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AI時代は「知識社会」ではなく「接続社会」になる

最近の中東情勢を見ていて、ふと自分の無知に気づいた。
ドローンはすでに「兵士」に近い役割を持っているし、発電の主力は石油ではなくLNGだ。しかし一方で、物流は依然として石油に強く依存している。

つまり、私がなんとなく知っているつもりでいた世界の前提は、かなり更新されていた。

さらにAIを使っていても同じことを感じる。
昨日までできていたことが、仕様変更で今日はできなくなる。
ツールの機能も、社会の構造も、思った以上のスピードで変化している。

このとき気づくのは、知識の寿命が短くなっているという事実だ。


知識の寿命が短くなった社会

昔は経験が強かった。
長く生きている人ほど、世界の仕組みをよく知っていた。

しかし今は違う。

技術
エネルギー
社会構造
情報環境

すべての変化が速い。

その結果、過去の知識はすぐに古くなる。
経験が役に立たないわけではないが、万能でもなくなっている。

ここで近代社会の知のモデルに、ある限界が見えてくる。


専門家の限界

近代社会は専門家によって発展してきた。

問題を細かく分け、深く掘る。
この方法は科学や技術を大きく進歩させた。

しかし副作用もある。

それは全体が見えなくなることだ。

例えば医療を考えるとわかりやすい。
昔の町医者は身体全体を見ていたが、現代医療では臓器ごとに専門医が分かれている。

もちろん専門医は必要だ。
だが同時に、「全体を見る視点」は弱くなりやすい。

広角レンズと望遠レンズの両方が必要なのに、望遠レンズだけが発達してしまったような状態だ。


博物学というヒント

ここで思い出すのが、近代以前の学問である「博物学」だ。

博物学者は特定の分野だけを研究するわけではない。

植物
動物
地理
文化

などを横断して観察していた。

彼らの強みは、知識の量ではなく接続力だった。

つまり

理解 = 知識の接続

なのである。


AIはこの構造を大きく変える

AIによって知識の取得コストはほぼゼロになった。
ある程度の情報は、AIに聞けばすぐに出てくる。

しかしここには大きな落とし穴がある。

AIに答えを丸投げすると、
自分で考える力が衰える

AIが便利になればなるほど、人間の思考は弱くなる可能性がある。


AIはベンチプレス

だから私は、AIは答え装置ではなく
ベンチプレスのようなものだと思っている。

筋トレと同じで、負荷をかけることで自分の筋肉が鍛えられる。

AIを使うときも

仮説を立てる
AIにぶつける
疑う
再考する

というプロセスを回すことで、思考は強くなる。

AIは思考を代替する道具ではなく、
思考を鍛える装置なのだ。


誤情報もまた情報

もう一つ重要なことがある。

最近は「情報を選べ」とよく言われる。
確かに危険な人には近づかない方がいい。

しかし情報については少し違うと思っている。

誤情報
陰謀論
極端な意見

これらは事実としては間違っていることが多い。

だが同時に、それは人間の

恐怖
願望
怒り

を強く反映している。

つまり誤情報は、感情の痕跡でもある。

社会を理解するには、それも観察対象になる。


知識社会から接続社会へ

AI時代に重要になる能力は、知識量ではない。

接続力だ。

知識を曼荼羅のように広げ、
理解を螺旋のように深めていく。

観察し、つなぎ、更新し続ける。

AI時代は知識社会ではなく、
接続社会になるのかもしれない。

そしてその時代に必要なのは、
専門家型の知性というより

現代版の博物学者

なのだと思う。

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かわむら よしひろ お互いのコミュニケーション活性化のため、スキ・コメントお気軽に、よろしくお願いします。