『京極派和歌の研究』覚え書き ~和歌の読書記録~
2度挫折したこちら、もう一度頭から読み直します。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) February 23, 2025
こちらも、旧版は古本で購入していたものを、数年前読者様から改訂増補新装版をプレゼントいただきました!#和歌の読書記録
京極派和歌の研究: 改訂増補新装版 https://t.co/JRP6zWObpo
『京極派和歌の研究 改訂増補新装版』岩佐美代子
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) December 27, 2025
3、4度読み、途中で挫折し、今度こそと腰を据えて向き合い数ヶ月。ようやく読み切りました。
為兼のキャラクターの受容や、前期京極派歌人の家集の位置づけなど、学ぶところも多かったが、……#読書メーター #和歌の読書記録https://t.co/PmmvzSGm9t
実際には4、5回挫折したこの鈍器のような本を、一念発起して、ようやく読み終えました。
岩佐美代子先生の偉大さに感動しながらの読書体験でした。
通しで読むことは今回が最初で最後になりそうですが、必要箇所は繰り返し読み、血肉にしてゆきたいです。
『京極派和歌の研究』覚え書き ~和歌の読書記録~
2度挫折したこちら、もう一度頭から読み直します。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) February 23, 2025
こちらも、旧版は古本で購入していたものを、数年前読者様から改訂増補新装版をプレゼントいただきました!#和歌の読書記録
京極派和歌の研究: 改訂増補新装版 https://t.co/JRP6zWObpo
しばらくは3度目の読書記録が続きます。
京極派の活動期間を弘安末年(1285年)~観応末年(1352年)と考えると、単純計算して67年間だけど、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) February 23, 2025
67年間を「七十年弱」ではなく「六十年あまり(p3)」と表すことも、まあ、できなくはないか。
「新古今において言語芸術の頂点に達した和歌が、やがて「歌の道」となり、御子左家が歌道家宗匠として、「道」を守る為の法則(略)を細かく規定し、和歌の芸術性を自ら解体する方向に向いはじめた時(略)」p4
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) February 23, 2025
芸術性の高いものを、それらを生み出す場に居合わせなかった後代の者に引き継ぐことは、とても難しいと思う。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) February 23, 2025
✨さん @n6_x0 が為家について書かれた岩佐美代子先生の言葉を引用しておられたけれど、あれを併せて考えると「うん! 」となる。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) February 23, 2025
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) February 23, 2025
為家の試みと、それを引き継いだ二条家の営みにはもちろん必然性と意味があるのだけど、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) February 23, 2025
それはそれとして、そうしたものに満足できない、教養と文学センスのある人が一定数表れるのも、必然なのだよな。
天才の詠む天才的な歌だけを歌としていたら、歌の道は廃れる……だから(語弊はあるが、ある意味)大衆に向けて「こうすれば和歌は詠めますよ」としたわけで、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) February 23, 2025
それを必要とする社会情勢もあったのだから、それには意味があった。大いに。
しかし、天才や、天才でないにしても自らの頭と心で古典作品を読み味わう力を有した一部の人に、その「こうすればいいんですよ~」は、窮屈な制約と見えただろう。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) February 23, 2025
その自覚の有無はともかく。
これはあくまで当時の話であって、
制約もなにも存在しない現代短歌において「和歌は約束事が窮屈だから」と好き勝手なさる様子は、それはそれで見ていられない。
あなた、天才じゃないから。
春宮熙仁の文学サロンの登場や為兼との邂逅を待つまでもなく、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) February 23, 2025
「必ずしも歌道をステータス・シンボルとする必要を認めない上級貴族達の歌心は、自ずと制約の少い見様体に向った(p4)」のだよな。
二条派を有難がった(というと語弊はあるが……二条派に進んで近づいた)なかに関東の武士たちのいたことが、これを逆から証明している。
見様体の歌は、岩佐美代子先生の見るかぎり『新勅撰集』には皆無、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) February 23, 2025
『続後撰集』以降数少ないが見られるようになったとのこと。(p4-5)
「歌の発想の根源における「思想」の有無」(p5)が、京極派叙景歌と前時代の見様体の叙景歌との違いの決定的な差ではないか、という岩佐先生の仮説は、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) February 24, 2025
まだその検証過程を読んでいないが、「それはそうよね」と頷かれる。
確固たる思想を育む前の京極派和歌は、やはり弱かった。
前時代の見様体叙景歌と、初期の叙景的な京極派和歌には、思想がないという意味で共通点があり、
表れ方は異なるが同じように叙景歌に思想のなさゆえの脆弱性が見える。
為兼の言う「詠歌の対象に心を「相応」させよ」というのには、真言密教の影響がある、と井口牧二氏は指摘…φ(..)メモメモ
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) February 24, 2025
「対象の真の実相に向って心を集中させ融和させよ、ということなのである」(「為兼歌論と仏教思想」国文学研究72、昭和55年10月)#和歌の読書記録
藤平春男氏はこれを受けて、『為兼卿和歌抄』の「まこと」は
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) February 24, 2025
「単に感動の対象となる客体の真実相というにとどまらず、主観と客観との融合のなかでとらえられる存在の実相、あるいはその言語表現上に具現したもの」をさすとした。
(「古典歌論における写実」短歌、昭和56年4月)
藤平春男「為兼歌論の本質は近代的写真論ではない」
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) February 24, 2025
聴いて! みんな聴いて!
そろそろ広く知られてほしい。
「これは正しい歌論だ。歌を詠む姿勢として正しいものだ! 」という確信だけでなく、「仏道修行の観点からも私の歌論の正しさは証明されている! 」ということが為兼にとって重要だった、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) February 24, 2025
ということを、当時とまったく異なる宗教観に生きる私たちは気をつけて受け取ったほうが良さそう。
「為兼は、大乗仏教の思想が持つ基本的な宇宙観ーー一切の現象的存在は空であるが、その実相への観入によって本来空なることを悟りえた時、空なる現象世界がそのままで真如法界と化し、宇宙全体の常住真如の姿がありのままに、自己と宇宙が合一した究極的真実として照らし出される、(続く)」
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) February 24, 2025
「照らし出される、という理想(略)の境地に悟入することをめざした」p7
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) February 24, 2025
私は、それは仏教の本質でも和歌の本質でもないと考えるが、
当時為兼たちがそれを仏教や和歌の本質と捉えただろうことは受け止めたほうがよい。
花園院も、仏教思想を根拠に、二条派でなく京極派が正義である、と理解している。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) February 26, 2025
為兼のそれとは異なる形だとは思うが。#和歌の読書記録
「元亨四年(略)正月二十五日宸記には、「仏法之理、儒教之義」によって伏見院・為兼の歌道が正義なることを推知しえたと記しておられる」p11
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) February 26, 2025
二十八歳!
「おそらく花園院は、為兼・伏見院それぞれの宇宙観、自然観を、自身の資質に最も適合する禅と天台の思想により再検討し、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) February 26, 2025
これに納得してはじめて為兼らの歌風を正義と認められたのであろう。
言いかえれば(続)」p12
「言いかえれば妥協を許さぬ碩学の人、花園院の厳密な検討に堪えうるだけの思想的骨格を、京極派自然詠は持っていたと言えよう」p12
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) February 26, 2025
花園院の早熟さにはどの文章を見ても驚かされる。
人生何回目ですか。
「和歌における劃然たる「新風」とは、常に短命に終る性格を持っているのではないか。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) March 8, 2025
新古今歌風にしても真にその時代と言えるのはほぼ二十年程度とされる(略)
第一次「明星」も百号、九年間をもって終結する」p15#和歌の読書記録
「もとよりその影響は和歌史・短歌史の中に長く残るけれども、華々しい新奇な歌風が集中的に創出され、熱烈に支持される時代はそう長く続くものではない。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) March 8, 2025
またそれなればこそ「新風」として嶄然と史上に頭角をあらわしているのである」p15
長く続いたということは正義、短命に終わったのは何かを誤っていたから、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) March 8, 2025
という安易なストーリー理解はホモ・サピエンスあるある。
たしかに、なにかを誤ったために短命に終わるものもあるが、
最善を尽くしたが時代に合わず短命だったものも、正義とは無関係に狡猾に身を処したから長命だったものや歴史に名を残したものも、振り返ればたくさんある。
「専門歌人としては為兼・為子のみ、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) March 8, 2025
「心をさきとして詞をほしきまゝにする」「心にこと葉をま(ママ)する」「心のまゝに詞のにほひゆく」事を強調する以外には具体的な詠歌方法論もなく、
いわば素人の宮廷歌人グループの同志的団結と試行錯誤にすべてを託した形」p16
ほんとそう。
正解形の見えないまま歌論だけを頼りに、花咲くまで約20年努力が続けられたのは、実に奇跡的なことで、
強固な同志的団結や歌論への確信がなければまずあり得なかったことだろうと思われる。
正和二年春日社参における為兼の法華経旨和歌は唯識論第五巻「真無我解違我執故」の要文を詠じたもので、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) March 9, 2025
「法華経旨和歌の例は古来数多いが、唯識論のそれはかなりめずらしい事例」p18
…φ(..)メモメモ#和歌の読書記録
鎌倉時代末期には唯識信仰が一般的なもので、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) March 21, 2025
為兼だけが特別唯識唯識言っていたわけではなく、なんなら為兼のライバル為世も春日社で唯識論和歌を講じていたらしい。(p19-20)#和歌の読書記録
「実践から入ってこの根本命題をうち立てた瑜伽行者たち」(p24)
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) March 21, 2025
歌論を先に打ち立て、それを詠歌上で実践するにはどうしたらよいかと試行錯誤した為兼たちと、プロセスが逆なのだな。
というか、なにかを打ち立てたり主張したりするほとんどの人たちが、瑜伽行者たちの順序でまず実践から始まり論を構築したのだと思う。
為兼たちが激レア。
為兼立春百首は弘安九年閏十二月十五日詠、歳暮百首は同十九日詠。#和歌の読書記録
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) March 31, 2025
定家があまたの実作経験から帰納して歌論にまとめていったのと、ある意味で、為兼は逆の行き方をしたのだな。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) March 31, 2025
そのなかで、唯識説に基づいた箇所だけが特別生彩に満ちているのは、その点には彼の実作から来る自信、確信があったから、と考えればよいのか。
何度も挫折して何度も頭から読み返すので、『京極派和歌の研究』の冒頭箇所はもう十回近く読んだ。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 10, 2025
何度読んでも胸に沁みる。#再読中#和歌の読書記録https://t.co/TxofCy7Uhn
今度こそ読み通すぞという5度目くらいの決意。
「冒頭に掲げた玉葉風雅の秀歌例と、続後撰以下の諸詠との間の最も大きな相違点は何か。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 10, 2025
それは、前者には濃密な「空気」の存在が感じられ、後者にはそれが無い、ということではなかろうか」p5
↓このあたり↓の京極派スペースで言及したかと思いますので、ご興味ありましたらぜひ。
京極派叙景歌とその先蹤をなす叙景歌の違いを解説し、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) August 30, 2025
宗尊親王詠を中心に前時代の叙景歌のご紹介もしました。
アーカイブでお楽しみくださいませ。#京極派https://t.co/IpICzaKdwV
京極派が誕生するより前に、京極派叙景歌に似た叙景歌の小規模な流行があったのだ、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) June 15, 2024
というお話をしました。
参考書籍は岩佐美代子『京極派和歌の研究 改訂増補新装版』です。#京極派https://t.co/2MAuTg983J
京極派和歌の研究 改訂増補新装版 https://t.co/b8beXXkNpZ
「唯識論」は「成唯識論」という教典の略称、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 11, 2025
「唯識説」は同書はじめ多くの論書に説かれる唯識思想の教説(p23)…φ(..)メモメモ#和歌の読書記録
「社会契約論」と「社会契約説」の関係と同じだろうか(コテンラジオでのみ履修)
「六識を刺激して、あたかも外的事物であるかのような影像を作り出させる根源的な識」が「阿頼耶識」か(p26)
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 11, 2025
何度読んでも阿頼耶識のあたりで混乱する。
「当面の考察のために必要な要点は次の通りである。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 11, 2025
一 外的事物(境)は心(識)の認識作用によって作り出される。
二 その際心が四つにもわかれ、心が心を見、更に第三第四の心がそれを確認する現象を呈する。
三 認識作用の手段となるのは「心」から発した「言葉」である(続く)」
「(続き)
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 11, 2025
四 「言葉」をもって対象を如実にえがき出す修練をくりかえし、「唯識無境」の命題を真に理解した時、真如法界が現成する」p28-29
「A 実景を目に見るように迫真的に描写する叙景歌
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 11, 2025
B 「心が心を見る」如き態度で心理分析的に詠出する恋歌
C 「世のことわり」めいた事を散文的に説く非具象的思念歌
D そのすべてにわたり、「心のまゝに詞のにほひゆく」如く、旧来の歌題や歌語にとらわれぬ自由な発想と表現法」p39
以上が京極派和歌の特色として定説となっている4点。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 11, 2025
「一 具象的事物であれ非具象的思念であれ、止心・観察により「識」の中に「境」として作り出す実践行(A・C)
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 11, 2025
二 心がいくつにも分化し、相互に認識し合う「識」の活動作用(B)
三 正しい認識作用の手段となる、「心」の真実から発した「詞」への信頼(D)(続く)」
「(続き)
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 11, 2025
四 一~三の総合によりうたい出された歌こそ真の歌であり、このような詠作を重ねることによって歌道は「仏法ともひとへ」たりうるという信念(和歌抄の言説)」p40
5cm弱あるこの本と比べたら、家にあるほかの3cmぐらいの本だいたいどれも簡単に読破できるのでは、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 11, 2025
という気になり途中でついほかの本に手を出してしまう繰り返し。
それでも読み続ける。
「弘安末年における為兼作品(略)を見るに、後年の京極派歌風というようなものは未だ全く樹立されていない。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 11, 2025
ただそこに見られるのは、その時々の自らの心を何とか正確に言葉にあらわそうとする、為兼の苦闘の姿である」p51
「定家だって為兼だって当初は異端児じゃないか。では、伝統的でない詠み方を私がしたっていいじゃないか」
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 11, 2025
という方は、二条家風の歌の詠み方と決別した初期為兼詠をよくよく読んでみると良い。
こんなめちゃくちゃをしなければ断ち切れないほどの伝統の規矩が、私たちには果たしてあるかどうか。
そして、「答えはこれですよ。これをめざせばいいですよ」という目標もないまま、おのれの信念だけを根拠に、20年(!!! )努力し続ける気概があるかどうか。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 11, 2025
一度考えてみると良いです。
一度でもその初期詠草を読み、その思考実験を経た人間は、もう少し謙虚になるものですよ。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 11, 2025
「定家も為兼も……」と同列に扱うにはあまりにも甘い自分に気づけることでしょう。
私でさえ、和歌を始めていま13年です。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 11, 2025
20年って……ねえ。私のしてきた努力の、期間だけ考えても倍近くですよ。
もちろん、本当に考慮すべきは期間ではなくその内実であって。
期間でさえこうなのだから、内実を考えたらなおさら、とてもそんな甘えに逃げることはゆるされない、とわかるはず。
「明恵は超一流の仏者であるばかりでなく、春日信仰の一中心でもある。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 11, 2025
素人歌人ではあるが勅撰歌人でもある。
専門歌人でないから特異な歌風が許されるばかりか、それが高徳の名僧の証しとも見られる。
遠い過去の人ではなく、人間的で親しみやすい(続く)」
「(続き)このような人物を引き合いに出されると、反論がしにくいという点でも甚だ効果的である(続く)」
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 11, 2025
「(続き)このあたりの機微をとらえ、単に明恵の言を引くだけでなく、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 11, 2025
「心に思事はそのまゝに」よむとは何も奇矯な言葉を連ねる事だけではない、「世のつねの」「おもしろき」表現を用いても勿論かまわないのだ、
とした所に、為兼の巧みな計算があり(略)」p54
「むなしきをきはめをはりてそのうへによをつねなりとまたみつるかな
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 12, 2025
(略)
空しき世、常ならぬ世を嘆く歌は枚挙にいとまなくとも、
「世を常なり」と断定した歌、それも「空しきを究め終りて」という前提を伴っての、かくも積極的な本有常住の思想をうたった歌は勅撰集中にまず皆無」p64
為兼が自撰の『玉葉和歌集』釈教歌の部に唯一撰入した自詠です。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 12, 2025
詞書は「般若心経の畢竟空の心を」。#和歌の読書記録
「同じく心経をうたい、または畢竟空をうたっても、(略)観念的また抒情的なものが一般的であって、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 12, 2025
用語面のみならず思想的にも、また実感的体験的な自信に満ちた詠み口からいっても、為兼詠はまことに特異なのである。
それは(続く)」
「(続き)それは単に信仰や教学的知識からのみもたらされたものではなく、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 12, 2025
闘争の生涯そのものの中から彼がつかみ取った真理であった」p64#和歌の読書記録
「為兼は季節季節に寄せて、その時々の感動をいつまでも活きたそのままの姿で把持していたいと願う、甚だ感傷的な一面を持っていた。(略)
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 12, 2025
そしてそれが到底かなわぬ願望である事もまた、(略)痛いほど知りつくした事であった。
なればこそ(続く)」
「(続き)なればこそ彼は忘れがたい自然の印象を識の中にとどめ、くりかえし歌として現成する事で、これを永遠のものとしようとしたのである」p65
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 12, 2025
凡人が自身に対して無批判に「私の経験したこの恋、見たこの景色は唯一無二のもの……移りゆく前に言葉にしなければ」と歌を詠み散らすのとは違う。
「同じ主題、松風に触発されるさびしさを執拗に追って追体験を重ねる中から、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 12, 2025
さびしさの因となる松風の生態に目を向け、松風をも含む「風」そのものの動態をとらえて、ついに
山風はかきほの竹に吹きすてて峰の松よりまたひゞくなり(玉葉、二二二〇)
の完成作に至る。その過程の中に(続く)」
「(続き)その過程の中に、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 12, 2025
皮相な個人的感傷を絶ち、流動変化して止むことのない大自然の姿に不生・不滅・不断・不常・不一・不異・不来・不去の八不の真理を感得する為兼の心の深化がうかがわれる」p65-66
この論と比べるとうんとつまらない技術論になってしまうのだけど、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 12, 2025
歌の格を一段高めたいと願うならば、まずはあなたの卑小な主観をすべて排除し、その景やものごとの描写に徹しなさい、
というアドバイスは、ひとつ、有効である。#歌の詠み方
「当初の、ある一時の観察なり感傷なりは程なく消え去ってあとをとどめない。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 12, 2025
しかし(続く)」
「(続き)しかし、そのむなしさを何とか形として残そうと追求して行った所に、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 12, 2025
流動し、変化し、循環してやまない大自然の真実相ーー「むなしき」ゆえにこそあらゆる現象があらわれうるのだ、
「むなしき」こそ最も充実した大宇宙の常住不変の相であるのだ、
という(続く)」
「(続き)という「畢竟空」の真理の顕然し来った事に、為兼は驚き、かつ感動したであろう」p66
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 12, 2025
「惜しげもなく展開しては消え去る自然美の真実の姿をきわめきわめて、ついにかくも正確にその活きた形を言葉として定着させた時、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 12, 2025
無始の過去から永劫の未来までの常住の真理の中に、風も松も霞も夕日も、そしてまた自分自身も、本有常住のものとして存在し続けている
という(続く)」
「(続き)という「自心本不生之理」が、いつの間にか「発明」せられていたという自覚が、静かに為兼の心を満たしたに違いない。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 12, 2025
教理を詠みながらいかにも体験的な感動をしみじみと含み持つ、「むなしきを」の歌の詠み口が、その事実を物語っている」p67
ここまでの為兼の心理や思考を歌から辿り、確信をもって述べる岩佐先生の真摯さに、私はいつも感動する。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 12, 2025
そしてそんな姿勢で紡がれる岩佐先生の文章は、論文でありながら、こんなにも詩的で美しい。
「彼の最晩年は、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 12, 2025
権勢に溺れて為さでもの驕慢のふるまいをし、当然の報いを受けた成上り者の末路と見る事もできる。
しかし彼自身として見れば、(続く)」
「(続き)しかし彼自身として見れば、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 12, 2025
青年時代からの志をすべて成し遂げ、予期以上の輝かしい成果をおさめた上、「自心本不生之理発明」の祈請をさえかなえられた、満足すべき一生であり、 残る土佐流謫の十七年は甘受して悔いないものであったろう」p70
「(伏見)院の心には常に、宇宙に遍満する混沌としたエネルギー、星雲のように渦巻きながらあらゆる天象地儀生命を生み出してやまぬ巨大な力への敬虔の念が存在する。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 15, 2025
月日星も、自分自身も、山川草木も、すべてこのエネルギーが仮にそれぞれの形を取って生りいでたものであり、(略)(続く)」
「(続き)しかしまたそれら諸現象が厳然として現在それぞれの姿にあるという事もまた、図り知れない大宇宙の意志であり、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 15, 2025
万物はこの巨大な意志をありがたき契とうけとめ、その恵みの前に頭を垂れるのである。
天皇、治世の君たる自らもその例外ではない」p75#和歌の読書記録
「為兼は唯識無境、自らの識を離れて外境はなく、自らの心を正確に言葉としてうたい出す事により、天地万物の真実の相が現出すると考える。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 15, 2025
対する伏見院は、(続く)」
「(続き)対する伏見院は、自らの存在を含めたあらゆる現象の中に、宇宙の意志によって許され、天地の心、神の心を分かたれ受け持った「心」が貫通しているとうたう」p77
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 15, 2025
「自然を一局部として見ず、天地間の大循環の流れの一つの相としてうべない、俯瞰的に愛情と共感をこめてこれをうたうのが、伏見院叙景歌の帝王調である」p79-80
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 15, 2025
伏見院叙景歌には、あまり分析的・分断的でない、すべてを包み込むような目線が感じられる。
伏見院は、そもそも自分の皇統が正統だと思って疑わないから、自分が正統であるという主張を(それが脅かされるまで)ことさらしてこなかった、ということか。#和歌の読書記録
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 17, 2025
「正統性への確信、「道理」への信頼、誠実な人間性と、その裏返しとしての政略面のひ弱さは以後一貫して持明院統についてまわり、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 17, 2025
大覚寺統の顕著な権力志向と好対照をなしている」p93
うん!
「皇位への執着を捨てて文学に飛翔したのではなく、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 17, 2025
「正統長嫡」の天子として生れついたなま身の人間が、あくまでもその事実を引きずりながら、為兼の「自分の言葉で自分の心を正確にうたう」詠法を忠実に実践した所にこそ、
為兼ともまたことなる歌人伏見院の真面目があったと言うべきであろう」p98
花園院は、それしか知らず選択の余地もなく京極派和歌を受け入れたわけでも、馴染んできたというだけの理由で無批判に受け入れたわけでもなく、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 17, 2025
「禅と、天台と、五経の思想をもって、はじめて為兼の歌道の正義であることを確認した」と『花園院宸記』に書いておられる(p99)
かっこいい。
凡人には真似できない生真面目さ。
「仏教関係には全く不案内ながら、あえて考察を試みる」岩佐美代子先生、化け物ですよ。好きすぎる。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 17, 2025
「花園院の(生きた)時代は、あたかもこの中古天台初期、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 17, 2025
(中古天台)発生成立の時代から、中期、発達堕落の時代に移ろうとするちょうど境い目、
口伝法門が生き生きとした活力を持って成熟定着し、しかも未だ頽廃に傾かない、いわば黄金時代に当るのである」p102
花園院の『七箇法門口決』という著作を岩佐先生の訳で読んでいるのだけど、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 17, 2025
この思想で育てられた愛甥光厳院があのような生き方をなさったのもむべなるかなという気がする。
「このような時代に、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 19, 2025
「皇位」という最大の虚構の一方の頂点に位し、その無力を骨の髄まで知りながらも虚構保持のために闘い続けねばならなかった伏見院・花園院と、
「歌壇」の虚構に反発して真実の自我を表現したいがために、皇位をめぐる政争の渦に身を投じた為兼と」p141#和歌の読書記録
両者は正反対のようで、不思議な相性のよさに恵まれていたのだなあ。
「「実景をありのままにうたう」叙景歌というものは、やさしいようで実は難しい。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 19, 2025
それは、この方法がすでに現代短歌の常識となって久しいにもかかわらず、これを忠実に実践した秀歌が必ずしも輩出するという工合には行かない事実によってもわかろう」p142
聞こえました? 現代短歌の皆さん……。
「風景、自然は、誰の目の前にも平等に、(略)永遠に変らぬ部分をも堅持して、常にその姿を提示している。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 19, 2025
しかしその中に何を見、どの部分を切り取り、三十一字にいかにうたうかは、各歌人の器量により、人生により、窮極的には思想による」p142
ありのままの自然を客観的に切り取ったつもりの数年前の歌を読み返してみてください。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 19, 2025
いかに多くの雑念がノイズとして働き、美や感動からその歌を遠ざけているか、数年経って精神的に成長した作者にはわかるでしょう。
(数年かけても目の曇りの取れなかった作者にはわかりません)#歌の詠み方
現代短歌の皆さん?
岩佐美代子先生は、喜賀丸を為兼実子と捉えておられるのか。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 21, 2025
井上宗雄先生は、為兼猶子(為守男)教兼か、と留保しつつも述べておられるが。#和歌の読書記録
いま調べて気づいたのだけど、岩佐先生と井上先生、同年のお生まれなのですね。
いずれも故人です。貴重な研究と著作をありがとうございました。
「骨肉への愛情吐露が少いだけ、その分の情熱が伏見・花園両院に注がれたのであろうか。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 21, 2025
或いは両院への傾倒ゆえに政治・公事に熱中して私生活を忘れたのだろうか」p151
為兼さん……どちらもイメージできるし、鶏と卵かもしれない。
こういう人いますが、為兼の幸いはその情熱が伏見院にも花園院にも跳ね除けられることなく、また京極派の仲間には好ましいものとして受け入れられていたことですね。
それがなければ、ただのいたi(自主規制)
「廷臣間の摩擦はおよそ想像がつくし、事実二度の讒言にもあっているのだが、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 21, 2025
京極派グループの中では少しも嫌がられていない」p151
たしかに。なにかしらの魅力、欠点を補って余りある魅力があるのだろうな。
「伏見院は「正統長嫡」を自覚するがゆえに、かえって当然な主張をとなえるのに一歩ためらうという、内省的な良識人の気弱さを持ち、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 21, 2025
一方花園院は「長嫡」ならぬ暫定的な天皇という精神的屈折を心中に深く蔵している。
いずれも自分自身がカリスマには到底なりえぬ内省慎思の人である(続く)」
「(続き)それだけに、自分個人に対する「愛君之志」を正面切って言明し、自信をつけ、激励してくれる為兼の存在は、まことに魅力的、かつ貴重なものであったに相違ない(続く)」
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 21, 2025
「(続き)その他の人々にしても、かくまで強烈な個性を中心に団結する事には、反撥よりもむしろ選ばれた者の誇りを感じえたと思われる」p152
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 21, 2025
なるほど……。
ちょっと、想像できる。
「祖父為家の許で、若き日の為兼は作歌の基本・歌道の故実を学ぶと同時に、きわめて多くの歌書を読みあさり、心の琴線にふれる先人の詠の数々を、その柔軟な頭脳にきざみ込んだであろう(続く)」
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 21, 2025
「(続き)青年期のこれらの記憶は、唯識説にいう種子の形で彼の阿頼耶識の中に蓄えられ、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 21, 2025
後年長く、必要に応じて境として眼前に立ちあらわれ、本歌・典拠ではあるが一面彼自身の現実体験でもあるような感覚をもって活用されたのではなかろうか」p160
ちょっと、わかる。
なにが現実であるか、というのも認識のうちであるともいえるからなあ。
「(20代の)為兼は、詠もうとすれば擬古典主義的な無難な歌はいくらでも詠むことができたし、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 21, 2025
またその中に適当な典拠によって若干の新味を盛るすべも十分に身につけていた」p164
歌人為兼のスタートが「立春百首」「花百首」などの奇矯なものではない、ということは知られてほしい。
あ、でも、そもそも「立春百首」などが知られていないのか一般には。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 21, 2025
そもそも……。
「御子左家嫡流とは必ずしも同調せぬ雅有」p165
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 23, 2025
雅有の姉妹は二条為氏の、娘は為通の妻になっているけれど、だからといって「同調」しているわけではないのかな?
為氏室は為世を儲けているので、為世は雅有の甥よね。#和歌の読書記録
「こうした(傲岸不遜な)性格は反面から見れば率直誠実、味方にすればどこまでも信頼できる存在であり、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 23, 2025
因循保身の公家社会における一服の清涼剤として、主君であれ友人であれ、その真情を理解しうる少数の人々からは、無条件の親愛をかちうるという美点をもあわせ持っていよう」p165
岩佐先生の人間理解の深さをこのあたりにあらためて感じた。
私程度のものだと、「なぜあの個性つよつよ、敵も作りがちな為兼くんが、京極派グループでは愛され続けたのだろう」と疑問に思うぐらいで止まってしまうから。
「春宮践祚から永仁勅撰の画策、失脚配流、召還、延慶訴陳を経て玉葉集撰者となるまで三十年の、人生の浮沈を超えた脇目もふらぬ邁進、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) September 23, 2025
更に晩年の豪奢な春日参詣等を考える時、
単に自己の才能への自信、反逆精神、権勢欲、驕慢等、通常人の心理のみでは律し切れない所がある」p178
「天皇の強力な支持のもとに、春宮時代からの近臣グループのみならず、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 1, 2025
一般廷臣、為世ら専門歌人に至るまで、公的歌会では好むと好まざるとにかかわらずある程度新風に追随せざるをえなかった状況がうかがわれる」p180#和歌の読書記録
一般廷臣はともかく、為世にはそこに追従しない気骨を見せてほしかったな。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 1, 2025
為兼や前期京極派が場面によって伝統的(=二条派的)和歌が詠めた、詠み分けられたのとは、訳が違う。
為世は「そんな異端的な詠み方、あってはならない」という立場でしょうに。
プロテスタントに対するカトリック、という構図のアナロジーみたいな部分があると思っているので。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 1, 2025
為兼が騒ぐのは権威に挑む側だからわかるが、権威側が騒いだり擦り寄ったりするのは違う気がする。
為世もまれに京極派寄りの詠みぶりをしてみせたものが京極派勅撰和歌集に入集していたりするのだけど、
「それを為世がやらないでよ」という気持ちにはなるし、あくまで京極派寄りであるだけで京極派の観点から見てとても良いというわけでもないし、中途半端な印象。
「遊戯的であり文学性に欠けると批判する事は容易であろう。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 7, 2025
しかし誰が、かくも複雑なパズル式難題を、単なる遊びで考案し、実行するであろうか」p214#和歌の読書記録
初回読書時に挫折したあたりに近づいてきたぞ……。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 7, 2025
「これらの詠歌行為は、言葉の織りなす綾の中に神仏の姿を顕現し、信仰を表白し、利益を願い、帰洛を冀望するという、真剣そのものの宗教行為であり、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 7, 2025
彼として当面なしうる最大の仏道修行であったのである」p215
「為兼は決して「写実」を説いて新歌風を叫んだのではない。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 9, 2025
彼の初心はどこまでも、「自分の心を自分の言葉で正確にうたいたい」というにあった。
その成果が後年、玉葉歌風に代表される写実性に、或いはまた風雅歌風に言われる内観性に結実するか否かは、全く未知数であった。(続く)」
「(続き)景であれ情であれ理であれ、その時自分のうたいたい事柄を精細に確認し、正確に言葉にあらわす。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 9, 2025
その際の言葉づかいは新旧を問わず、表現目的に最もふさわしいものを用いる
というだけが、彼の主張であり、(略)」p231#和歌の読書記録
為兼が、また京極派が写実を掲げたり実践したりした人またグループではない、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 9, 2025
ということは何度でも言葉にし伝えてゆきたい。
伝えてゆきます。
「為兼は、自己を抑圧する既存の権威にこそ強く反抗したものの、本質的にはきわめて権威主義的な人間である。(略)
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 9, 2025
和歌抄や詠作の一面のみをもって、彼が常に伝統を打破し故実を排除する革新的自由主義的な人間であると考えることはできない」p232
はい。彼の行動を見るかぎり、私もそう考えます。
伝正応二年三十番歌合の「野辺遠き」について、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 9, 2025
「判者為兼も、詠者親子自身も、これが京極派の将来大成すべき秀歌の方向を示唆する作品である、
との認識を持たぬままに詠じ、判じ、
それが乾元二年以後、同歌風確立によって新たな価値を発見されて玉葉集に入った、
という事であろう」p234
京極派が京極派和歌の完成形を【見つけた】のは京極派が活動を始めて約20年後、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 9, 2025
その間彼らはめざすべき理想形を知らないまま、歌論だけを頼りに努力を続けたわけなので、
正応年間の親子や為兼には、のちのち京極派の完成形と見なされうる親子の写実的な歌の価値に気づけなかった、ということ。
正解の見えないまま、方向性をぶらすことなく努力し続けたこと、本当に、尊敬しかない……。
「本歌合における叙景歌は計十八番、三六首。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 9, 2025
うち親子詠のみが、京極派歌風完成期からふりかえっての評価に耐えた。(略)
京極派歌人らがいかに苦吟して迂遠な模索を続けたか、
逆に言えば見た通りの景を正確に言葉にあらわす事が当時の歌人にとっていかに困難な事であったかを示す(略)」p234
「(略)見たまま、心のままを詠もうとあせってかえって瑣末的な観念の玩弄におちいって行く傾向が認められる。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 9, 2025
そうしたとらわれの中では、親子詠はあまりに素直であっけなく、当り前すぎると思われたに違いない。
その、(続く)」
「(続き)その、当り前すぎるものの真実、それをとらえた本当の歌、それを創り出すためにこそ、弘安以来二十年の歳月と模索が必要であったのである」p235
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 9, 2025
20年……尊い……。
「金玉歌合に「言の葉のゆたかにかなふ」時が来たと喜んだ時、(略)その叙景歌にも固定化様式化のきざしが感じられるのである。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 11, 2025
グループ指導者として、逆境にある時より一そう困難な、順境における緊張持続、初心貫徹の道を求めて、為兼はひとり苦慮したに違いない」p259#和歌の読書記録
教養豊かで向上心にあふれた京極派グループでも、順境において心が弛緩してしまうという困難に見舞われたわけで、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 11, 2025
たいした教養も学識も信念もない私たちが順境において誘惑に負けず適切に心を鍛えることができるだろうか、
と考えるとやはり前期京極派の最終的な成功には頭を垂れずにいられない。
現代の短歌詠みさんにはもちろん、和歌詠みさんにも届けたい。
「彼(為兼)において、和歌と政治を秤にかければ和歌の方が重かったと同じく、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 11, 2025
自己と伏見院を秤にかければ、どんなに心の底から伏見院を愛していても、結局自己愛の方がはるかに強かった(略)
為兼の思想歌は彼の偽りのない「心」の表出であり、一般的な儒教道徳、理世教訓の類では律し切れない」p260
うん!
「ただ為兼の発想の中で、自らの心を正直に述べただけでは(略)のような歌にしかならなかったものが、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 16, 2025
一旦自分一個の心への執着を捨てて古歌の世界に遊び、その中に自らの心と同質のものを発見し、その世界を追体験した時、(続く)」
「(続き)追体験した時、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 16, 2025
古歌の詞を暗示的に取入れる事によってかえって自らの心がより深くより正確に、普遍的なひろがりをもって詠めるようになったのではないか」p279-280#和歌の読書記録
自分一個の心に囚われて、普遍性のない、感動の余地もない、卑小な歌を詠むことしかできていない人たちに届けたい。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 16, 2025
届けたい。届かない。
「このような心の深層における古歌摂取こそ、為兼作品を単なる眼前の写生やその時限りの独善的な心境詠でなく、自然と人生の永遠の営みの中の一真実を活写する、普遍妥当性を持つ文学に昇華させる真の底力であった」p281
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 16, 2025
これだけの厚みがあるからこそ読者に感動を喚起する為兼の和歌や京極派和歌を、薄っぺらな写生、写実と同列に語ってほしくない。
「「のどか」という言葉自体、八代集では用例がさほど多くなく十三代集で激増、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 16, 2025
しかも実景の形容として肯定的にこれを用いるのは玉葉風雅に集中する、
という意味で、京極派の特異表現とみなしてよいものである」p285
たしかに、八代集でそれらしい語を含む歌はぱっと思いつかない。
「伏見院は天皇であり、ディレッタントであるだけに、為兼より発想も用語もはるかに奔放無碍であり(略)、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 19, 2025
かつそれらを日常的素描の形で鷹揚に投出したまま、完成作に至らず終らせてしまぅた部分が少なからずある。
それらのある部分が(続く)」
×しまぅた
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) January 13, 2026
◯しまった
「(続き)それらのある部分が永福門院によって継承玉成された例を前著二〇九頁に見たが、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 19, 2025
為兼もまたそれらの示唆を心の底深くうけとめ、種子として識の中に養い、やがてこれを自分自身の境として的確にうたい据える、という事があったに違いない」p287#和歌の読書記録
ある種、京極派、または前期京極派がひとつの生き物のように、捉えられる。
「為兼は専門歌人の伝統・格式になずむよりは、教養高い貴人の趣味感覚に学んで自己の感性を磨いた。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 19, 2025
その上で、実景の反復体験を基礎に、先行詠を痕跡の残らぬまでに取りこんで自詠の糧としている」p288
「為兼といえども、先人・同時代人の作品から種々の表現を取り入れて詠作した。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 19, 2025
しかし彼の独自な点は、あくまでも自己の体験を基礎とし、体験の不足を口先だけの古歌摂取でつくろおうとしなかった所にある。
「心」の真実を基本とする態度をくずさなかった所にある」p289
個性的であるということは、先人・先行例に学ばないということではない。
学んだうえでそれを乗り越えたその営みや結果に、他者のそれには見えないなにかが見える、ということだ。
「やはり為兼詠は彼の「心」の真実のまことに正直な表出であって、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 19, 2025
自己愛、その延長としての伏見院への献身、それゆえに身を挺した旅の体験はこのように力強く詠めるが、
現実にそれほどまで心をかたむけた事のない恋の体験は、忠実に心理分析をすればするほどむしろ貧しさが露呈される(略)」p291
【現実にそれほどまで心をかたむけた事のない恋の体験(断言)】
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 19, 2025
「為兼が恋をしなかったときめつけるわけには勿論行かないが、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 19, 2025
系図・諸記録・文学作品を通じ彼の具体的な女性関係を語る資料は皆無であり(略)」
いちおう断言は避けられながらも蓋然性としてはそうだよねと言われている。
「こうした現象は、これだけ活躍し、資料の多い人物としては異例であり、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 19, 2025
彼の一生を通観して主君への強烈な愛情は随処に見られながら家族への愛情と呼べるほどのものは皆無である所からしても、
彼には識の中に種子として深く残る程の豊かな女性関係、恋愛体験はなかったのではないか」p292
岩佐先生に習ったという石澤一志先生は
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 19, 2025
「やや大胆な仮説だが、もしかすると為兼には(略)男色の気があったのではないか。それはこの時代には決して異常なことではなかったし(略)」p55
と書いておられた。https://t.co/XuhbPynhex
岩佐先生続き、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 19, 2025
「それは彼のきわめて自己中心的な性格からもほぼ首肯される所である」p292
ほぼ首肯されてしまった!
しかも根拠! 根拠! (突っ込みつつ私も同意)
この箇所本当におもしろい……。
「為兼といえども、見た事、思った事をそのまま率直に言うだけで独創的秀歌が作れたわけではない事、弘安末年の実験的諸詠を見ても知れよう。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 19, 2025
為兼は古歌を、また同時代の諸詠を実によく読み、よく学び、自己の体験世界に引きつけて消化吸収した。(略)(続く)」
「(続き)その上で、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 19, 2025
或いは古歌の表現を暗示的に取り入れる事によって、
或いは常套的表現をその定石をつき崩す形で用いる事によって、
更には同時代人の試作を止揚して痕跡をとどめず自家薬籠中のものにしてしまう事によって、(続く)」
「(続き)一個人の限定された体験を、時代を超えて誰にも共感しうる、普遍的で深い生命を持った力強い文学に仕立てあげたのである」p293
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 19, 2025
一個人の限定された体験を、そのまま率直に表現して、皆に共感してもらえるわけではない、
ということを歌詠みの皆さんに届けたい。
好き勝手やっているように見える為兼さえ、こんなにも学び、こんなにも工夫しているのよ……。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 19, 2025
聞こえますか? 現代短歌の皆さん……。
「為兼秀歌の背後には、目に見えぬ力として、ディレッタントには到底消化し切れぬ、過去数百年の実作・歌学・歌論の積重ねがある」p294
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 19, 2025
感無量である……岩佐先生……。
「歌道家の虚構的権威に反抗して闘争のうちに新歌風を樹立した為兼は、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 19, 2025
むしろ歌道家出身者の利点、専門家の真の価値を最高度に発揮した人物であった。
最も古きものから最も新しきものが生れる。
その典型を、為兼の完成期歌風は示しているのである。(続く)」
「(続き)和歌史上の為兼の存在の真意義は、ここにあろうかと考えられる」p294
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 19, 2025
岩佐先生……一生ついて行きます……。
この本を読んであらためて理解したことは、岩佐美代子は偉大であるということだ。
為兼と親しかった洞院実泰は、『玉葉集』に序がないのは撰者為兼が「文盲」だったからだと述べるが、前期京極派の活動を見るに彼らの漢詩への関心は強く、「「文盲」の評言はより本格の文章道の素養がない事をさしたものと見ておけばよ」いそう。(p306-307)#和歌の読書記録
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 20, 2025
そもそも京極派和歌の特徴のひとつである双貫句法が漢詩に倣ったものと考えられるわけだし。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 20, 2025
「佐渡以前の為兼に、新渡の水墨八景画による自然美の新境地の発見、感動があり、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 21, 2025
佐渡においてその真実性が外境と内面の双方から確認体得され、
閉居閑暇の中の試作としてこの八景歌が成ったと見るのはあながち不当ではあるまい」p317#和歌の読書記録
私の人生、隠岐に通い、光厳院ゆかりの関西の土地に通う以外は基本的に東京の家で黙々と勉強し歌を詠むばかりだと思っていたけれど、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 21, 2025
岩佐先生の文章を読めば読むほど、佐渡にも行ってみたくなってしまう。
為兼にあのダイナミックな和歌を詠ませる土台になった佐渡とはどんなところなのか。
人生の可能性はこんなふうに広がってゆくものなのかしら。
「京極派自然詠の特色とされる「光線に対する異常な関心」「風・雨・雲・霞・霧などの気象のなかでの描写」「広大な景観」「距離感・遠近感」(略)などは、まさに八景画に代表される中国水墨画の境地であり、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 21, 2025
為兼八景歌こそは水墨画と京極派和歌をつなぐものであったと考えられる」p318
読めば読むほど、この本が岩佐先生の全著『京極派歌人の研究』を踏まえていることがわかるので、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 22, 2025
間違って『京極派和歌の研究』のほうを先に読み始めたりしなくて本当に良かった、と胸を撫で下ろしている(それでも難しいけれど)#和歌の読書記録
×全著
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 23, 2025
○前著
「(続き)伏見院はじめ京極派草創期の諸歌人は、この難題に対応する一つの方法として、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 23, 2025
彼等に共通のもう一つの人生である源氏物語の世界に、自ら作中人物となって生きてみ、詠歌してみるという実験を試みた」p350
源氏が彼らの「もう一つの人生である」という点が重要。#和歌の読書記録
「自分の体験を詠んだから実感がこもっていて良い、物語から創ったり想像して創ったりした歌はしょせん作り物」
というようなふざけた歌論を掲げる人には距離を置きたいものです。
「今日まで京極派和歌と源氏物語との関係についてほとんど注意されていなかったのは、その関係が薄かったからではなく、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 23, 2025
彼ら揺籃期以来の歌人達が、源氏の中から摂りうるだけの栄養分を吸収して、その痕跡をすらとどめぬほど、完全に自己の歌風形成の中に生かしきってしまったから」p353
読み手のレベルの低さを想定しそれに配慮した源氏取りなど、彼らはしていませんからね。
忘れてはいけない。前期京極派の母体は熙仁親王と愉快な文学仲間たちである。
岩佐美代子先生の文章って、一文が長いなど諸々の理由で決して読みやすくはないのだが、しかし癖になるものがある。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 26, 2025
対象への敬愛が文に滲み出ているせいではないか、と考えているし、私もそういう文章を書きたい(一文は短くしていいし、読みやすく書く努力はするけれど)#和歌の読書記録
「これら公経・公相の逸話に見る、必ずしも一流派・一家説にこだわらず、よいものは自由に取り入れ試みるという、専門家職とは異なるよい意味でのディレッタントの精神は、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 26, 2025
和歌における西園寺家のあり方(略)ともあい通ずるものであろう」p363
おお。岩佐先生はやはり後醍醐さんのことを「後醍醐院」と書いていらっしゃる。当たり前だけどうれしい。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 26, 2025
後醍醐が退位した事実はない、という史観には私も立ちません。
実兼と今出河院は同母きょうだいか。#和歌の読書記録
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) October 27, 2025
北畠師親女とされてきた北畠(源)親子は、おそらく中院(源)具氏の娘で、具氏の死去で具氏いとこの師親の猶子となった…φ(..)メモメモ
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 14, 2025
だとすると中院具顕の妹ですね。
伏見院皇子尊悟法親王の母「権大納言局、参議具氏女」も同一人物か。(p377)#和歌の読書記録
具氏死去の時点で具顕はある程度年齢が行っていたから、具顕は父のいとこの猶子にならなかった、ということなのだろうか。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 14, 2025
京極為子は『続古今集』入集「大宮院権中納言」と同一人物…φ(..)メモメモ
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 14, 2025
大宮院にも仕えていたということか。
「玉葉集は(略)撰集素材としての特定の応制百首を持っていない」p395
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 15, 2025
中世における同例の新勅撰、新拾遺集には、厳密な応制百首はないが類似するものはあるそう。#和歌の読書記録
「思うに、永仁期までの京極派歌人等の実力は、本格的な応制百首の詠出には到底堪ええない程度のものであったに違いない」p396
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 15, 2025
二条派的な和歌であれば応制百首も容易いが、という意味。
「二条派的な和歌を詠むのであれば、永仁期までの京極派歌人等であっても、応制百首は容易いが」の意味。
「このように撰集資料の目的で編纂された「書抜」であったろうと推測されるにもかかわらず、(略)結局、撰集資料としてはほとんど役立てられなかった。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 15, 2025
しかしそれは、永仁度の撰集計画が解消してのち、正安~乾元の政治的逆境を越えて、京極派の歌風が飛躍的に進展したがためである」p398
エモい。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 15, 2025
20代とか30代前半とかの自分を振り返り、また当時の歌を読み返すと、恥ずかしすぎて目も当てられなくなる。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 15, 2025
しかしそれはその後「この方向だ」という正しい成長の方向を見つけ、その方向に飛躍的に成長しているからこそである。
と考えることで自分をいつも慰めている。
過去の自分(たち)の用意したものが、未来の自分の飛躍的成長により不要になる。
残酷だが、美しい。
「こうした傾向は、正応~永仁初年詠の集成と思われる親子・兼行・為子各集の歌風にも見られる所で、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 17, 2025
(略)
のように、持ってまわった大げさな、或いは俗語風にくずれた物言いで、常套的な発想を何とか新しげに見せかけようという努力のあらわれという点で両者は共通しており、」p412
常套的な発想を何とか新しげに見せかけようと努める現代短歌の皆様、ご安心ください。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 17, 2025
私の敬愛する前期京極派歌人たちにもそのような時期がありました。
ただし彼らは卑小な自己に正しく絶望し、自己をあらしめる大いなる力に気づく過程を経て、数百年残る傑作を詠出したわけですが。#和歌の読書記録
己がいかに陳腐で(存在としてではなく機能として)替えの利く程度のものでしかないか、ということに気づかず、生まれたままの自己を鍛えることなくかわいいかわいいと甘やかしてきただけの人間には、とうてい詠出できない和歌です。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 17, 2025
聞こえますか? (略。
「漢字者歌人匡房(p432)」は、一瞬「漢学者の誤植? 」と思ったけれど、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 18, 2025
チャッピーによると「漢字者」という語は存在し、大江匡房は漢字者と呼ばれてもおかしくない存在であるらしい。
勉強!#和歌の読書記録
新古今=複数撰者=撰者全員より上位の貴人の歌を巻頭に置き丸く収める
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 18, 2025
「これで歌壇のパトロンが巻頭にすわる例ができたので、新勅撰の後堀河院(略)はごく自然に導き出されて来る妥当な線」p432
巻頭の後堀河院はこういうことだったのか。
覚助法親王は後嵯峨皇子、後深草の弟、伏見院にとっては叔父にあたる方か。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 23, 2025
「玉葉集に一一首、風雅集に七首入る等、持明院統ないし京極派と親しい関係にあった」p462#和歌の読書記録
「二六名それぞれの肉筆に接し、これがわが国未曾有の内乱に引き裂かれた人々の、花園院供養という一事に真心を結集して成しとげた妙行である事を思う時、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 28, 2025
六百年の時の流れを経て、いきいきとした彼等の面影が目の前にうかんで来るように感じられる」p494#和歌の読書記録
そのように感じられる岩佐先生のお心が、限りなく美しいのです。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 28, 2025
これらに接したとてなにも感じない人、単なる研究対象としてのみ向き合う人、それぞれですから。
これを単なる想像力で片づけたくない。お人柄だと思う。
私もかくありたい。
「これら、既出新出の資料の中には、現代から見て「京極派的」でない故に、また遊戯的作品と見られるが故に、無視されがちなものも多い。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 28, 2025
しかし(続く)」
「(続き)しかしそれらをも含めた全円的な京極派和歌のあり方を、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 28, 2025
ーーある時期までのように美点のみを賞揚したり、その反省もあって弱点を強調しあげつらったりするのでなくーー
正当な形で和歌史の中に位置づけて行くのが今後の研究者の任務であろう」p496
この誠実さ。
岩佐先生以外の方をとおして京極派に出逢っていたとしたら、私、現在のように「光厳院のように美しく」「永福門院のように誠実に」生きようとまで影響を受けなかったかもしれないな……。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) November 28, 2025
私にとって光厳院は揺るぎない人生の指針ですが、
その光厳院をそのように私に教えてくださった岩佐美代子先生も偉大な恩人です。
為兼立春百首なう。し、しんどい……(京極派最初期なので)#和歌の読書記録
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) December 1, 2025
引き続きしんどい歳暮百首。#和歌の読書記録
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) December 2, 2025
字余りの多い京極派の、まだ方向性の定まらぬまま伝統を破ろうとして結果的に奇矯な表現ばかりになった初期為兼詠草を読みながら、字余り句に数字を振っているのだけど、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) December 3, 2025
そんな、字余り多発中の為兼でも
5音句を6音にした字余り句で「3-3」以外の音数律であるものはほとんどない。#和歌の読書記録
あの為兼の初期詠草でさえ、「6音字余り句の音数律を『3-3』以外にしない」という点は守っているし、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) December 3, 2025
その後成功した京極派でもそれはほぼ踏襲されている。
現代和歌はもちろん、現代短歌のほうでもそこはもう少し注意していいかなと思う。#歌の詠み方
初期の為兼3詠草をすべて読み終えたら、改めて、6音字余り句で音数律が「3-3」以外であったものの数とその割合を書きますね。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) December 3, 2025
乞うご期待。
と書いたものの、学者ではないので調べるところまでして数え上げるところは諦めた。
必要に応じて今後やります。
初期の為兼3詠草読了。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) December 5, 2025
やはりこのなかでは花三十首がまだ読みやすいというか、読むに堪えうる。
のちの京極派叙景歌の片鱗を思わせる歌もちらほら。
(残り2詠草も、もちろん大きな意義はある。ただ、読んで楽しめる種類のものではない)#和歌の読書記録
意義があるかどうかと、鑑賞して楽しめるかどうかは、別。
『新後拾遺集』と『新続古今集』の為兼入集歌、出典がすべて弘安百首……。#和歌の読書記録
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) December 26, 2025
二条派には為兼の詠草資料がほかにほとんどなかったのでしょうね。
以上です。ありがとうございました。
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