を安定させ、心身のバランスを整えるためにも重要である。いきなりは意識できないだろうが、近年の腹式呼吸の重要性が注目されていることと同様に、丹田へのアプローチも期待したい。

このように着物は、ただ美しい民族衣装という価値だけではなく、特にこれまでの日本人が知恵を絞り、日常生活の体験から工夫し、育まれてきた発明の積み重ねであると言える。その積み重ねが、着物の効果であるが、現代を生きる我々日本人は、この価値に気づく機会が少なくなっている。まずは、「伝統=面倒」という自らのメンタルブロックを打破することで、これまでの日本人が大切にしていた知恵に触れ、効果を感じ、機能を兼ね備えた美を大切にしていただければ幸いである。

20-4:着物と「なんば歩き」の関係

「なんば歩き」と呼ばれる歩行方法を聞いたことはあるだろうか?

先ほど現代人は着物を着ると、着崩れやすいと述べた。それは、我々の生活様式や行動が着物に合っていないからだと記した。その一つの例に、歩き方がある。これは着物に合っていない。
私たちの歩き方は簡単に言えば、我々は右足を出すタイミングで同時に左手を前に出し歩く。当たり前である。それはバランスを保つためでもある。

(詳しくは、各々調べてほしいが)日本には、なんば歩きという歩行方法がある。右足を前に出すときに右手も前に出す歩き方で、体全体の動きを連動させ、エネルギーを効率的に使う伝統的な歩行方法と言われている。これにより、疲れにくく、長距離を歩く際にも体への負担が少なくなるとされており、かつて飛脚が江戸~大阪の約400㎞を休まず走り抜いたという話も残されているが、それはなんば歩き(なんば走り)であったからとも言われている。

これは私の実感でもあるのだが、
着物を着たときの姿勢や体の動きは、なんば歩きと相性が極めて良い。もはや、着物を着崩さないように歩くと、自然となんば歩きになるのである。帯を締めた状態では、骨盤が固定され、上半身と下半身のバランスが整うため、自然と体全体を使った歩行が可能になる。なんば歩きは、伝統的な日本の生活様式において、体への負担を最小限に抑える知恵の一つであり、現代において、再検討すべき事柄と考えている。

エピソード①:着物と雪駄となんば歩き

「雪駄(せった)」を履いて歩いたことはあるだろうか?
雪駄は平らな底で作られており、かかと部分が高くない。クッション性もほぼない。半日履いているだけで、非常に疲れてしまう。なんて非効率な履物なのだろう。あまり履きたくはない。

と以前は思っていた。
だが、ある夏、散歩するときに履き続けてみた。

すると、面白いことがわかってきた。

履物として日本の身体文化と密接に関連している雪駄。
平らな底で作られており、かかと部分が高くないため、歩いているとかかとが痛くなる。また親指と人差し指の間の鼻緒で指の皮が擦れ、これまた痛くなる。

かかとの痛み、と、
親指と人差し指の痛み

普通ならここでスニーカーに変えたいところだが、
耐えて歩き続けてみた。

すると、歩き方が自然と変わってきたのである。

「なんば歩き」である。

腕は大きくは振らず、足を前に出す。
踵からは着地しない。

そこから痛みは感じなくなった。
学んだことがある。

私たちの体は、100年、200年で進化することはない。
進化したのは道具。
靴という道具は、踵を守るように進化していった。
その結果、私たちは道具ありきの歩き方を獲得した。
だが、その歩き方は、もしかしたら、
私たちの体(骨格や筋肉)に合っていない、かもしれない。

私たちは、また「道具に導かれ操られた(アフォーダンス)」のである。


エピソード②:地をつかめない人

私は、ヒーリング資格を持っている。
色んな人の足を見てきた。特に指に注目してきた。

皆さんは、
足の指で物をつかめるだろうか。
足の指(親指と人差し指)で物を挟めるだろうか。

歩く力の弱い人はこれができない。

雪駄は、足の指を使わないと歩けない。
特に、親指と人差し指で鼻緒を挟まないと歩きにくいのである。

現代人は、歩く力が弱くなってきた。
是非、散歩に雪駄という選択肢を考えてみてはいかがだろうか。
※ちなみに私は、フルマラソン6回(3時間40分)、100キロマラソン完走もできるようになった。

地面をつかむ
地面からエネルギーを頂くはずなのに、唯一接地する足が弱くては、
何も得ることはできない。


いいなと思ったら応援しよう!