No.43 続「第4の場所」
気を取り直して続きから
人と場の関係性
昨夜は記事の制作開始が23時を過ぎていて、不覚にも配信が日付をまたいでしまい、連続更新記録はまたも途切れてしまいました( ノД`)シクシク…
まぁ、そんなこともありますよね!
なんかむしろ、リアリティショーっぽくて乙!
気を取り直して昨夜の続きです(^^)/
生物と場の間には、ある種の視えない糸のような関係性があるようだ。そのことを示唆している理論として「アフォーダンス」をご紹介しました↓
人が、想いが、人にとって良い場所を創る。
そうして産まれた場所が、人々を良くしていく・・・
なんか漠然と、そんな風に場づくりを考えて来てたんですよね。
けれどもこのアフォーダンス理論によれば、場と言うものは能動的に人に作用しないというのですよ。
つまりは人が場から何かを感じ取って、影響を受けて、行動変容していくことは、あくまでも偶然の産物であって、場と言うものは人に作用するために造られてはいない・・・と。
アフォーダンス理論への誤解
デザインや建築の世界、特にユニバーサルデザインやダイバーシティ・デザインみたいな感じの業界や仕事で、この「アフォーダンス」が誤用されているように感じます。
例えばこんな感じ・・・
「このピクトグラムじゃアフォーダンスが足りないんじゃないか?」
「人が自然に使える感じが、アフォーダンスされていて良いね!」
要するに、使用者である人が、例えば国籍や人種、障害の有無、性別の違いを越えて、誰しもが「~しささる(北海道弁)」ようになっている状況やデザイン等を「アフォーダンスが効いている」みたいに言うみたいなんですよ!
しかしですよ?
そもそもアフォーダンス理論は、環境側から人に作用を仕掛けるものではないんです!
だから制作者の意図によって、使用者に何らかの動作や効果を、操作性をもって促すといった時点で、それは単なる「明示性」や「操作性」なんであって、アフォーダンスではないんですっ!!!

はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・(; ・`д・´)
すみません。取り乱しました(-_-;)
場づくりと何か?
「場の性質を理解する」が始まり
昨日お話した例え話「金魚と水の関係」でお話しますね。
水は金魚にとって、「呼吸できる場」なわけです。
水の側は、金魚に呼吸させるために、存在している訳ではありません。
もっというと、生物進化の歴史で、金魚と言う種は、自身の呼吸を確保できる場を探していた結果、ようやく辿り着いて「水を選んだ」のでもありません。
たまたま水に酸素が含まれていて
たまたまエラで酸素を取り込める体の金魚が存在していて
たまたま水中に金魚が生存していた
これがアフォーダンス的な正解なんです。
例えば「場づくり」において、ゼロベースからある「効果を狙った」場を、デザインして、その中で人がどのように行動し、有用感を得られるかを計算しつくせたとしましょう。
そのようにして出来た場は、確かにユニバーサルになるし、ダイバーシティ・デザインとも呼べます。それは場「造り」として大正解だと思います。
しかしその場「造り」は、既存の要素を活用して作られた場ではありません。そのような場は、常に人間が作為的に関わり続けなければ、自然に増えていくこともないし、その効果等も持続しません。
人間の諸行と言うのは、かくも無常なものだからです。
このことはつまり、
ユニバーサル「包摂的」で
ダイバーシティ「多様」であるが、
サステナブル「持続的」ではないし
アフォーダンス「提供性」でもない
となるのです。
場を創るうえでのアフォーダンスの理解は、
「どうやれば人は惹きあうのか?」を造る事ではなく、
「どうしてこの人達は、この場において惹きあったのか?」
を探るものなのです。
つまりはその場に隠された「神のルール」を見つけること。
人と場に隠れた「方程式」を探す
これは僕が、若草しあわせ研究所のプロジェクトに据えている考えです。
作為的に造られた場は、持続性を持たず「打ち上げ花火」で終わってしまいます。
人々が幸せに成れる場所には、なにか隠れた「方程式」がある。
僕たちは未だ、その方程式を、我が町の中に見つけられていないのではないか?
僕ら「若草しあわせ研究所」は、その実践としては「社会教育活動」を主として行きます。
「社会教育」は地域住民同士の「交流」「対話」「協働」を積み上げて行って、そこに住まう、関係性ある人々の中に「信任」を醸成する事を大きな使命としています。
これからの時代においては、物資や貨幣価値と言った「経済性の幸福論」だけでは、人々の幸福感は生まれない。
むしろこれからは「関係性の幸福論」が必要となると、国の中でも議論が進んでいるのです↓
そのための突破口として挙げられているのか「社会教育」的活動の創出なんです。
各省庁がその社会構造へのブレイクスルーとして、「教育」や「学習」と言う概念を取り込み始めているのも、この潮流があってのもの。
しかしこの「社会教育」には、「特徴」でもあり「弱点」にもなる、ある特性を有しています。
その特性とは・・・
対象や効果を設定しない活動
つまりは「やる事に意味がある」「結果じゃない」というもの。
これが社会教育最大の独自性であると共に、他の省庁が100%の導入をしない理由でもあります。
介護保険制度は「国民の介護負担をどれだけ軽減できたか?」を図る必要があります。
学校教育も「子どもたちの学力がどれだけ高まったか?」を測らなければなりません。
恐らくは社会教育以外の全ての制度や実践において、この「対象者」に対する「効果測定」が不可避なのです。
そしてこの事が、各種の社会福祉施策や学校教育における実践に、社会教育がいまいちアジャストしない理由と僕は考えています。
だって、そうですよ。
例えば、こんな会話になっちゃうんですもの・・・
「経費100万のこの企画。お客さんへのPR効果はあるんだろうな?」
「お客さんに響くかどうかは知りませんが、やれば変わるはずです!」
こんな企画を持っていったら上司から嫌われますよね(笑)
社会教育の効果は、ここまで「根拠無し」の「しょうもない話」ではないですよ(笑)
進んでいる社会教育の実践は、効果や実績を上げているんです!
しかしです・・・。
直接的に社会福祉や教育現場に確変が起こるようなものでもない・・・。
風が吹けば桶屋が儲かる
的な、緩やかで直接性の感じづらい活動だと言えます。
だからこそ!効果測定と抱き合わせる!
こーゆー考え方なんです、僕ら「若草しあわせ研究所」は!
しかしそんな都合の良い「効果測定ツール」は存在しないのですよ・・・
ならば創ったらいい!!!
それが今、僕が夜な夜な研究している「W-CHI」というもの。
このW-CHIとは、一体何かと言うと・・・
続きはまた明日!
今日も読んでくれてありがとうございます‼️
明日も読んでやってください😉
【若草しあわせ研究所:若ラボ】について

「しあわせは、いつだって町にある」を理念に、北海道登別市の若草小学校区(若草町・美園町・上鷲別町)をフィールドに社会教育活動を中心とする任意団体です。
町内会、PTA、学校、そして住民の皆さんと共に、この町でずっとしあわせに暮らしていくための「町づくり」を支えていきます。
▼ 公式WEBサイトはこちら https://waka-lab.jimdofree.com/ (活動実績や最新のお知らせを更新中!)
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