「魔女のカバン持ち」第3話
深夜、魔女の家。薄暗い部屋の中で、魔女が神妙な顔でカバンの前に座っている。魔女は何やら小声で呪文を唱えながら、カバンを優しく撫でるように触っている。
すると、カチャ…と静かにカバンが開き、魔女は中を覗きこむ。そして、怪訝な顔をして、小さく驚いた声を出す。
魔女「…えっ…?」
――時間経過して朝。
出勤してきたユーリが、魔女の家のテーブルで何やら書類を書いている。書類には「雇用契約書」と書かれている。魔女は腕を組んでクールに椅子に座っており、ユーリは恐縮した感じで書類を書きながら魔女に話しかけている。
ユーリ「お給金…本当にこんなに貰っていいんですか…?」
魔女「…その分、たっぷり働いてもらうわ」
ユーリ「ありがとうございます。魔女さんの為に、一生懸命働きます」
ユーリが、「あ、そういえば」と何かを思い出して、くすっと笑う。
ユーリ「魔女さんの作った仕事募集のポスター、ちょっと怪しすぎますよ。あれを見た時、てっきり詐欺か、それかスケベな仕事か何かかと…」
魔女は、カーっと顔が赤くなって、恥ずかしがりながら1話目のことを怒る。
魔女「あ…あなた、やっぱりスケベな気持ちで裸の私を介抱したのね…!」
ユーリ「ちが…!そういう意味じゃないですって…!」
この日も、ふたりの平和な喧嘩が行われている。巷では冷たい目の魔女と恐れられる魔女も、ユーリの前では素の表情を出すことが増えてきたように思える。
ユーリ「あ、そうだ、魔女さん」
魔女「何よ」
ユーリ「僕、魔女さんの優しさを、もっともっと街の人たちにも分かってほしいなと思うんです」
魔女「…何よそれ、そんなもの魔女には必要ないわ」
ユーリ「必要ありますよ。魔女さんは街を守っている英雄なんですから」
魔女「…そんなんじゃないわ。傭兵と同じ。雇われて戦争をしているだけ」
ユーリ「…まぁまぁ、僕に騙されたと思って、一度任せてもらえませんか?」
魔女「……?」
――魔女の家の外。
子供の髪を切る時のようなポンチョをつけられた魔女が、恥ずかしそうに座っている。
ユーリ「よーし、じゃあ切りますよ」
魔女「へ…変な髪型にしたら、殺すわよ」
ユーリ「任せてください。僕の両親は美容師ですから」
魔女「両親が、でしょ…!あなたの腕とは関係ないじゃない…!」
ユーリ「いつも、アパートの子供たちの髪を切ってあげてるんです。けっこう評判いいんですよ?」
魔女「し…知らないわよ、そんなこと」
ユーリが、サクサク…と気持ちの良いハサミの音をさせながら、魔女の髪を切る。魔女は、借りてきた猫のように緊張した顔で、されるがままになっている。
そして…
ユーリ「はい、完成です」
ガーリーなボブになった、可愛く、優しそうな魔女の姿。実年齢よりもだいぶ若返った感じがする。
魔女は、短くなったボブの襟足をそっと、フワッと持ち上げて確かめている。
ユーリ「どうですか?気に入っていただけましたか?」
魔女は赤くなりながらもぶっきらぼうに答える。
魔女「き…気に入ったも何も、鏡がないから分からないわよ…!」
ユーリ「あっそうですよね、失礼しました…!」
魔女はスッと立ち上がると、わざとノシノシ家の中へと入っていく。そして、しばらくすると、またノシノシと出てきて、椅子にストンと座り、真っ赤な顔でぶっきらぼうに言う。
魔女「…わ…悪くないわ」
ユーリ「ははは、よく似合ってます」
戦火の街で、一時の平和な時間が流れている。
ユーリ「よーし、じゃあ僕、キッチンの後片付けをしてきますね。その後は薪でも作りますよ」
魔女「……」
ユーリ「…魔女さん?」
魔女「ねえ、ユーリ。この前の晩餐会の日、あなたカバンから目を離した?」
ユーリはドキっとして、泥棒との一件を魔女に報告していなかったことを思い出す。
ユーリ「あ…実は、一度スリにカバンを盗まれてしまって…。でも、すぐに取り戻しました」
魔女「……」
ユーリ「ごめんなさい、報告するのをすっかり忘れてしまっていて…」
魔女「…そう」
ユーリ「ごめんなさい、二度とそんなことがないように…」
魔女「…いいのよ」
怒られるんじゃないかと気まずいユーリだが、魔女はなぜか怒らず、むしろ淡々としている。
魔女「ユーリ、今日はもう帰っていいわ。また明日の朝、来てちょうだい」
ユーリ「え…。でもキッチンの片づけがまだ…」
魔女「いいから。今日はもう帰って」
ユーリ「わ…わかりました…」
急に様子の変わった魔女に動揺しつつも、ユーリはカバンを盗まれた気まずさもあって、それ以上は粘らず、魔女の家を後にする。
ユーリが帰ったあとも、しばらく家の外で何やら神妙な顔をしている魔女。
――時間経過して夜、魔女の家の中。
ランプの薄暗い灯りの中で、魔女はやはり神妙な顔でうつむいている。すると、どこからともなくフッと風が吹いて、ランプの灯が揺れる。魔女がバッと扉のほうを見ると、いつの間にか家の中に一匹の猫がいる。
魔女は静かに、猫を見つめる。
猫「……」
魔女「……」
猫が、おもむろに喋り始める。
猫「順調のようだな」
魔女「……そうね」
猫「朝の男、あいつが次の餌か?」
魔女「見てたの…?嫌な趣味ね」
猫「なぜ、すぐにカバンに喰わせない」
魔女「……」
猫「なぜだ」
魔女「カバンは昨日食事をとった。あと一週間は喰わせなくても平気よ」
猫「ははは。一週間かけて肥えさせてから喰わせる気だな。恐ろしい魔女め」
魔女「……」
猫「ミサの日は近いぞ。くれぐれも準備を怠るな」
魔女「…分かっている」
いつの間にか、猫は姿を消している。魔女は、静かに窓の外を眺めようとするが、ランプの灯りで窓は鏡のようになっており、ボブになった自分の顔が映る。魔女はそれを見て、少し切ない顔をする。
ユーリと魔女の平和な生活が始まるのかと思いきや、魔女には不気味な秘密があり、しかもユーリは魔女のカバンの餌だったのか…?と読者に思わせて、3話目おわり。
