間奏4 -2001年とGrapevine- #読むバイン vol.65
家の前の公園の桜はもう盛りは過ぎたけれど、まだまだ華やかに街を彩っている。僕はこの春職場が変わった。明日は娘の入学式だ。新生活。いつもよりちょっといいウイスキーを飲みながら、2001年と、Grapevineの4thアルバム『circulat∞r』について書く。懐かしいぜ。
ジャケットをCDアルバムを開いて歌詞カードが挟まれたリーフレットを眺めると、3人。リーダーがいない。この連載で度々言及しているように、この時点でGrapevineの生みの親でありリーダーでありベーシストの西原誠がジストニアの悪化によりバンドを離れている。バンド最大の危機、と言っていいだろう。1995年に結成し、30年を超える歴史を持つこのブルースバンドにおいて。

さて、言うまでもなく、2001年とはつまり21世紀の始まりである。歴史的なトピックで言うと、今の高市フィーバーを超える熱狂的な小泉旋風が巻き起こった年である。そしてイスラムテロ組織アルカイダがニューヨークのワールドトレードセンターに飛行機で自爆テロを起こした9.11の年だ。また、文化面では巨大掲示板2ちゃんねるが社会現象化し、管理人のひろゆきの言葉「嘘を嘘で見抜ける人でないとインターネットを使うことは難しい」は時代のパンチラインになった。フェイクニュース時代の始まりである。
以前、2000年に中村一義が
新世紀だろうがさ 根本は何も変りゃしない
と歌ったことを紹介したが、2026年のこの惨状を思えば、2001年21世紀の新世紀は、まさに地獄の蓋が開いた年だったと僕には思える。この2001年21世紀の始まりに、中村一義の諦観を超えて、根本は変わってしまったのかもしれない。
さて、Grapevineの話に戻ろう。
Grapevineの基本的な思想の中心が、「風」と「待つ」であることは度々述べてきた。「風」は、言語という非常に限定された尺度が拾わない、想いや過去を、全て包括する神の意思というべきものだ。また、「待つ」という行為は人間が成しえる最大限の愛の形、アガペーの象徴だ。この二つのキーワードを歌うGrapevineの代表曲『風待ち』については、その時に語ろう。それでも今、「風」と「待つ」についてあえて言及しているのは、『circulat∞r』というアルバムのタイトルが、まさにこの二つの概念によって起き上がった言葉だからだ。
circulatorという言葉には、実に様々なニュアンスがある。まず、ジャケ写が端的に示す通り、サーキュレーター/送風機としての意味である。「風」を「待つ」という世界観を、一貫して描いてきた田中和将が、風を起こすものである「circulator」という言葉を表題に選んだ意味は、やはり重い。このアルバムの中心に、『風待ち』という曲を置きながら、タイトルでは「風を起こすもの」としての「circulator」がテーマとして示される。受動ではなく能動、という明確な決意が見て取れる。

また、circulatorとい言葉が持つ、gossipmongerの類語としてのニュアンス。それはもちろん、grapevineというバンド名の由来である『Heard It Through The Grapevine』(『悲しいうわさ』)を連想させる。そしてそのイメージは、稀代のアジテーターであった小泉純一郎や、パレスチナとイスラエルの軋轢が生んだ9.11という社会情勢にも当てはめることができる。そして小泉の後継者である高市政権や、9.11から続く中東戦争の物語は、今もまだ勢いよく旋回している。
そして最後に、Grapevineというバンドのアティチュードについて。彼ら/田中和将は、ルーツロックという枠組みを頑なに守りながら、新たな作品を出すたびに、現代の音楽や空気感を取り入れながら、アップデートし続けている。循環するたびに、洗練し、熟成している。それは田中和将が描く物語もそうだ。一つの過去に過剰なまでに拘泥し、人の感情とは何か、想うということとは何かを、執拗に問い続けている。このタイトルに、「circulator」/輪の中に留まり続ける者、としての矜持が突きつけられている。僕はそう思う。
「circulator」の"o"が"∞"になっているのは、それが真理であることを示すとともに、表現者としての決意でもあるだろう。「どうせこの世はずっと同じ仕組みで回り続ける」という悲嘆と、「ずっとここに留まり考え続ける」という意志。そして矛盾する、「自らが風を起こし、君に会いに行く」、すなわちルールを変える、という変節。その全てが、Grapevineの4thアルバム『circulat∞r』の中に、きちんと読める。
さあ、新生活。あなたはあなたのまま、変わらない。僕も僕のまま、変わらない。それを絶望ということもできる。けれど今年も桜が咲いて、いつものようにまた散っていく。諸行無常。それでも全てが無駄ではない。サントリーの「Ao」。なかなかいいウイスキーだ。変わらないようでいて、歳を重ねることで、味が良くなるものもある。夜桜を見て、それを希望と呼んでも構わないだろう。
