「あんたに任せる」という過去最高に心地よいマウント。読谷村の風と、二人きりのコンドミニアム(第48回)
はじめに
みなさま、こんにちは、こんばんわ、わいじです。
前話では、羽田空港から那覇空港までのフライト、そしてお互いのパーソナルスペースが完全に溶け合っていく飛行機内での静かな興奮をお届けしました。
第48回となる今回は、ついに降り立った正午の那覇空港から物語が動き出します。
何度もサークル仲間と訪れたはずの沖縄。
しかし、隣に晴香がいるだけで、見慣れた景色はまったく違う色彩を帯びていきました。
二人が選んだ「那覇ではない場所」へのドライブと、そこに滲む甘酸っぱい心理描写を、どうぞ最後までお楽しみください。
那覇空港の熱気と、見慣れたはずの導線
飛行機のハッチが開いた瞬間、機内の乾いた冷気と入れ替わるようにして、むっとするような南国の熱気が流れ込んできた。
本州のそれとは明らかに違う、湿気を含んだ濃密な空気。それだけで、自分が東京から遥か遠くの島へ連れてこられたのだと実感させられる。
毎回同じなんだけど、やっぱり着いた瞬間の空気が違うのが嬉しい。
ターンテーブルの前に立ち、ゆっくりと回り続ける他人のスーツケースを目で追いながら、私は自分の背中にある種の心地よい緊張感を感じていた。
今回の旅のプロデュースは、すべて私に一任されている。
サークルの代表という肩書きを背負っているときとは違う、もっと個人的で、もっと絶対的な責任感がそこにはあった。
ゴトゴトと音を立てて吐き出されてきた二人の荷物を引き揚げると、私は迷うことなく、到着ロビーから外へと続く慣れた導線を歩き始めた。
「わいじ、あんたよく迷わないでせっせと動けるのね」
私の斜め後ろを歩いていた晴香が、感心したような、あるいは少し意外そうな声を上げた。
その視線が私の横顔に注がれているのがわかる。
「まあね。それなりに来てるからな」
私は振り返らず、少しだけ歩幅を緩めながら答えた。
実際、これまでに何度もサークル仲間との旅行や企画でこの空港を利用していた。じゃらんで予約しておいたレンタカー会社の送迎バス乗り場がどこにあるか、どのタイミングで手続きをすれば一番スムーズに車を受け取れるか。
その「勝手」は、自分の部屋の引き出しの配置くらいには頭に入っていた。
いつもなら、サークルの頼りない後輩たちをあっちへやったりこっちへやったりしながら、半ば義務感で動かしていた身体が、今は驚くほど軽かった。最短のルートで送迎バスに乗り込み、手続きを済ませ、用意されたコンパクトカーの運転席に滑り込む。
「はい、お待たせ。じゃあ行こうか」
「うん。よろしく、運転手さん」
晴香は助手席のシートベルトをパチンと留めると、悪戯っぽく笑った。
窓を少しだけ開けると、アスファルトの熱気と共に、どこか潮の匂いが混ざった風が車内に滑り込んでくる。カーステレオから流れる音楽の隙間を埋めるように、私たちは沖縄の街へと走り出した。
「みんなの場所」から「二人だけの場所」へ
大好きな国道58号線を北上していく。
これまでのサークル企画で最も多かった滞在地は、那覇市内だった。国際通りを中心に、モノレールが走り、夜になれば現地の居酒屋で泡盛を酌み交わす。それはそれで賑やかで楽しい思い出として私の中に残っている。それ以外にも、名護のビーチや、沖縄市のコザの街並み、恩納村の大型リゾートホテルといった場所に拠点を置いた経験もあった。
今回の旅を計画するにあたって、那覇市内のホテルを予約し、夜の国際通りを晴香と二人で歩くというプランも、確かに一瞬だけ頭をよぎった。
馴染みのある店に行けば、それなりのもてなしもできるだろうという計算もあった。
しかし、私はあえてそれをしなかった。
今回、私が選んだのは、読谷村(よみたんそん)にあるホテル型のコンドミニアムだった。
那覇の喧騒から離れ、かといって恩納村ほど観光地化されすぎていない、どこか素朴なサトウキビ畑の風景が残る場所。
せっかくのリゾートなのだから、綺麗なビーチや有名な観光地を巡るのも悪くはない。だが、それ以上に私の中にあったのは、単純で、しかし切実な欲望だった。
(せっかく沖縄まで来たんだ。誰にも邪魔されず、二人きりの時間を少しでも多くとりたい)
サークルの代表として「みんな」のために使ってきた沖縄という空間を、今回だけは、私と晴香のためだけのプライベートな空間として塗り替えたかったのだ。
晴香は、全行程を私に任せているという言葉通り、ルートや目的地についても特に何も文句は言わなかった。助手席の窓から外を眺め、流れていくヤシの木や、時折ビル隙間から覗く青い海に「あ、海だ」と子供のように声を上げている。
東京にいるときの、どこか張り詰めた「大人の女性」としての晴香ではなく、ただの21歳の女の子としての彼女がそこにいた。その姿を見ているだけで、私の選択は間違っていなかったのだという確信が、胸の奥でじわじわと広がっていった。
心地よいマウントと、委ねられる幸福
車が読谷村に近づくにつれ、窓の外の景色は徐々にのどかなものへと変わっていった。
夕暮れが近づき、空の色が少しずつグラデーションを帯び始める。私はハンドルを握りながら、今夜の予定を口にした。
「明日はスーパーでちゃんと食材買って、部屋で料理しよう。でも、今日はちょっとだけ近くのビーチに寄ったら、地元のスーパーで出来合いの総菜とオリオンビールでも買って、そのままチェックインしようか」
少し手抜きに思われるかもしれない、という不安がなかったわけではない。初めての二人旅の初夜。もっとお洒落なディナーを用意すべきではないかという、男としての見栄も少しだけ頭をもたげた。
しかし、晴香は私のその提案を、実にあっさりと、そして全面的に肯定した。
「アンタに任せる。その代わり、ちゃんとエスコートしなよ」
晴香は前を向いたまま、ふふっと小さく笑ってそう言った。
「アンタに任せる」という言葉の中に含まれた、完全な信頼。そして「その代わり、ちゃんとエスコートしなよ」という、相変わらずの晴香らしい、少し生意気で小気味よいマウント。
普通なら、少しだけプライドが刺激されるようなそのセリフが、今の私にとっては、過去最高に心地よいものとして響いた。
それはいつもの東京と同じ会話のようで少し違っていた。
彼女は私を試しているのではない。私のナビゲーションに、自分の身も、この旅の全ての時間も、完全に委ねてくれているのだ。その事実が、私の男としての自尊心をこれ以上ないほどに満たしていく。
「了解。迷子にはさせないから、大人しくついてきて」
「はいはい、期待してまーす」
会話はどこまでも軽口だったが、車内に流れる空気は、東京の居酒屋「海」で飲んでいたときとは明らかに違っていた。
車は、間もなく目的地のビーチへと到着しようとしていた。水平線の向こうへ沈みかける夕日が、晴香の横顔をオレンジ色に染めていく。その光の中で、彼女の「任せる」という言葉の重みと、これから始まる二人きりの夜への期待が、私の心拍数を静かに押し上げていった。
いつものカウンセラー視点です!
「心理学視点」
依存と自立のバランス、そして「心理的安全性」
今回のエピソードにおいて、晴香が見せた「アンタに任せる、その代わりちゃんとエスコートしなよ」という態度は、一見すると主導権を握るような「マウント」に見えますが、心理学的には非常に高度な「心理的安全性(Psychological Safety)」と「健康的な依存(Healthy Dependency)」の表れです。
人間関係、特に恋愛初期において、相手に全てを委ねるということは、
「裏切られるかもしれない」
「退屈な思いをするかもしれない」
といったリスクを伴います。
そのため、多くの人は自分でコントロールを持ちたがったり、相手の提案に細かく口を出したりしがちです。
しかし、晴香が私に対して全幅の信頼を置けたのは、以下の3つの心理的要素が機能していたからだと考察できます。
1. 関係性における「心理的安全性」
心理的安全性とは、元々は組織心理学の用語ですが、対人関係においては「この人の前では、素の自分を出しても拒絶されない、失敗しない」という確信を指します。晴香は、私がサークル代表として培ってきた責任感や、これまでの自分に対する誠実なアプローチを知っているからこそ、「この人に任せておけば絶対に大丈夫」という安全性を感じていたのです。
2. 「健康的な依存」による役割の相補性
心理学者ハインツ・コフートの自己心理学において、他者に適切に甘え、依存できる能力は、成熟した大人の証であるとされています。 晴香は普段、社会人として「自立」を求められる環境に身を置いています。だからこそ、プライベートな旅行という非日常空間では、信頼できる私に対して一時的に「依存」する側に回ることで、心のバランスを取っていたと考えられます。 一方で私は、彼女に依存される(エスコートを求められる)ことで、「有能感(Competence)」や男としての自信を満たされるという、役割の相補性(Complementarity)が成立していました。
3. 「心地よいマウント」の正体
私がこれを「過去最高に心地よい」と感じた理由は、彼女の言葉が支配欲からくるものではなく、「私はあなたに甘えるから、あなたは私をリードしてね」という、親密性を高めるためのコミュニケーション(アタッチメント・ビヘイビア)であったことを、無意識のうちに察知していたからです。
無理にどちらかが上下関係を作るのではなく、お互いのニーズ(甘えたい彼女と、リードしたい私)が完璧に噛み合った瞬間。これこそが、大人の恋愛における「居心地の良さ」の正体なのです。
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