『人物叢書 花園天皇』覚え書き ~和歌の読書記録~
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— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) March 16, 2026
『花園天皇 (人物叢書 新装版)』岩橋 小弥太
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 1, 2026
花園院の伝記はなかなか見つからないため、こちらを入手し、一度挫折したが読み直し本日読了。
文章がかなり古風なので正直読みにくいが、読み通せてよかった。…#読書メーター #和歌の読書記録https://t.co/M0vxZ67gpl
古い本なので読みやすいとはいえませんが、花園院について書かれた伝記はめったに見ないので貴重でした。
『人物叢書 花園天皇』覚え書き ~和歌の読書記録~
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— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) March 16, 2026
伏見天皇第二皇子惟永が早々に出家した理由について、チャッピーに尋ねた。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) March 16, 2026
チャッピーの事実誤認を訂正しつつ有意義な議論ができました。
第三皇子恵助法親王の母は、惟永と富仁の母と比べて明確に家格の劣る女性だったよう。
それもあってか、著者の岩崎小弥太先生は富仁を第三皇子としている。 pic.twitter.com/t4vk9109xa
×著者の岩崎小弥太先生
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 5, 2026
◯著者の岩橋小弥太先生
大変失礼いたしました。
実際の生誕順でいうと、富仁は伏見院第四皇子であると考えられます。
惟永の仁和寺入室と出家、富仁の誕生は、正安の政変より前なので、伏見院の認識のかなり甘かった可能性が高そう。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) March 16, 2026
富仁も、政変が起きなければどこかの寺に入っていたのかもしれない。
富仁(花園)の同母兄(伏見院第二皇子)が早々に寺に入れられたのに、
1世代あとの後伏見院第二皇子景仁(量仁(光厳)の同母弟)は、量仁に万が一の事態のあった場合の控えとして長く寺に入れられなかった、
その違いは、両統迭立の深刻さの違い、その時の治天(前者は伏見院、後者はご伏見院)の深刻さの認識の違いと考えればよいだろうか、
というような議論をチャッピーとし、おおむねその理解でよさそうだという感触でした。
喉の痛むなか日勤を終えた昨日の風呂上がり、頭を使う読書は避けたいとドライヤータイムに選んだのが読みかけの『花園天皇』の読み直し。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) March 16, 2026
なにかが間違っていた気がする。
気にしない。
久仁親王(後深草)についても、岩崎先生は「(後嵯峨の)第一皇子」としているので、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) March 16, 2026
劣り腹で皇位継承可能性の極めて低かった皇子は数えない、という方針なのかもしれない。
後嵯峨には皇位継承など想像できなかった時代に儲けた皇子がいるし、
その後宗尊親王も久仁親王の前に誕生いる。
こちらもお名前を間違え、大変失礼いたしました。
岩橋先生です。
×誕生いる
◯誕生している
「亀山天皇はまだ御年二十六でおありだというのに、世の中をわずらわしく思し召して、その正月に位を皇太子に譲られた」p7
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) March 16, 2026
譲位の理由が「世の中をわずらわしく思し召し」たからであるとは言えないのでは?
亀山は出家もしていないし、その後院政を執るわけだし。
天皇は制約が多いので、息子に譲位してからが本番、みたいなイメージです。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) March 16, 2026
「十七歳の御時の御記に、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) March 24, 2026
先年より伏見上皇の仰せによって、毎日一巻の書を読むはずであったが、何となく懈怠、今日からこれを始める
と仰せられてある」p72
か、かわいい……。#和歌の読書記録
生真面目で論理的な花園さんの少年らしさ。
しかし、これをわざわざ書き留めたところにはたしかに彼の真面目さが見える。
「人々はこういう前例があるのに、それを叙用しないのは、頼長は保元の首魁であって、不吉の人だからであろうといわれるのである。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) March 30, 2026
(花園)天皇は頼長はそういう不吉の人だけれども、いう所は理があるから、その所為を採用するといわれるのである」p91
花園さんっぽい。#和歌の読書記録
論理の人。
「二条定家・壬生家隆」
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) March 30, 2026
二条定家!? そんな呼び方があるの???
聞いたことのある方、おられます……???
古い本であることを考えると、昔はこういう言い方をしたのかな?
「しかし彼ら(御子左家の子孫)は必ずしも皆上手とは限らない。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) March 30, 2026
実力のない子孫がその家風を守ろうとすれば、どうしても父祖の足跡を踏みはずさないように、戦々兢々として歩を運ばなければならない。
人の文句を畏れて、出来る限り疵のない和歌を詠もうとし、(略)」p112
これはちょっと一面的ではないかな。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) March 30, 2026
二条家がそのようになった背景には社会的要請もあったのだし、
「実力のない子孫」だからだと決めつけるのは、我田引水になってはいないか?
岩橋先生は歴史学者とのことなので、和歌について書いた箇所は留保して読んだほうが良さそう。
これはいま読んでいる、やはり歴史学者の五味文彦先生の『後鳥羽上皇』についてもいえる。和歌の誤植と誤解釈がそこそこ目立つ。
「御乳母の為子は為兼の妹(p114)」
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) March 30, 2026
為子は為兼の姉というのが現在の定説だけど、この執筆当時は定まっていなかったのかもしれない。
第1版は1962年。
古語だと「女きょうだい」の意味で「いもうと」と言ったりするし。
花園天皇は在位中の数え十六歳で「受戒」したそうだけど、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) March 30, 2026
「天皇は神道の人だから、在位中は仏道に関われない。退位後に仏道に深く帰依する」というイメージはちょっとずれていたみたい。 pic.twitter.com/kJ5Y4QuXz7
「天皇はかく浄土宗にも参ぜられ、一往それについて御理会をおもちになったが、なお幾分批判的でいられた。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 1, 2026
それは浄土宗は新興宗派で、貴族信仰というものはどうしても保守的にならざるを得ないからである」p144-145
花園院の時代だと、そうか。浄土宗は新興宗派か。#和歌の読書記録
私たちにとっては昔から馴染んで感じられる浄土宗や浄土真宗が「新興」だった時代がある、鎌倉時代はそうだった、
という認識をしっかり持つようにしたい。
「然るに禅宗は同じく新興宗派であるが、天皇のこれに対する御態度は甚だ違う。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 1, 2026
天皇は禅宗には最も深く没入せられて、これが終生の御信仰となった」p145
あ、そうなのか。光厳院だけでなく花園院も禅宗を信仰なさったの?
「浄土教は愚痴無智の野人を対象として、自然にそれに適した姿勢を取るが、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 1, 2026
禅宗は渡来して間もなく、まだ新鮮で、
また主として知識階級に教勢を張ろうとしていたから、そういうことが御気に召したのだろう」p145
貴族信仰は保守的になりがちと書いた数行後に渡来後間もない禅宗が花園院に受け入れられたことが書かれると、論理的に少々引っ掛かる。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 1, 2026
だとしたら、貴族・皇族が浄土宗に距離を置いた理由がほかにあったことになるのでは。
事実はそうだったとして、その事実を導くための論理の記述に疑問がある、という意味です。
系図の寿子内親王の院号が安徽門院になっている。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 1, 2026
本文では徽安門院と正しかった。
京極派の民なので、気づいてしまう。
直仁親王が光厳の子であり、光厳が花園にそれを明かしたうえで花園皇子直仁を光厳猶子とした説には、特に触れられていなかった。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 1, 2026
岩崎先生の執筆当時はその説がまだ出ていなかったのかな。
ここでも書き間違えている。大変失礼いたしました。
岩橋小弥太先生です。
「直仁は花園の子とされる光厳の子」というのが現在の通説だと思います。
以上です。ありがとうございました。
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