繋いだ雨の日(モノローグ)
あの時のオレは、ものすごく落ち込むことがあった。
数少ない信頼していた人に突然、拒絶された。
ガキの頃から親父の支配下にいた。
母親の記憶はなく、たぶんもういないのだろう。
ある日の夕方。雨に打たれている事すら気づかずにうなだれていた。
いつの間にか人の気配と傘が寄ってきた。無論、その時は誰かなんて知る由もない。
冷えた感触が、今の自分の無様さや惨めさを表してたんだろな。
その人はひと言も発さず、ずっと狭い傘のなかでオレの気分が落ち着くのを待っていてくれたようだ。振り返って自分でも理由もわからずにそっと、そこにいた女性、ゆりを抱いていた。
普通だったら驚いて突き放すと思うんだが、ゆりはオレのワガママを通して抱かせてくれた。ずぶ濡れのオレに抱きつかれて、さぞ迷惑だっただろうに。
けど、ゆりは静かにオレの背中に手を回してきた。
温かくて、オレの気持ちに触れて、応えてくれたようで、自分の気持ちにも気づけた。
……可笑しいよな。だって傘に遮られているのに、オレの頬に雨が伝っていたんだから。
オレはゆりへの気持ちや想いを、やっと気づいた。
別に無視していたわけじゃない、蔑ろにもしていたつもりもない。
単に気づいてなかった。ただそれだけ。
知った瞬間、全身に走る感覚が妙にこそばゆくて、なんだその……快楽に満たされたようで。
ゆりはしかと、オレの気持ちを受け容れてくれたんだ。それがとてつもなく嬉しくて。
嗚呼、『嬉しい』って、こんなにも温かみがあるんだ、って、驚いた。
それまでの『嬉しい』はまやかしか? って思うほど、比じゃなかった。
オレの心。此処にいたんだね。探したと言えばウソになっちまうのかな?
あたたかさを教えてくれた人がいる。
あたたかさを与えてくれた人がいる。
オレにとって命に等しい大切な人。
助けてと叫ぶ声すら棄てたのに、届いていたんだ。
助けてと求む手すら放したのに、触れてくれたんだ。
……その大切な人にオレはいったい、なにを返したらいいんだろう?
返し尽くせないほどのものを、あの瞬間に、ただ傘に入れて待って、黙って包ませてくれた。
たったそれだけなのに、オレはものすごく救われたんだ。
◆ ◆ ◆
あの雨の日、なんとなく外を出歩きたかったんだ。
公園の広場に立っている人影が見えたから、風邪引くなと思って近寄ったの。そうしたらいつも仏頂面の健斗さんだったからビックリした。なんで傘も差さずに突っ立てんだろ? って。
間近までくるとなんだか小刻みに震えてた。ずいぶん濡れているようだから体調崩したかな? って私の傘のなかに入れたの。
話しかけようにもたぶん、私の声は彼の耳には届かないと思った。
しばらくしたら徐ろに振り返った。と思ったらゆっくり抱かれた。服はずぶ濡れだけど、声かけれる空気じゃなかったからしたいようにさせた。
健斗さんの胸板ってこんなに広くて、濡れた服からでも体温が伝わってくる。早鐘を打っていた。何かあったんだろうけど、状況が解らない私には、背中を撫でることしかできなかった。触れたことに驚いたのかな。そしたらさらに強く抱かれた。肩を包むように、優しく。小声で「ゆり、……ありがとう」って、言われた気がする。
◆ ◆ ◆
彼らの馴れ初め話です。
本文:1371字
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