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『京極派和歌の研究』覚え書き ~和歌の読書記録~


実際には4、5回挫折したこの鈍器のような本を、一念発起して、ようやく読み終えました。
岩佐美代子先生の偉大さに感動しながらの読書体験でした。
通しで読むことは今回が最初で最後になりそうですが、必要箇所は繰り返し読み、血肉にしてゆきたいです。


『京極派和歌の研究』覚え書き ~和歌の読書記録~

しばらくは3度目の読書記録が続きます。



これはあくまで当時の話であって、
制約もなにも存在しない現代短歌において「和歌は約束事が窮屈だから」と好き勝手なさる様子は、それはそれで見ていられない。

あなた、天才じゃないから。


二条派を有難がった(というと語弊はあるが……二条派に進んで近づいた)なかに関東の武士たちのいたことが、これを逆から証明している。



前時代の見様体叙景歌と、初期の叙景的な京極派和歌には、思想がないという意味で共通点があり、
表れ方は異なるが同じように叙景歌に思想のなさゆえの脆弱性が見える。


そろそろ広く知られてほしい。


私は、それは仏教の本質でも和歌の本質でもないと考えるが、
当時為兼たちがそれを仏教や和歌の本質と捉えただろうことは受け止めたほうがよい。


花園院の早熟さにはどの文章を見ても驚かされる。
人生何回目ですか。


たしかに、なにかを誤ったために短命に終わるものもあるが、
最善を尽くしたが時代に合わず短命だったものも、正義とは無関係に狡猾に身を処したから長命だったものや歴史に名を残したものも、振り返ればたくさんある。


正解形の見えないまま歌論だけを頼りに、花咲くまで約20年努力が続けられたのは、実に奇跡的なことで、
強固な同志的団結や歌論への確信がなければまずあり得なかったことだろうと思われる。



というか、なにかを打ち立てたり主張したりするほとんどの人たちが、瑜伽行者たちの順序でまず実践から始まり論を構築したのだと思う。
為兼たちが激レア。



今度こそ読み通すぞという5度目くらいの決意。


↓このあたり↓の京極派スペースで言及したかと思いますので、ご興味ありましたらぜひ。





それでも読み続ける。


もちろん、本当に考慮すべきは期間ではなくその内実であって。
期間でさえこうなのだから、内実を考えたらなおさら、とてもそんな甘えに逃げることはゆるされない、とわかるはず。









伏見院叙景歌には、あまり分析的・分断的でない、すべてを包み込むような目線が感じられる。




凡人には真似できない生真面目さ。



両者は正反対のようで、不思議な相性のよさに恵まれていたのだなあ。


現代短歌の皆さん?


いま調べて気づいたのだけど、岩佐先生と井上先生、同年のお生まれなのですね。
いずれも故人です。貴重な研究と著作をありがとうございました。


こういう人いますが、為兼の幸いはその情熱が伏見院にも花園院にも跳ね除けられることなく、また京極派の仲間には好ましいものとして受け入れられていたことですね。
それがなければ、ただのいたi(自主規制)


ちょっと、想像できる。


なにが現実であるか、というのも認識のうちであるともいえるからなあ。


そもそも……。



岩佐先生の人間理解の深さをこのあたりにあらためて感じた。
私程度のものだと、「なぜあの個性つよつよ、敵も作りがちな為兼くんが、京極派グループでは愛され続けたのだろう」と疑問に思うぐらいで止まってしまうから。



為世もまれに京極派寄りの詠みぶりをしてみせたものが京極派勅撰和歌集に入集していたりするのだけど、
「それを為世がやらないでよ」という気持ちにはなるし、あくまで京極派寄り・・であるだけで京極派の観点から見てとても良いというわけでもないし、中途半端な印象。



伝えてゆきます。


はい。彼の行動を見るかぎり、私もそう考えます。


正解の見えないまま、方向性をぶらすことなく努力し続けたこと、本当に、尊敬しかない……。


20年……尊い……。


現代の短歌詠みさんにはもちろん、和歌詠みさんにも届けたい。


うん!


届けたい。届かない。


これだけの厚みがあるからこそ読者に感動を喚起する為兼の和歌や京極派和歌を、薄っぺらな写生、写実と同列に語ってほしくない。


たしかに、八代集でそれらしい語を含む歌はぱっと思いつかない。


ある種、京極派、または前期京極派がひとつの生き物のように、捉えられる。


個性的であるということは、先人・先行例に学ばないということではない。
学んだうえでそれを乗り越えたその営みや結果に、他者のそれには見えないなにかが見える、ということだ。


この箇所本当におもしろい……。

聞こえますか? 現代短歌の皆さん……。


この本を読んであらためて理解したことは、岩佐美代子は偉大であるということだ。



人生の可能性はこんなふうに広がってゆくものなのかしら。



「自分の体験を詠んだから実感がこもっていて良い、物語から創ったり想像して創ったりした歌はしょせん作り物」
というようなふざけた歌論を掲げる人には距離を置きたいものです。


読み手のレベルの低さを想定しそれに配慮した源氏取りなど、彼らはしていませんからね。
忘れてはいけない。前期京極派の母体は熙仁ひろひと親王と愉快な文学仲間たちである。




後醍醐が退位した事実はない、という史観には私も立ちません。






「二条派的な和歌を詠むのであれば、永仁期までの京極派歌人等であっても、応制百首は容易いが」の意味。


過去の自分(たち)の用意したものが、未来の自分の飛躍的成長により不要になる。
残酷だが、美しい。


聞こえますか? (略。





これを単なる想像力で片づけたくない。お人柄だと思う。
私もかくありたい。


私にとって光厳院は揺るぎない人生の指針ですが、
その光厳院をそのように私に教えてくださった岩佐美代子先生も偉大な恩人です。


と書いたものの、学者ではないので調べるところまでして数え上げるところは諦めた。
必要に応じて今後やります。


意義があるかどうかと、鑑賞して楽しめるかどうかは、別。


二条派には為兼の詠草資料がほかにほとんどなかったのでしょうね。


以上です。ありがとうございました。
ご興味を抱かれた方は、ぜひ本文をお楽しみください。厚さ5cm近くあるので気軽には勧められませんが。


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この記事を書いた人

photo by ミカアンドロイド

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