『キリストの誕生』覚え書き ~和歌の読書記録~
眠れないので続編、遠藤周作『キリストの誕生』を読む。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 16, 2026
こちらもやはり2005年に買っていたらしい。何度目か、何年ぶりか、もう覚えていない。https://t.co/s22bEdXqQp#Amazonアソシエイト https://t.co/3JOhnRUCgB
『キリストの誕生 (新潮文庫)』遠藤 周作
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) June 5, 2026
十数年ぶりの再読。
イエスの真意は果たして死後キリストとして解釈されることだったのだろうか、とは思う。
弟子たちの行動の描き方から、...#読書メーター #和歌の読書記録https://t.co/KjFLAzuUkt
『イエスの生涯』と同じく、学生時代に繰り返し読んでいた本の再読です。
『キリストの誕生』覚え書き ~和歌の読書記録~
眠れないので続編、遠藤周作『キリストの誕生』を読む。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 16, 2026
こちらもやはり2005年に買っていたらしい。何度目か、何年ぶりか、もう覚えていない。https://t.co/s22bEdXqQp#Amazonアソシエイト https://t.co/3JOhnRUCgB
数度の断捨離を経て、20年以上持っていたようです。
※特定の宗教への信仰はありません。私はナザレのイエスを人として捉え、尊敬する立場です。
「芸術家は自分が創作の衝動を受けた素材を、そのまま、描いたりせぬ。(略)
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 16, 2026
芸術家の心の営みのなかでその素材は別の場所に移し変えられ、別の次元に再構成されていく。
そして創り出される作品はやがて素材とは外見上、似ても似つかぬ色彩や構成やイメージを持ったものになっていく」p25
聞こえますか? 現代短歌の(大半の)皆さん。#全員とは言っていない
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 16, 2026
式子内親王や俊成卿女の恋歌を彼女らの体験として読もうとする馬鹿者たちにもよくよく読んでほしい。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 16, 2026
そんな読み方は、遠藤周作の芸術論を引くまでもなく、国文学ではとっくに否定されている。
「だが、だからと言ってその作品とその作品を生む深い動機となった素材との、本質的な関係を否定する愚か者が何処にいるだろう」p25
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 16, 2026
式子内親王が男性恋歌を特に好んで試みた事実は、このように考えるべき。
「実際にそのような激しい片想いをしたから」などと読むことは許されない。
正論を言うと嫌われるのだが、これは絶対に取り下げてはいけない。
あと「(大半の)」を読み落として突っかかってくる方には「なにかお心当たりでも? 」とだけ返す。
「イエスが卑怯だった自分たちすべての助命と引きかえに十字架で処刑されたことを決して忘れることはできなかった。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 19, 2026
恥心と後悔とに苦しみながら彼等はこの気持を更に発展させて、イエスは人間のすべての罪を一人ひき受けて死んだのだと考えるに至ったとしてもふしぎではない」p54#和歌の読書記録
「彼には生れたばかりの組織の指導者として多くのユダヤ人を刺激するような冒険を避けたいという気持があった。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 19, 2026
しかし神殿や律法よりも愛を高くみた師イエスの考えを誰よりも知っているのも他ならぬペトロ自身だった。(続く)」
「(続き)そんな彼にはステファノたちの過激ではあるが純粋な意志を否定することはできない。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 19, 2026
そこにペトロの弱さがあり、その弱さを彼は充分、意識していただろう」p87
「かつて師の処刑当日かみしめた屈辱、自己嫌悪、心の呵責ーーそれと同じものをステファノの死やエルサレム市中でのリンチの報告が入るたびに彼等がふたたび味わなかったと、どうして言えよう。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 19, 2026
イエスが殺された日、彼等は自分たちの弱さを痛切に自覚したが、(続く)」
「(続き)ステファノが殺された日、彼等は過去と比べあわせて自分たちがまだ変っていないことに気づいたのである。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 19, 2026
こうした心理をもちろん使徒行伝は一言ものべてはおらぬ。
だが行伝の作者ルカはその代りにステファノ事件の描写をイエス処刑の描写と同じ形式にすることによって、(続く)」
「(続き)ペトロや使徒たちの弱さと苦しみを我々に暗示しているのである」p95-96
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 19, 2026
「行伝の第七章、第八章の目的はステファノ事件をありのまま報告することではない。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 19, 2026
行伝はむしろ弱かった弟子たちがイエスの死後さえも、ふたたび同じ人間的な悲しみを噛みしめねばならなかったこと、人間は死ぬまで自分たちの弱さに躓くことを語りたかったのだ」p96
「ソウロはこのステファノを烈しく憎んだ。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 19, 2026
ステファノがソウロにとって全く同意できぬ妄説を唱えたためではない。
逆にソウロ自身は心の底で自分もそう思いながら、怖れ、かくしていたものを、ステファノがはっきり口に出したから憎んだのである」p105
現代の私たちもよく経験するやつだ。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 19, 2026
「なにかお心当たりでも? 」ということです。
生前のイエスを知る弟子たちはイエスの愛や犠牲を重視し、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 19, 2026
生前のイエスを知らないのにイエスが自分に顕れ回心した経験に立脚するパウロはキリストの復活を重視する、
というイメージ。
「彼(ポーロ/パウロ)にとっては生前のイエスなどもう問題ではなかった。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 19, 2026
キリストのみが問題だったのだ」p140
「迫害を受ければ受けるほどポーロとその弟子はイエスの死の苦しみを思い、その復活を考えた。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 23, 2026
けだしポーロにとってイエスの生涯のうち、その死と復活とだけが問題だったからである」p179#和歌の読書記録
「 (ルカがポーロの死を描かなかったのは)なぜか。理由は明らかである。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 27, 2026
それはポーロの死があまりにもこの雄々しく強い信仰の人にふさわしくない、あまりにもみじめな、あまりにもあわれな死だったからである」p202#和歌の読書記録
「(略)それほどの男ならばそれに相応しい栄光ある死をもって酬われるだろうと、彼の仲間たちが長い間思いつづけていたとしてもふしぎではない。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 27, 2026
その男が生涯をとじる時は、それがたとえ殉教であれ、英雄の死のように人々が感動する死を神から与えられるという願いが人々の心のどこかにあった筈」p202
「ポーロが長い間、戦わねばならなかった異邦人問題は外発的なこのユダヤ戦争のおかげで一挙に解決の方向にむかったのである」p230
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 31, 2026
皮肉だけど、現実問題それ(エルサレム弟子グループの消滅)以外での解決は不可能だったと思う。
話し合いでどうこうなる問題とは思われない。#和歌の読書記録
「ひとつの宗教はそれが組織化されるだけでなく、神についての謎をすべて解くような神学が作られた途端、つまり外形にも内面にもこの人生と世界について疑問と謎がなくなった瞬間、衰弱と腐敗の坂道を転がっていくのである」p231
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 31, 2026
「原始キリスト教団はこの人生と世界についての疑問と謎とを解くことができなかったゆえに、その信仰は衰えることなく次の世代にバトンを渡せたのである」p231-232
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 31, 2026
「勿論、最初は弟子たちの心にも自分の裏切りに辻褄をあわせようとする心理は働いたにちがいない。(略)
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 31, 2026
だが、いかに懸命に論理を働かせても、いかに必死に理窟をつくっても彼等の場合は空しかった。
おのれのやましさ、いやらしさ、卑怯さは明らかだったからである(続く)」
「(続き)のみならず自分たちの裏切りを知りながら、すべてを許したイエスの大きな愛情の前には、彼等はただもう、首をたれるより他はなかったのであろう」p236
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 31, 2026
「聖書を読むたび、私は裏切りのあと、転び者や脱党者のように自己弁解、自己正当化ができなかった弟子たちのこの心理に思いをめぐらさざるをえない。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 31, 2026
それはそれだけイエスがどのような人だったかを私たちにほのかに想像させるからである」p236
「イエスはその愛を言葉だけでなく、その死によって弟子たちに見せた。(略)
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 31, 2026
弟子たちは命をかけたこのすさまじい愛の証明の前にもう他に言うすべがなかった。
自己弁解も自己正当化も不可能になったのである」p237
私が光厳院に出会い、生き方を改めたのにも、似たようなところがある。
ああいう生き方を知ったあと、なお人間としての自然に従い「人間だから仕方ない」と自己弁解、自己正当化して生き続けるのは、不可能である。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 31, 2026
少なくとも私にはそうだった。
だから、幸福とは一言で言い難いが後悔のないこの厳しい生き方に、おのずと入ることになった。
それはある種の信仰だけど、私は光厳院を神格化しない。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 31, 2026
倫理的信仰という概念がある、とチャッピーには教わった。そうなのだと思う。
使徒たちのありようから生前のイエスのありようが想像されるように、
私の生き方から光厳院の生き方が想像される、そのように私は生きてゆきたい、といつも思っている。
「彼はこの謎を弟子たちに突きつけたまま、世を去った。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 31, 2026
彼は弟子たちにその解答を教えなかった。
彼はその謎に解決をつける自由を弟子に与えたまま死んでしまった。
いや弟子にだけではなく、今日もすべての人間にイエスはその謎と解答の自由を与えている」p237
「こうした重ねあわせを見て、イエスの受難物語が事実を描写しているのではなく、創作だということはやさしい。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 31, 2026
しかし、それだけでは、まったく意味がない。(続く)」
「(続き)私はこの重ねあわせを見る時、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 31, 2026
イエスの受難の謎とイエスの死にたいする「神の沈黙」の問題を必死になって解こうとして、手掛りを預言者の言葉から探し出そうとした弟子たちの涙ぐましい努力を思いうかべざるをえない」p240-241
吉田裕子さんも、史実そのものだけでなくその史実がどのように伝承されていったかに興味がある、と言っている。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 31, 2026
なぜ各地に静御前伝説や義経伝説があるのか。
「言語は聖なるものを完全に表現できぬ」p246
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 31, 2026
私は言語芸術の担い手なので、
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 31, 2026
そうでないほかの誰よりこのことを理解しているつもりだ。
「聖なるもの」は、「普遍なるもの」「真実なるもの」などと言い換えてもよい。
「この矛盾とこの不合理とこの謎を前にして彼等がなお絶望しなかったとすれば、それは驚くべき信仰である。
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) May 31, 2026
この矛盾とこの不合理を前にして、なお彼等がイエスを信じつづけようとしたならば、
そのイエスは一体、どのような人物、どのような存在だったのだろう」p249
高橋たか子の「解説」より
— 梶間和歌@令和の京極派 (@WakaKajima) June 2, 2026
「小説家とは、その他の文筆業者とはすこし違っていて、物事をストレートに語る人ではない。(略)
であるから、逆に、残されている誰かの文章に接した場合、
自分のしている操作を逆に使って、直接には表現されていない裏の意味をさぐることに敏感なのである」p254
以上です。ありがとうございました。
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今後とも、それぞれの領分において世界を美しくしてゆく営みを、楽しんで参りましょう。
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