『南朝の真実――忠臣という幻想』覚え書き ~和歌の読書記録~
なんと、またしてもどなたかからクリスマスプレゼントらしいものが……ありがとうございます!
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) December 22, 2025
南朝信奉者になにか吹っ掛けられたときにきちんと意見の言える梶間和歌に……なる!
南朝の真実: 忠臣という幻想 (歴史文化ライブラリー 378) https://t.co/uzbsb2hwjZ
『南朝の真実: 忠臣という幻想 (歴史文化ライブラリー 378)』亀田 俊和
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 27, 2026
読者様からのクリスマスプレゼント。
私は京極派和歌を愛するので持明院統のほうに親しみを抱くが、だからといって…...#読書メーター #和歌の読書記録https://t.co/wg4B8tBOLn
南朝信奉者に冷ややかな目を向けてしまう私としては心地よい読書でした。
もちろん、著者は北朝信奉者でもない。フェアな姿勢で書かれたものは読んでいて気持ちがよいです。
『南朝の真実――忠臣という幻想』覚え書き ~和歌の読書記録~
なんと、またしてもどなたかからクリスマスプレゼントらしいものが……ありがとうございます!
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南朝信奉者になにか吹っ掛けられたときにきちんと意見の言える梶間和歌に……なる!
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皆様、ご支援いつも本当にありがとうございます。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) December 22, 2025
金銭的にご支援くださる方だけでなく、本を送ってくださる皆様も、私の和歌活動の強力な後ろ盾です。https://t.co/POi7fPfIvX
いつもご支援ありがとうございます。
目次を読んでみた。わくわく。目次だけでそわそわする。#和歌の読書記録
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 10, 2026
小説やエッセイはともかく、こういう本は目次だけである程度、読むべき本かそうでもないかの判断が付きますよね。ある程度。
「この(南朝忠臣史観の)歴史観は現代においても、少なくとも特に年配の一般の歴史愛好家の間で依然根強く持たれているとおぼしい。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 10, 2026
いや、専門の歴史学者もさすがに皇国史観ほど極端ではないにせよ、こういう印象を抱いている方は多いかもしれない」p7
致し方ないとはいえ、感想としては、怖い。
「私は時代や環境に影響されずに私個人の考えや個性を育んできた」という考え方は傲慢だし、人間理解として非常に浅い。
「私という個人」という概念自体が近代的なので、そのような自分理解・人間理解をしてしまうこともその人の文脈を考えると致し方ないのだが(入れ子構造)
無意識に受けてきた影響に自覚的であること、それ自体がそもそも困難なのだが、
「人間、どうやらそうらしい。私もそうなのだろう」ぐらいの認識は持つようにしていたい。
「戦後の南北朝時代の政治史研究は名分論を否定し、建武政権や室町幕府の統治組織や訴訟制度の沿革を精緻に分析する方向で進展した。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 10, 2026
戦後の実証主義歴史学者にとって、(続く)」
「(続き)戦後の実証主義歴史学者にとって、南朝の道徳的優越性や、楠木や北畠の美しい敢闘精神など、言ってしまえばどうでもいい、とるにたらない問題にすぎなかったわけである。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 10, 2026
だが反面、だからこそ南朝忠臣史観は十分に検証されることなく、今なお一般に残存した側面もあるのでは(略)」p8
たしかに、歴史学がその方向に進んだのは、前時代の常識を考えると望ましいことなのだが、
その結果前時代の反省が不十分になり、前時代の影響を受けた大人たちが学会以外の一般社会で大きな声のまま生存している、と考えると……。
「確かに室町幕府は醜い内輪もめの連続であった。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 10, 2026
これは厳然たる事実であり、室町幕府や足利尊氏、高師直たちを愛する筆者がいくらがんはって否定しようとしても、残念ながら絶対に覆しようのない史実である」p8
うん!
私も持明院統と深く結びついた京極派を心から愛するけれど、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 10, 2026
だからといって持明院統の政治センスの弱さを「そんなことないもん! 」とは言えない。
ホモ・サピエンスなので難しいけれど、
こういうフェアネスは理性を働かせ、努めて持つようにしたいもの。
私は、
「持明院統の政治センスの弱さをそのとおり認識したとしても、京極派のすばらしさが毀損するわけではない」
と知っているので、持明院統や京極派の欠点や弱点にも言及できるけれど、
「自派や自分の推しの欠点や弱点を認めると、そのものの尊さが毀損される」
と考える人たちは
「尊さを毀損してはいけない→欠点や弱点も認めるわけにはいかない、なかったと言い張らねばならない」
という形で振る舞う。
なにとは言わないが、ある時期首相を務めた方のある発言は、「日本という国家に対する真の信頼や自信がないからこそ生まれたものである」と私は見ています。
「しかし結論を先に言えば、現実の南朝も室町幕府と同等、否それ以上に内紛まみれの政権であった。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 10, 2026
南朝は、平泉(澄)が論じるように「吉野の君臣の忠烈、日月と光を争っ」てなどいない。
普通の人間たちが、普通に欲得づくで行動する普通の姿しかない」p8-9
このように言えるようになった時代。尊い。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 10, 2026
そうでなかった時代を、あくまで知識としてだが、私は知っている。
足利尊氏を評価してもよいのではという論文を書いた過去をあげつらわれて辞職に追い込まれた議員もかつていた。
「筆者は彼ら(田中義成・佐藤進一)の意見に大賛成である。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 10, 2026
そして、戦後軽視されてきた南朝の歴史に関しても、改めてこれを直視し、事実を根拠として論じ、素朴に自由に論じる作業は必要不可欠と考えるのだ」p10
「年号に関しては原則として北朝年号を使用する」
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 10, 2026
「実際の戦況が北朝ー室町幕府の圧倒的な優勢で展開した」
「戦前の史書は南朝年号を使用しているものが多いが、事例がきわめて少ない年号を優先している時点で、南朝を過大評価する、バイアスのかかった歴史観」p10-11
信用できるプロローグ。
こういう本は序章と目次だけである程度(略)
護良親王って早くから尊氏を警戒していたんですね。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 10, 2026
意外でした。
尊氏の妻の兄がもともと鎮西探題だったのか。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 10, 2026
「尊氏は、もともと妻の縁で九州に関係があったのである」p21
「後醍醐天皇は精力絶倫な天皇として知られ、護良以外にもたくさんの皇子・皇女がいた。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 10, 2026
その数は、記録に残っている者だけでも三〇名を超えるという」p26
学者先生の大真面目な本で「精力絶倫」というパワーワードに出合い面食らったなう。
二度見しました。
護良親王の母は「古くは北畠親房の祖父師親の娘、すなわち親房にとっては伯母にあたる親子(ちかこ)であるとされ、(略)
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 10, 2026
現在ではこの説は疑問視されている」p26
京極派歌人で伏見院の典侍であった北畠親子が大覚寺統後醍醐の息子を産むわけがない。
なお北畠親子は北畠師親の猶子であり、実子ではありません。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 10, 2026
親子は父を早くに亡くしたので父のいとこである師親の猶子になり宮仕えした女性。
伏見院の息子も儲けています。
「その後岡野友彦氏が、やはり北畠師親の娘であったとする説を提唱している。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 10, 2026
ただし名前は親子ではなく、資子と経子の可能性を提示し、断定は保留している」p27
これなら私には否定も肯定もする理由がない。
北畠親子でないことは間違いないが、ほかの姉妹については私の与り知るところではない。
「護良親王の母は北畠親子」説、現在では疑問視されているようで、良かった。
国文学の、京極派研究の文脈で考えると、
あの結束の堅い京極派の、伏見院の子まで儲けた、自身優れた京極派歌人である北畠親子が、その後大覚寺統の後醍醐に寵愛されるということは、まずないと思う。
年齢的にもさすがに無理では?
伏見院と同年代と考えると、護良の誕生時に40代前半ということになるので。
絶対にないとは言わないが(例外は常にあるもの)、初産でないとはいえ中世日本で40代での出産というのは一般的とは言えないと思う。
「建武」はもともと「中国で光武帝が王莽を滅ぼして、漢王朝を再興したときの年号(p59)」でしたか。#和歌の読書記録
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 12, 2026
先祖代々の天下取りの野望を幼少のころから心に秘めて足利高氏(尊氏)が鎌倉幕府に反したという言説は、現代の学会では疑問視されているらしい。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 14, 2026
高氏自身側室の子で、夭折した嫡出の兄がいたので、それも幼少期から野望を抱いていたと見るのが困難である理由だそう。(p74-76)#和歌の読書記録
このやり取りで教えていただいた恒良「親王」の「綸旨」についての解説が、この本の82ページにあった。https://t.co/bSkJednNTr
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 14, 2026
後醍醐は恒良に譲位し、恒良は後醍醐に譲位されたと認識していたのだから、恒良の出した「綸旨」は天皇として出した「綸旨」と解釈するのが自然だと思う。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 14, 2026
あとから「あれはなかったことにする。勘違い勘違い」で取り消したところで、一度起きた事実は変わらない。
「このように、当時の幕府が深刻な内部対立を抱えていたのは確かである。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 16, 2026
しかし、南朝の内紛はそれ以上にひどく、とても相手を嘲笑できる状況ではなかった」p92
昔もいまも「おまいう」はお馴染み。#和歌の読書記録
ホモサピムーブ。
「親房の工作が失敗したのは、もちろんこれだけが理由ではない。(略)
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 16, 2026
だが、南朝の不始末を棚に上げて幕府を批判する姿勢が共感を得られなかった要素も大きかったのではないかと筆者は考えている」p93
「高氏は、鎌倉時代には」と書かれると、つい高師直の家系高氏(こうし)ではなく、足利尊氏が尊氏と改名する前の高氏(たかうじ)のことかと読んでしまう。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 16, 2026
日本語むずかしい。
間に立って和平交渉していた自分の顔に主君が泥を塗ったら、楠木正儀さんブチ切れるのは当然……。#和歌の読書記録
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 17, 2026
「それにしても、幕府に寝返って武力で南朝を打倒してみせるとは、何とも過激かつ傲慢な発言である。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 17, 2026
いったい、これのどこが「吉野の君臣の忠烈、日月と光を争っ」ているのか。
しかも正儀は、後年この言葉をまさしく実行するのである」p111
「尊氏は、生真面目な弟とは違って適当な人間である。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 20, 2026
あるべき日本の国制はいかなる体制なのかとか、そういう面倒くさい上に合意の見込めない問題は最初から議論する気などなかった」p115
うん!#和歌の読書記録
「赤松氏と北畠氏は、護良を介して結びついたようである。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 20, 2026
同じ村上源氏であるのも親近感を一層深めたであろう。
と言うより、元は播磨国の悪党で正確な出自のはっきりしない赤松氏の村上源氏自称は案外北畠氏の影響かもしれない」p127
「南朝正統史観が優勢になった江戸時代には、(楠木)正儀の幕府帰参の史実自体が疑われたりしたという。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 22, 2026
いつの世も人間は、自分が見たくない現実から目を背ける癖があるものだ。(続く)」
「(続き)頼山陽の『日本外史』も、「正儀には深い考えがあったのだろうか」と歯切れの悪い書きぶりで、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 22, 2026
結局「史料が散逸しているので真相を突き止めることはできない」と判断を保留している」p138#和歌の読書記録
(頼山陽にとって都合のよい)史料が散逸していて、それはそれは大変でしたねえ。
ホモサピムーブ。
「見方を変えれば、尊氏に勝った今だからこそ、有利な条件で講和可能な状況なのである。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 23, 2026
(略)このような大胆な提言を行う(楠木)正成の先見の明と言うか情勢判断の的確さは、皇国史観とは別の意味でまさしく天才武将にふさわしいと思う」p163-164#和歌の読書記録
【皇国史観とは別の意味で】ね。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 23, 2026
司馬遼太郎の『竜馬がゆく』を読んでいた学生時代、右寄りの先輩に「いまの日本人の竜馬像、ほぼ司馬遼太郎だからなあ」と言われたのち、
左寄りの先輩に「だとしても、その人のなかに司馬遼太郎の竜馬が生きて、強く働き、その人生に影響するのなら、事実ではないとしても真実だと言える」と言われたのだが。
その右寄りの先輩の敬愛する楠木正成公は、いったいどこまで事実なのでしょうね。
彼の人生に大きな影響を与えている以上、真実であることは、上記のとおり否定できないでしょうが。
山田五郎のオトナの教養講座での圀府寺司先生のエピソードもあわせてお楽しみください。
圀府寺先生の感動したゴッホは、実はゴッホではなかったとあとからわかったけれど、「あの時の私の感動は本物だ」とご本人もおっしゃっているということ。
だからといってゴッホの贋作がゴッホ作品と見なされるわけではないということ。
この点をきちんと分けて、両方をきちんと見るようにしたい。
「千種忠顕は(略)建武新政開始後は後醍醐から莫大な恩賞を与えられるが、富と権勢を手に入れたことにより毎日酒宴を開く贅沢な生活を送って世間の顰蹙を買ったらしい。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 24, 2026
この点、悪逆非道で専横の振る舞いが多かったとされる高師直と何が異なるのか」p165-166#和歌の読書記録
逆に、こうした研究を踏まえたうえで南朝信奉者の皆様がどのように南朝を擁護するのか、聞いてみたい。
南朝信奉に都合の悪い研究を「でたらめだ」と言い張る人は論外として。
「建武政権が政治改革という名のバーベルを持ち上げることができなかったのは確かである。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 25, 2026
しかし、前政権に比べてはるかに強大な、政権担当能力という筋力を手に入れたこと自体は正当に評価するべきであると筆者はつねづね思っている(続く)」
「(続き)その証拠に、施行体制その他のトレーニング方法は後継者の室町幕府も継承して成功させているではないか」p175#和歌の読書記録
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 25, 2026
著者のフェアネスは後半に至ってもブレない。
建武政権についても、評価すべき点は評価していらっしゃる。
「南朝忠臣史観が想定するような、「忠烈、日月と光を争った」ような忠臣など実は存在しない。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 25, 2026
建武政権ー南朝には、裏切って謀反を起こす者が続出した。
裏切らないまでも、政策に反対する者かほとんどであった。
また人格的にも問題のある人間も数多く含まれていた」p175-176
×政策に反対する者か
○政策に反対する者が
「師直と言えば、傲岸不遜な人格が有名である。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 25, 2026
しかし、師直の数々の奔放な言動も大半は誇張の多い軍記物である『太平記』の巻第二六が主たる史料的典拠であり、
実は史実としてはそれほど確かでないのである(続く)」
「(続き)(略)仮にそれらが事実だったとしても、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 25, 2026
(南朝の)千種忠顕のような人物でも忠臣あつかいされるのであれば何の問題があるだろうか」p176-177
ほんとそれ。バイアス。ホモサピ。
逆に、こうした研究を踏まえたうえで(略)
しまった。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 25, 2026
『逃げ上手の若君』の結末を読まないうちに史実を知ってしまった……。
しかし、史実で確定しているその結末に至るまでの、史実のわからないところに、漫画作者様の創造性が働いているはずなので、
史実でネタバレしたとしても問題……なし!
(それにしてもそこそこ重要なネタバレを受けてしまった。わーい)
「(北条時行と南朝)両者の提携には「敵の敵は味方」というマキャヴェリズム全開の利害と打算しかなく、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 25, 2026
南朝忠臣史観が称揚するような美しいものは何一つ存在しない。
そんな時行が最後まで南朝を裏切らなかったのは、(続く)」
「(続き)時行が最後まで南朝を裏切らなかったのは、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 25, 2026
単に一貫して戦況が不利で南朝に対して謀反を起こす機会が訪れなかっただけにすぎない。
要するに結果論にすぎず、
逆に室町幕府が衰退ないし滅亡する展開になっていれば、時行はほぼ必ず秘めていた野心をむき出しにしたことであろう」p180-181
「大覚寺統嫡流の康仁親王も持明院統と緊密な関係を結んでいた。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 26, 2026
彼が親王宣下を受けたときにつけられた「康仁」の名も、持明院統の花園上皇が選んだものである」p189
そうなんだ!#和歌の読書記録
「しかも持明院統皇族の名に一般的であった「仁」の字が使用されており、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 26, 2026
康仁を自派に取り込もうとする同統の思惑が存在したとする研究者もいる」p189
なるほど。
大覚寺統も後宇多までは「仁」の字が使われていたけれど、その下の代ではぱっと思いつかない。
後宇多の歳の離れた弟も「恒明」だし。
京極派を勉強して持明院統皇族に詳しくなると、時々出てくる大覚寺統の皇太子や親王の名前に「仁」が入っていないことに気づいて「あ、そちらはそうなんだ」という気持ちになる。
持明院統では入っているのが当たり前なので。
康仁親王についてはたしかに、「仁」が入っていて持明院統みたいだなと思った記憶があるが、
なるほど、持明院統が大覚寺統嫡流の康仁を自派に取り込もうとした表れとして見ることもできるのか。
「西園寺実兼の弟実俊」とあったので「公宗の息子実俊以外にも実俊が西園寺家に? 」と思い調べたら、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 27, 2026
実兼弟実俊は「橋本実俊」という名で通っているみたいだ。
曽祖父の弟と同じ名を、公宗息子実俊は付けられた、ということなのかな。
なにか意図があったのだろうか。#和歌の読書記録
「正しい歴史認識と健全な愛国心は、自国の優れた部分を過剰に賛美したりしない。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) April 27, 2026
もちろん他国や他民族を誹謗中傷するなど論外である。
おだやかで控えめで謙虚である。
過度な自虐に陥ることも決してない」p209
ですので、先に挙げた元首相さんの……。
以上です。ありがとうございました。
現代の政治と結びつけて語る箇所には少々留保したい気持ちがありましたが、全体をとおして気持ちのよい読書でした。
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