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「なへ/なへに」についての覚え書き

昨日(2025年12月22日)、「なへ/なへに」という上代語(中古以降も和歌には用例あり)について、Xに投稿しました。
中古(平安時代)の時点でこれらの語は「なべ/なべに」と濁音化していたようだ、という趣旨のものです。


しかし直後に、手元の辞書をあらためて読み比べ、別の観点から考え直す必要があると感じました。
辞書によって異なる記述の仕方(特に「後世」「長らく」といったあいまいな語)をどう受け取るかによって、

上代の「なへに」が研究史上「なべに」と誤読されてきたのか
中古以降音変化し、実際の発音・詠歌上「なべに」とされてきたのか(そうだとして、それは中古以降なのか、いつ以降なのか)

が変わってくるからです。
(そもそも、2冊目までの辞書の時点でその点が断定できず、それが長年心にかかっていました。3冊目の辞書でまず「なへ/なへに」を引いたのも、その流れによるものです)


以下、その再考の過程をまとめた暫定的な思考メモを公開します。
結論を確定するものではなく、「いまの時点で、私はこう整理し直している」という位置づけです。

今後また考えが変わったり、固まったりした際は、noteやXにてあらためて書かせていただきます。




「なへ/なへに」についての覚え書き

「なへ/なへに」をめぐる思考メモ

【テーマ】

中古(平安時代)以降の和歌において、「なへ/なへに」と書かれる語を、どのような読みに定めるべきか。
特に、辞書(『岩波古語辞典補訂版』)に見える

「長らくナベと読まれて来た」

という記述をどう理解するか。


【出発点の違和感】

  • 辞書には、「なへ/なへに」について

  • しかしこの書き方だと、

    • 明治以降の研究史上の話なのか

    • 中古〜中世の実際の発音・詠歌上の事実なのか
      が判然としない。

  • とくに「後世」という語は、読者に

    • 平安後期〜中世ですでに「なべ」と発音されていた
      という印象を与えかねない。


【前提として持っている知識(限定的)】

  • 音韻史については専門的知識はない。

  • ただし以下の点は知っている:

    • 上代には、後のは行音に対応する複数の音・表記があったこと

    • 「恋」を「孤悲」と書くなどすると、字面と音が厳密には直結しない、などの例があること

  • したがって、音韻史を踏まえた断定的な判断はできないが、
    辞書の書き方のあいまいさそのものには強い違和感がある。


【論点①:「長らく」は何を指すのか】

<可能性A:「研究史上長らく」の意>

  • 近世〜近代以降、

    • 万葉仮名を現代音に機械的に当てはめる中で

    • 「奈倍」「奈弊」などを「なべ」と読んできた

  • この意味での「長らく」であれば、「それは研究史の話であり、中古の詠歌上は『なへに』と発音する前提であった」という解釈が可能となる。

<可能性B:「詠歌上・実際の発音史上長らく」の意>

  • もしこれを

    • 中古〜中世の実際の発音

    • 和歌の詠唱語としての定着
      まで含めて言っているなら、
      根拠が示されていない点に強い疑問が残る。

文脈上、「研究史上長らく」と読むのが自然だが、「研究史上」と明示されていないことが問題。


【論点②:「なへ → なべ」という変化は起こりうるのか】

  • 一般的な音韻史理解として:

    • 「へ」系の音が弱化・変化して「え」になることは想定しやすい

    • しかし b 音(べ)への変化は説明が難しい

  • 同系列で

    • f / h 系 → b 系
      という変化が多数確認できるわけではない。

平安時代に自然発音として「なべに」と言っていた可能性は低いと考えるほうが、無理が少ない。


【論点③:万葉仮名研究(梨壺の五人)との関係】

  • 平安時代には、梨壺の五人などによって

    • 万葉仮名の訓読・整理

    • 古い歌を「当代の仮名」でどう読むか
      という研究がすでに始まっている。

<ここから生じる疑問>

  • 万葉仮名の字面処理として

    • 「奈倍」「奈弊」→「べ」
      という訓読上の読みが生じ、
      それが「なべ」という読みを生んだ可能性は否定できないのでは?

<整理>

  • その可能性自体は否定できない。

  • ただしそれは:

    • 注釈・訓読のための便宜的な「読み」

    • 学識層の限定的理解
      であって、

    • 一般的な話し言葉の発音

    • 和歌の詠唱語としての定着
      とは別。

平安時代の万葉集研究でそのように「読まれた」可能性と、平安時代の和歌においてそのように「発音・詠歌された」可能性は分けて考える必要がある。


【暫定的な整理(現時点)】

  • 平安期に

    • 注釈・訓読レベルで「なべ」と処理された可能性はある

    • (そうである、とはいえない。近世・近代以降の研究で誤ってそう処理された可能性のほうが高いように思われる)

  • しかし

    • 中古の一般的発音

    • 中古の和歌の詠唱上の語
      として「なべに」が定着していた可能性は低い

  • したがって、
    中古和歌を詠む立場では「なへ/なへに」と書くほうが安全で誠実


【この思考メモの位置づけ】

  • 結論を確定するためのノートではない

  • 「どこまでが確かで、どこからが推定か」を整理するためのログ

  • 将来、

    • 注釈を書くとき

    • 記事や講座で説明するとき

    • 自分の判断を振り返るとき
      のための思考の置きどころ


【今後の課題(未解決)】

  • 「後世」という語が古語辞典でどの範囲を指すことが多いか

  • 「なへ/なへに」の実例が

    • 中古和歌でどう表記・理解されているか

  • 現代仮名遣いで示す場合、どこまで注を付けるべきか

(※ 今は無理に詰めない)


※ このメモは、判断を固定するためではなく、
迷いをそのまま保存することを目的とする。



思考メモは以上です。


なぜ中古の発音にこだわるのか

そもそも和歌においては、よほどのポリシーでもないかぎり、中古の言葉で詠むことが前提となります。
ですので、「上代の語を中古でも和歌にかぎって用いていた」という「なへ/なへに」を現代和歌に用いる場合、その【中古の時点での】発音を知ることが必須。
そのうえで、それを現代の歴史的仮名遣いの表記に合わせて静音または濁音で表記することになります。

しかし、もともと仮名においては濁点を表記しないため、仮に「なへに」を使った平安時代やそれ以降の和歌の原本や写本を見つけたところで、
それが実際に「なへに」と発音されていたのか、「なべに」と発音されていたが表記だけ濁点が省かれているものか、素人には判断がつきません。

『岩波古語辞典補訂版』『基本古語辞典新装版』ともに信のおける先生方によるものですので、本当に有難く拝見しております。
そのなかで、「長らく」(岩波)、「後世」(基本古語辞典)のあいまいさのみ、もう少し詰めて表記していただきたかった、
という和歌実作者の心のつぶやきをひっそりシェアさせていただきます。


Xでの訂正ポスト

考える過程を記述したポストと、先のポストを訂正する旨のポストもXに投稿しております。



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この記事を書いた人

photo by ミカアンドロイド

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