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【実食レポ】 「亀屋陸奥」(京都市下京区) 松風・憶昔・小倉もなか

応永28年(1421年)室町時代中期が創業と伝えられている「亀屋陸奥(かめやむつ)」さん。
思わず二度見してしまう創業年です。


西本願寺の目の前にお店があり、お供物などを納められています。
ちなみに2軒隣にはお漬物の「西利」さんの本店があります。



歴史が感じられる外観
向かいには、西本願寺


江戸時代万治(西暦1660年)の頃、豊臣秀吉が聚楽第の池に浮かべて興じたという 檜造りの大きな亀を公家の柳原家を通じて手に入れ、正徳五年(西暦1715年) には三条大納言より陸奥の大掾の御宣旨を賜り、以後、双方にちなんで 亀屋陸奥と名乗るようになりました。

亀屋陸奥HPより


家宝として大切にされている「檜造りの大きな亀」はこちら
…1660年頃のものということですからすごい
右下は「おふみ」(この記事の最後に出てきます)
2024年10月の「百味展」にて撮影




左上から反時計回りで
「小倉もなか」220円、「憶昔」710円、徳用「松風」800円(2024年12月)


代表銘菓は「松風」です。
丸だったり、長方形に綺麗にカットされたものが売られていますが、今回は本店だから買えると思われる「徳用」を購入しました。


徳用には、端っこや部分的に焦げ目がついちゃったものなどがたっぷり入っています


元亀元年(1570)、本願寺十一世顕如の時代。天下統一のため一向一揆の制圧を目論んだ織田信長は、一向宗(浄土真宗)の本拠地石山本願寺を攻め、以後十一年間にも及ぶ武力対決が始まった。合戦が長引くにつれ、信長は寺の周囲を厳重に包囲して糧道を遮断するようになり、本願寺内では糧米の確保が困難となっていった。こうした状況下、三代目当主の大塚治右衛門春近は、小麦粉を練り麦芽飴と白味噌を混ぜて焼き上げた菓子を創出し、顕如をはじめ門徒たちはこれを食して籠城戦を戦い抜いたと伝わっている。

 合戦後の苦しい時代を乗り越え、天正十九年(1591)に本願寺は京都の六条堀川の地に落ち着いた。大塚家も境内に土地を与えられ、供物の調達や菓子の製造に専念できるようになった。そんなある夜、顕如は、籠城時に春近がつくった菓子をしみじみと味わいながら、「わすれては波のおとかとおもうなり枕に近き庭の松風」と歌を一首詠んだ。以来、この菓子は「松風」と名づけられ、江戸期から現在に至るまで西本願寺の御用菓子に採用されるとともに、京銘菓として多くの人々から愛され続けているのである。

百味會「亀屋陸奥」紹介ページより


約400年前に、織田信長が攻めてきたときに、本願寺内で食べられていたお菓子ですよ。

今でも原材料は、小麦粉(国内製造)、砂糖、麦芽飴、白味噌(大豆を含む)、ケシの実だけ。


小麦粉、砂糖、麦芽飴そして白味噌を混ぜ合せて自然発酵させて出来上がった生地を 直径約45.5cmの一文字鍋に流し込み、表面にケシの実を振りかけて焼き上げて大きな丸状の 松風が出来上がります。

亀屋陸奥HPより


真面目なお菓子


紙袋を開けると、香ばしい香りがふわ〜っと立ち上ります。
表面は少しペタッと手につく感じで、かむと想像以上にむっちりしています。
ゆっくりかみしめていると、甘さの中に、味噌と香ばしいケシの実の味わいが増してきて、なんかクセになる味です。

よくかむというのもありますが、結構おなかにたまります。(食べ過ぎ防止機能付き 笑)



亀甲模様入りの「小倉もなか」

小倉もなかはは、紙の袋に直接入っています。
しかし、時間が経っても最中種(皮)が、ヘナっとしない。
小豆の水分をとても少なくしているのでしょうか。
だからと言って、小豆部分はパサパサしていません。しっとりしていて豆の味がしっかりします。



素敵な菓銘の「憶昔」(いくじゃく)

本願寺境内の滴翠園・滄浪池(てきすいえん・そうろうち)に臨んで建つ楼閣、 国宝 飛雲閣 (ひうんかく)。とりわけ茶室「憶昔」(いくじゃく)の間は、 利休の美の宇宙といってもよいでしょう。

その簡素な中にも重厚な趣を湛えた「憶昔」の間にちなんだのが、 当店の菓子「憶昔」(いくじゃく)です。奥行きのある甘味と浜納豆の味わいが 優しく静かに広がります。

亀屋陸奥HPより


桂皮が香ります

こちらは桂皮が香るしっとりした、少し柔らかい空気を含んだような落雁です。
浜納豆が食感と味のアクセントに。

浜納豆って何かな?と思って調べてみました。

古来から伝わる発酵食品で、大豆を麹菌で発酵させて、乾燥させたものなんだそう。

それで少ししょっぱさ?を感じるんですね。

お抹茶と一緒にいただいたら最高です。


店内


松風 お供えバージョン


西本願寺の御華束(おけそく)

亀屋陸奥は本願寺御用達の御供物司として、御正忌報恩講法要をはじめ各種の法要に際し、代々お供物を納めております。 本願寺の年中行事で最大の御正忌報恩講(期間:1月9日~16日)にそなえられるお供物[御華束(おけそく)]は種類、色彩、大きさ全てにいおいて豪華で精巧なものです。 お供物は一種類が一対(「具」(ぐ)と数える)で、須彌壇に左右対称に供えられた光景は圧巻です。

お供物の材料は餅、落雁、州浜、松風、饅頭などの他に果物や乾物などが用いられます。御正忌報恩講の前日、これらの材料を箱に納め、御本山にてご確認いただきます。 これを「おふみ」といいます。

お供物の大きさはお供物を載せる「供笥」(くげ:八角形の台)を除いた高さを尺で表します。 御正忌報恩講では千盛饅頭が三尺七寸(約1m12cm)、その他のお供物が一尺七寸(約52cm)の大きさです。

亀屋陸奥HPより



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