見出し画像

国分寺に灯る希望の光 ~南口徒歩1分、KUMA BARオープンまでの物語~

バーテンダー「このあたりにお住まいなんですか? 」

梶間和歌「はい。いつもお店の前を通っていて、気になっていたんですが、今日は特別……マチアプで知り合ってデートしてきた男がアホみたいな無意識テイカーだったんですよ。あまりにも腹が立って、このまま家に帰りたくなかったので、初めてお邪魔しました

から始まる友情と奇跡の物語。




国分寺に灯る希望の光 ~南口徒歩1分、KUMA BARオープンまでの物語~

無意識テイカーに導かれ

あれは2023年の初夏のこと。

恋愛体質の梶間和歌史上稀に見るリヴァイ兵長似の幼児性イケメンに、ここでは話せないレベルの幼稚な仕打ちを受けた約3ヶ月後。
「あんな男が人生最後であってたまるか」という一心で、過去に利用を封じたマッチングアプリに舞い戻り、2、3週経つころでした。

甘ったれ他責ぴえんぴえん期の、それこそ無意識テイカーだった20代と異なり、京極派和歌に出会い、容姿も精神もコミュ力も磨いてきた梶間和歌ですので、過去最高に年齢を重ねていたにもかかわらず過去最高に良い感触。
適切に年齢を重ねるって、要するにそういうことですよね。年齢が上がったからモテないというのは、何かを取りこぼしてきた結果である気がする。


その時のマチアプでは合計4人と会い、最後に出逢ったひとりとお付き合いすることになるのですが、
今回お話するご縁は、そのうちの2人目とデートした日の夜のこと。

面倒だし腹も立ってくるので詳細は書きませんが、


「この女は魅力的だ。好き。好かれて付き合いたい! 」
と思った結果なぜそのムーブになるのか。理解に苦しむ。お前に合理性という概念はないのか。合理性より感情が先行する凡人だとして、せめて初対面の人間同士心地よい時間になるようギブの精神で接するという発想は生まれないのか。なぜお前は、私にもてなされる一方で自分では何の努力ももてなしもせずテイクした結果私に好かれる未来がある、とおめでたく考えられるのか。

そうか、こいつバカなのか!


という感想しか生まれないデートをカフェのみで切り上げ(2軒目に行きたがっていた。意味がわからない。こちらが次に行きたくなって然るべき振る舞いを、貴様ひとつもしなかっただろう)、
イライラしながら最寄り駅に帰って来たのでした。


世の中の男がすべてあんなアホばかりだとは思わない。
思わないが、直前の経験というのはやはり自分の考え方、感じ方に大きく影響します。そして、直接関係しない過去の経験や感情にも結び付いてしまいがちです。

昔マチアプをやった時も、びっくりするようなテイカーがいたしな。私も未熟だったが、相手もひどかった。
見違えるほど成長した私だけど、けっきょくそんな男としか知り合えないのか。
ああ、職場でひどい目に遭ったからといって、マチアプで現実を覆そうというのは、やっぱり間違いだったのかな。マチアプなんてそんなものだよね……。

(まあ、そんなことはなかったのだが。この2週間後にマチアプで菅田将暉と瀬戸康史を足して二で割ったような年下イケメンと知り合い付き合うことになります)


そんな気持ちでいつもの道を歩いて帰ろうとする私の目に、ランプのような優しい灯りのお店が飛び込んできました。

そもそも料理好き、かつ経済的に潤沢なほうでもない私ですから、いまの家に引っ越してきてから最寄り駅近くの飲食店を利用したことはなく。
そのお店も、通勤などでいつもその前を通り、気になってはいたのですが、それだけでした。

しかし、その日はあまりにも腹が立っており、そんな気持ちのまま帰宅したくはなかった。
たまにはこういうのもいいかな、とその「THE LODGE」というバーの扉の前に立ったのでした。


そうして迎えてくださったのが、優しいたれ目とお髭の印象的な、クマさんのようなバーテンダー、山元伸さん。
そのすてきなお人柄と、ランタンの灯りの落ち着ける店内、話しやすい常連さんたちに惚れ込み、その後定期的にTHE LODGEに通うようになります。


2度目にお邪魔した際、伸さんのお酒のお師匠さんのお話になり……なんと、私が過去に参加していたオンラインサロンで名の知れていたとあるバーテンダーさんが、伸さんのお師匠さんだとわかりました。
そして、その場にいらした気さくなお兄さんが、そのサロン内でよく名前の挙がっていたデザイナーさんであることも!

「えーっ!? あのデザイナーさんですか!? 」
「昼間ここに立ってるバリスタもあのサロンのメンバーですよ! 」
「そのお名前も聞いたことある! 」

そのお兄さんさんはその少し前にサロンをやめておられたし、私もメンバーであるわけなのですが、
かつて参加していたサロンの話に興じたり、お店やデザイン、私の和歌の話をしたり、と2度目の来店では初回とまた違った形で意気投合。


その方は実は、ただの気さくな(よくしゃべる(しゃべりすぎる))常連さんではなく、THE LODGEのオーナーさんでした! 擬態!!

伸さんとオーナーさんは、地元が同じなのかな、子どものころからのお友達なのだそうです。
心を許し、信頼し合って仕事しておられるさまが伝わってきて、すてきな人たちだなあとますますそのお店が好きになりました。

お昼のカフェ営業時にお店に入っておられるバリスタさんとも別の日に改めて知り合い、例のサロン内では交流がなかったのに、すっかり仲良しに。


経済的にどうしても、毎週通ってお金を落として……とはいきませんが、それでも月に1度ぐらいはお邪魔しましたし、
実家から野菜が届いたら通勤途中におすそ分けしたり、お店に寄れない日でも帰りに手を振ったり、私が終電で帰り買い物を済ませたタイミングでお店を閉めた伸さんとすれ違って立ち話をしたり。
常連さんのうち何人かとは顔馴染みになり、楽しく交流するようになります。

住んでいる街に友人や知り合いがいるというのはすてきなことだなあ。
人との交流の薄くなりがちな都会暮らしだけど、こういうのが経験できてラッキーだったなあ。
そんなふうに思っておりました。

来店のきっかけとなったマチアプ男についても、「あの時のテイカー男にもある意味感謝ですね♪ 」なんて笑い話になっています。しかし許さない。


突然の別れ、運命の変転

THE LODGEに通うようになり半年ちょっとになる、12月1日。
金曜日なので終電近くだったと思いますが、駅から家までの道中、今日も元気かな~とお店のほうを見ると、シャッターが下がっていました。
臨時休業の貼り紙もしてあったのだったかな。薄明かりが洩れて見えたのだった気がします。
何があったんだろうか、と少し気になりながら、そのまま家に帰りました。

翌日か、翌々日だったか。伸さんのInstagramに「半身を失った」という言葉が。

当初私は文字どおり、事故か何かで伸さんが身体的に障害を負われたのかと思いました。

そのまたしばらく後。
臨時休業しましたが、また営業します、というような投稿があり、ちょっと安心したような……しかし安心しきることはできず、そわそわしていました。


何日後だったかな。オーナーさんの急逝が知らされました。
私がお店の前を通った12月1日は、その日出勤する予定だったスタッフに前日に起きたことを話しているところだったようです。

あの方は、私より10歳ぐらい年長だったかな。
とてもとても、今日明日突然いなくなってしまうことを自身も周りも覚悟しているようなご高齢ではありません。
学校に通う年齢のお子さんもいらっしゃる。

人生って、そういうことが、あるんだ。
しかし、たしかにそうだった。これまでの私の人生にもそういうことはあった。ただ、ここしばらく、そういうことがなかっただけで。


お店はなくなり、伸さんとバリスタさんは失業。
幸いお二方ともInstagramなどでつながってはいたので、その後どう活動するのか、など連絡を取り合うことはできました。

地元の飲食店と良好な関係を築いてこられた伸さんの運命の変転に、周りの同業者さんも声を掛け、
ほかのお店で伸さんがひと晩だけコラボ出店するようなことが何度もありました。
そのたびに私は、たとえお酒一杯だとしてもなるべく顔を出すようにし、
オーナーさんとの思い出を語り合ったり、今後どうするのかということを聴いたり。

生活のためにも自分の城を持つ資金を得るためにも、いったん就職を、と行動するもなかなかうまくいかない、というようなことも伺いました。
なかには純粋な励ましのような形で「うちに就職するより良い道がありそう」という面接もあったとかで……。
私が勝手に話してよいことかどうか何とも言えないので詳しくは書きませんが、伸さんのお人柄や実力がたった一度、短い時間会っただけのお相手にも伝わっているのだなあ、と思わせるエピソードですよね。


愛されてきたからこそ

いっしょに失業したバリスタさんのほうは
「毎日立たなければいけないお店が急になくなった。失業保険も出たし、ある意味いまが一番自由なのでは? 」
ということで、オーストラリアに念願のバリスタ修業に出ることに。

下見の旅に出たあと、ビザがなかなか下りないヤキモキ期間はあったものの、人生を着実に前に進めている様子でした。
もうあちらで生活を始めておられます。楽しそう。


片や伸さんはなかなか再就職が決まらず……もうすぐあの人が亡くなって1年になるねというころ、
突然、でもないのかな、しかし私から見たら突然です、

「バーをオープンすることになりました」


ええええええええええ!!!!!?????

びっくり、びっくりです。
これもいろいろな経緯があったようなので、私が許可なく書くことはしませんが、
これまでの常連さんや地元の飲食店経営者に愛され、応援されてきた伸さんらしい、思いがけない形でのことでした。


規模こそ異なれ、私も

「稼ぐことはできない! しかし、和歌はやらせていただく! 手段は世界のほうが考えろ! 私が和歌をやめたり、和歌を貫いて野垂れ死にしたりするほうが、世界にとって損失だろう!?

という強気で生き、頭おかしいとほめられ(?)ながらたくさんの応援を受けてきた身。
過去のいろいろな経験が目の前の伸さんの経験と重なり、胸が熱くなりました。


私が和歌に取り組むことが世界の利益になるから、私が健康にご機嫌に生きられる方法を世界のほうが整えてくれるように、

伸さんがバーテンダーとして活躍することが世界の利益になるから、伸さんがカウンターに立てるよう、お店が持てるよう、世界のほうが手段を整えてくれたのだ。

現在の科学で証明はできないかもしれませんが、私はそう確信しています。


それが……9月か10月ごろだったかな、2024年の秋だったと思います。
その後ほぼDIYでお店の内装を整え、2024年12月20日、国分寺駅南口徒歩1分の地下に「KUMA BAR」がオープン。


オープン直後とはいきませんでしたが、私もお邪魔してきました。


KUMAさんに癒やされたい方はぜひ

KUMA BARではKUMAさんのようなバーテンダーがあたたかく迎えてくださいます。
国分寺駅近くで一杯飲みたい方、疲れた夜にほっとしたい方、伸さんの怒涛の人生を聴きたい方、常連さんや同業者さんに愛される伸さんのお人柄に触れたい方、ぜひ足を運んでみてくださいね。

185-0021
東京都国分寺市南町3-16-5 第46東京ビルB1F

営業時間:19時~24時
定休日:日曜日・第4月曜日


和歌物語の維持メンバーになる

noteをはじめとした梶間和歌の和歌活動は、
メンバーシップ・チップ・寄付や有料コンテンツの購入などで支えてくださる皆様のお力で成り立っています。

お寄せいただいたご支援で生活を回しながら、和歌(特に京極派和歌)の発信をし、
また和歌にゆかりのある土地を旅してレポートを書いたり、歴史の勉強をしてエッセイを書いたりしてきました。
皆様のご支援があってこそ、多くの記事やコンテンツを無料または低価格で届けてこられましたし、これからも届け続けることができます。

「梶間和歌の活動や生き方に意義を感じている」
そして
「経済的に余裕がある」
という方には、この活動の維持メンバーとしてご参加いただけましたら幸いです。


noteのチップやメンバーシップなど、 ご無理のない形でお力添えください。

寄付という形に躊躇のお気持ちがありましたら、低価格のコンテンツのご購入という形でも等しく有難いです。

もちろん、あなたが作品や記事を読んでくださること、私の発信を受け取ってくださること、それ自体が私にとって大きな力。
経済的に余裕はないが価値や意義を感じている――そんな皆様からのスキやシェアなどにも、あらためて、心より感謝申し上げます。


皆様から頂いた支えを、これからも和歌をはじめとした人文知の発信という形で社会に還元してまいります。

今後とも、あなたはあなたの領分において、私は私の領分において、ともに世界を美しくして参りましょう。


この記事を書いた人

photo by ミカアンドロイド

フォローはこちらから


いいなと思ったら応援しよう!

梶間和歌(令和の京極派) 応援ありがとうございます。頂いたサポートは、書籍代等、より充実した創作や勉強のために使わせていただきます!