冬コミ配布冊子『京極派和歌――世界が澄んで見えるとき』全文公開
こちらでご紹介する文章は、2025年冬のコミックマーケットで小冊子として無料配布したものです。
京極派和歌は、技巧や感情の強さを競うための和歌ではありません。
世界をどう見つめ、どのように生きるのか――そんな問いを、一首一首に沈めていった人びとの歌です。
ままならないことも多い現実のなか、京極為兼、永福門院、光厳院ら京極派歌人は、
世界を見限らず、腐ることなく、自分自身の心とまなざしを研ぎ澄まし、歌を詠み続けました。
この小冊子は、京極派和歌を「知識」として紹介するものではありません。
濁りのない目で世界を見ようとした歌人たちの営みの結実として、京極派和歌を見つめ直すための、ささやかな導入です。
ページ数の関係で、文章も歌も限られたものになりますが、京極派に触れる最初の一歩としてはかえって適切なのかもしれません。
まずは、冊子配布時と同じ内容の本文を無料で公開します。
非常に短い文章です。お気軽にご覧ください。
PCなどに保存してじっくり読みたい方、印刷して手元に置きたい方がいらしたら、と考えPDFデータも用意しました。
こちらは低価格ですが有料とさせていただきます。
京極派歌人と和歌が大切にしてきたまなざし。
そこに触れ始めているご自身を、ぜひ、ゆっくり味わってみてくださいね。
京極派和歌――世界が澄んで見えるとき

京極派和歌は、世界を見つめる真実のまなざしを大切にした人びとの歌です。
季節の光や風、胸にさざめく感情を、その場かぎりの気分や独りよがりな解釈としてでなく……自分の生き方ごと引き受けて詠もうとしました。
皇統の争い、後醍醐天皇の建武の新政や南北朝の内乱で世のなかが大きく揺れていた時代。
おのれの信じる正しさが簡単には証明されない、時に徹底的に否定される世界で、京極派歌人たちは「いかに生きるのか」という問いを一首一首に沈めてゆきました。
永福門院や花園院、光厳院のように、皇族として誇り高く身を処した歌人も多いです。
政争に負けても、華やかな場から離れても、世界を見つめ、自身の心の動きを丁寧にたどった彼らの営み。
これらは、伝統の枠組みから飛び出し、いきいきとした自然の歌や思索的な歌へと実を結びます。
技巧的な和歌や、感情を吐き出したような和歌、恋の駆け引きの和歌ばかりが和歌ではない、と京極派和歌は教えてくれます。
その美意識に感銘を受け、なかには生き方に影響を受ける読者さえいます(私のように)
もしページを閉じたあと、いつもの景色がいつもより澄んで見えたなら、あなたはもう、京極派和歌の魅力に捉えられているのかもしれません。
行く先は雪のふぶきにとぢこめて雲に分け入る志賀の山越え 京極為兼
つくづくと春日のどけきにはたづみ雨の数みる暮ぞさびしき 九条左大臣女
雨の音のきこゆる窓は小夜ふけて濡れぬにしめるともしびの影 伏見院
ま萩ちる庭の秋風身にしみて夕日の影ぞ壁に消えゆく 永福門院
つばめ鳴く軒端の夕日影きえて柳にあをき庭の春風 花園院
つばくらめすだれのほかにあまた見えて春日のどけみ人影もせず 光厳院

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