『歌枕歌ことば辞典 増訂版』覚え書き ~和歌の読書記録~
縁語について尋ねられ、答えるなかでこの本の「概説」を思い出し、せっかくなのであらためて読んでいる。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 29, 2026
掛詞や縁語の核の部分が私にはなにもわかっていなかった、とこれを読むまでわかっていなかった。
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『歌枕歌ことば辞典: 増訂版』片桐 洋一
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) July 11, 2026
辞典なので「読了」というのも変だが、必要に応じて日々使っているし、冒頭の「概説」は特に繰り返し読んでいる。
このたび縁語について尋ねられたのに答えるなかで「この本の『概説』を読むと...#読書メーター #和歌の読書記録https://t.co/zuGg4o7nec
冒頭の「概説」だけでも、すべての和歌詠みさんに届けたいです。
『歌枕 歌ことば辞典 増訂版』覚え書き ~和歌の読書記録~
縁語について尋ねられ、答えるなかでこの本の「概説」を思い出し、せっかくなのであらためて読んでいる。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 29, 2026
掛詞や縁語の核の部分が私にはなにもわかっていなかった、とこれを読むまでわかっていなかった。
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勧めたお相手はさっそく購入し、読み始められたそうで、そんな様子も拝見していてうれしかったです。
「歌枕」なる概念はもともと地名にかぎらず、和歌に用いられる歌語の意で使われていた、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 29, 2026
ということだけど、それが変化するのは能因から俊頼にかけてのあたりなのかな。
『能因歌枕』では歌語全般が「歌枕」とされている。
(p vi)
「一条天皇が、殿上で争った藤原実方に対して「歌枕見て参れ」と命令したという『古事談』や『十訓抄』の記述は、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 29, 2026
一条天皇の言葉ではなく、両集こ時代の記述であると考えれば十分に納得できるのである」p vi
×両集こ時代の
○両集の時代の
語義不明な、または不明に近い古い枕詞は地名や天象地勢に関わる語を導いたり帝王賛美の文脈で使われたりするのに対し、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 29, 2026
語義の明らかな、または明らかに近い枕詞は、体言だけでなく用言につながる例が多い…φ(..)メモメモ (p viii-ix)
「用言を修飾して和歌全体の表現性・陳述性にかかわる方向に変わって来ているのである」p ix
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 29, 2026
こうなってくると、「歌枕に導かれる語への畏怖や敬意を表現するため」というニュアンスからは離れてきますね。
「枕詞が発達して一首全体を統括するようになって歌枕となる。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 29, 2026
また本歌の心を凝縮して成立した歌枕も新たな一首の核となって全体を統括する。
このように歌枕が一首を統括するということは、一首の中のすべての語がこの歌枕と呼応することである」p xv
「現代人には、わずらわしく、かつ陳腐にも見えよう。(略)
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 29, 2026
しかし、裏返していえば、現代の我々は、ことばを道具としてのみとらえ、事がらを模写し伝達するという役割だけを担わせる言語観に誤らせられているのではないか」p xvii
それな……それですよ……。
「春立てば花とや見らむ白雪のかかれる枝に鶯ぞ鳴く(古今集・春上・素性)
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 29, 2026
とよんでも、(略)景を写生しているわけでもなく、梅と鶯の取り合わせだけを楽しんでいるわけでもない。(略)
花咲かぬ木に雪が降りかかっているのを見ただけであるのに、(続く)」
「花咲かぬ木に雪が降りかかっているのを見ただけであるのに、立春の今日、春を待つ気持ちがほとばしり出て、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 29, 2026
来てもいない鶯を描き出し、その鶯が白雪を梅の花と見誤ってしまったのかと疑問を呈する形で、
みずからの「春を待つ心」の切実さをやさしくよみなしているのである」p xviii
正岡子規自身はともかく(彼には、ある程度わかったうえで強い言葉で言い切った面があると思う)、その信奉者には、こうした切実な心や雅を理解することは困難だろう。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 29, 2026
(だからといって『古今集』が好きだということにはならないが、それはそれ、これはこれ)
『古今集』が、だからすばらしい、だから好きだ、とはならないが、
それはそれとして、正岡子規の信奉者の主張が正しいと思ったことは一度もない。
「概説」のみへの感想メモとなりますが、以上です。ありがとうございました。
ご興味を抱かれた方は、ぜひ本文をお楽しみください。
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