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4年ぶりのnote、そしてこれから

こんにちは、和歌子です。

突然ですが、4年ぶりにnoteを再開することにしました。

「4年間、何をしていたの?」

ひと言でいうなら、ヒーリングの旅に出ていました。

旅といっても、世界一周をしていたわけではありません。
自分の心と向き合う、内側の旅を続けていました。

その過程で、11年間ともに歩んだ夫と離婚。
そして、10年間勤めた大学も、来月で退職することになりました。

暮らしも、人間関係も、大きく変わりました。

それまでの私は、自分の気持ちよりも、周りの期待や、その場で求められていることを優先するのが当たり前になっていたように思います。

ちゃんとしていたい。
人に迷惑をかけたくない。
期待を裏切りたくない。

けれど当時の私は、それを「我慢している」とも、「人目を気にしている」とも思っていませんでした。

相手の気持ちや事情を考え、それに応えることが、あまりにも自然だったからです。

この4年間で少しずつ見えてきたのは、誰かの期待に応えようとしていたこと以上に、その陰で、自分が本当は何を感じ、何を望んでいるのかが、見えにくくなっていたということでした。

自分がなぜ生きづらさを感じてきたのか。
なぜ、ときどき強い怒りが湧いてくるのか。

その理由を、少しずつ理解していく時間でもありました。

そして、これまで「生きづらさ」だと思っていたものの裏側に、自分なりの感性や才能が隠れていたことにも気づきました。

自分を変えようとするのではなく、自分を見る角度を変えてみる。
そして、自分の気持ちを置き去りにしていないか、ときどき立ち止まって確かめる。

そうしながら、少しずつ生き方を選び直してきたのだと思います。

もちろん、すっかり別人になったわけではありません (笑)

今でも、気づけば相手の事情や期待を先に考えていることがあります。
けれど、それに気づいたとき、自分はどうしたいのかを問い直せるようになりました。

誰かとの関係を大切にしながら、自分の人生も大切にする。
以前より少しずつ、そんな選び方ができるようになってきた気がします。

これからこのnoteでは、人類学者として人や社会を見つめてきた経験と、私自身が生き方を選び直してきた経験を重ねながら、こんな問いについて考えていきます。

「普通」って、何だろう。
「自分らしさ」って、何だろう。
私たちは、いつから周囲の期待を、自分自身の望みだと思うようになるのだろう。

ときには自分の体験を通して。
ときには文化や社会を眺めながら。

当たり前だと思っていたものを、少し違う角度から見つめ直す。
そんな文章を書いていけたらと思っています。

4年ぶりなので、少し緊張しています。

はじめましての方も、お久しぶりの方も。
これから、どうぞよろしくお願いします。

P.S. Substackもはじめました!

やっている方いましたら、フォローしてもらえるととってもうれしいです😊




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武田和歌子 (Wakako TAKEDA)|人類学者 私の記事が役に立った、面白かった、笑ったと思った方のサポートお待ちしております!いただいたサポートは更に良い作品を作るためのインプットや、他の素敵なクリエーターさんへのサポートに使いたいと思います。