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気を取り直して続きから

人と場の関係性


昨夜は記事の制作開始が23時を過ぎていて、不覚にも配信が日付をまたいでしまい、連続更新記録はまたも途切れてしまいました( ノД`)シクシク…

まぁ、そんなこともありますよね!
なんかむしろ、リアリティショーっぽくて

気を取り直して昨夜の続きです(^^)/

生物と場の間には、ある種の視えない糸のような関係性があるようだ。そのことを示唆している理論として「アフォーダンス」をご紹介しました↓

人が、想いが、人にとって良い場所を創る。
そうして産まれた場所が、人々を良くしていく・・・

なんか漠然と、そんな風に場づくりを考えて来てたんですよね。

けれどもこのアフォーダンス理論によれば、場と言うものは能動的に人に作用しないというのですよ。

つまりは人が場から何かを感じ取って、影響を受けて、行動変容していくことは、あくまでも偶然の産物であって、場と言うものは人に作用するために造られてはいない・・・と。

アフォーダンス理論への誤解


デザインや建築の世界、特にユニバーサルデザインやダイバーシティ・デザインみたいな感じの業界や仕事で、この「アフォーダンス」が誤用されているように感じます。

例えばこんな感じ・・・

「このピクトグラムじゃアフォーダンスが足りないんじゃないか?」
「人が自然に使える感じが、アフォーダンスされていて良いね!」

要するに、使用者である人が、例えば国籍や人種、障害の有無、性別の違いを越えて、誰しもが「~しささる(北海道弁)」ようになっている状況やデザイン等を「アフォーダンスが効いている」みたいに言うみたいなんですよ!

しかしですよ?
そもそもアフォーダンス理論は、環境側から人に作用を仕掛けるものではないんです!

だから制作者の意図によって、使用者に何らかの動作や効果を、操作性をもって促すといった時点で、それは単なる「明示性」や「操作性」なんであって、アフォーダンスではないんですっ!!!

はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・(; ・`д・´)

すみません。取り乱しました(-_-;)

場づくりと何か?

「場の性質を理解する」が始まり


昨日お話した例え話「金魚と水の関係」でお話しますね。

水は金魚にとって、「呼吸できる場」なわけです。

水の側は、金魚に呼吸させるために、存在している訳ではありません。
もっというと、生物進化の歴史で、金魚と言う種は、自身の呼吸を確保できる場を探していた結果、ようやく辿り着いて「水を選んだ」のでもありません。

たまたま水に酸素が含まれていて
たまたまエラで酸素を取り込める体の金魚が存在していて
たまたま水中に金魚が生存していた

これがアフォーダンス的な正解なんです。

例えば「場づくり」において、ゼロベースからある「効果を狙った」場を、デザインして、その中で人がどのように行動し、有用感を得られるかを計算しつくせたとしましょう。

そのようにして出来た場は、確かにユニバーサルになるし、ダイバーシティ・デザインとも呼べます。それは場「造り」として大正解だと思います。

しかしその場「造り」は、既存の要素を活用して作られた場ではありません。そのような場は、常に人間が作為的に関わり続けなければ、自然に増えていくこともないし、その効果等も持続しません。

人間の諸行と言うのは、かくも無常なものだからです。

このことはつまり、

ユニバーサル「包摂的」で
ダイバーシティ「多様」であるが、

サステナブル「持続的」ではないし
アフォーダンス「提供性」でもない


となるのです。

場を創るうえでのアフォーダンスの理解は、

「どうやれば人は惹きあうのか?」を造る事ではなく、

「どうしてこの人達は、この場において惹きあったのか?」

を探るものなのです。

つまりはその場に隠された「神のルール」を見つけること。


人と場に隠れた「方程式」を探す


これは僕が、若草しあわせ研究所のプロジェクトに据えている考えです。

作為的に造られた場は、持続性を持たず「打ち上げ花火」で終わってしまいます。
人々が幸せに成れる場所には、なにか隠れた「方程式」がある。
僕たちは未だ、その方程式を、我が町の中に見つけられていないのではないか?

僕ら「若草しあわせ研究所」は、その実践としては「社会教育活動」を主として行きます。

「社会教育」は地域住民同士の「交流」「対話」「協働」を積み上げて行って、そこに住まう、関係性ある人々の中に「信任」を醸成する事を大きな使命としています。

これからの時代においては、物資や貨幣価値と言った「経済性の幸福論」だけでは、人々の幸福感は生まれない。
むしろこれからは「関係性の幸福論」が必要となると、国の中でも議論が進んでいるのです↓

そのための突破口として挙げられているのか「社会教育」的活動の創出なんです。

各省庁がその社会構造へのブレイクスルーとして、「教育」や「学習」と言う概念を取り込み始めているのも、この潮流があってのもの。

しかしこの「社会教育」には、「特徴」でもあり「弱点」にもなる、ある特性を有しています。

その特性とは・・・

対象や効果を設定しない活動


つまりは「やる事に意味がある」「結果じゃない」というもの。

これが社会教育最大の独自性であると共に、他の省庁が100%の導入をしない理由でもあります。

介護保険制度は「国民の介護負担をどれだけ軽減できたか?」を図る必要があります。
学校教育も「子どもたちの学力がどれだけ高まったか?」を測らなければなりません。

恐らくは社会教育以外の全ての制度や実践において、この「対象者」に対する「効果測定」が不可避なのです。

そしてこの事が、各種の社会福祉施策や学校教育における実践に、社会教育がいまいちアジャストしない理由と僕は考えています。

だって、そうですよ。
例えば、こんな会話になっちゃうんですもの・・・

「経費100万のこの企画。お客さんへのPR効果はあるんだろうな?」
「お客さんに響くかどうかは知りませんが、やれば変わるはずです!」

こんな企画を持っていったら上司から嫌われますよね(笑)

社会教育の効果は、ここまで「根拠無し」の「しょうもない話」ではないですよ(笑)
進んでいる社会教育の実践は、効果や実績を上げているんです!

しかしです・・・。
直接的に社会福祉や教育現場に確変が起こるようなものでもない・・・。

風が吹けば桶屋が儲かる

的な、緩やかで直接性の感じづらい活動だと言えます。


だからこそ!効果測定と抱き合わせる!


こーゆー考え方なんです、僕ら「若草しあわせ研究所」は!

しかしそんな都合の良い「効果測定ツール」は存在しないのですよ・・・

ならば創ったらいい!!!


それが今、僕が夜な夜な研究している「W-CHI」というもの。

このW-CHIとは、一体何かと言うと・・・


続きはまた明日!
今日も読んでくれてありがとうございます‼️
明日も読んでやってください😉


【若草しあわせ研究所:若ラボ】について

「しあわせは、いつだって町にある」を理念に、北海道登別市の若草小学校区(若草町・美園町・上鷲別町)をフィールドに社会教育活動を中心とする任意団体です。

町内会、PTA、学校、そして住民の皆さんと共に、この町でずっとしあわせに暮らしていくための「町づくり」を支えていきます。

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