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田舎娘からアイドルになった私の経緯と自己紹介

はじめまして、わかなです。

最近、多くの方と関わる機会が増え、「わかなちゃんって何をしているのかわからない」「いつもどこにいるのか掴めない」と言われることが多くなりました。そこで、自分の頭の整理のためも、自己紹介や経歴などをまとめてみようと思います。

少しでも誰かのヒントになれるように、行動に至った経緯やそこでの考えを書いていきます。

少し癖のある人生を送っていますが、どうぞよろしくお願いいたします。

基本情報

名前 わかな(芸名:白石わかな)
年齢 23歳
現在の職業・団体
・すきぴ Inc. 代表取締役(4月設立予定)
・都市と地方を繋ぐ学生団体「寿司MeetUp」創設&代表
・モビリティ版の知るカフェ 運営
出身地 宮城県蔵王町
居住地 東京、仙台の2拠点(東京多め)
大学 宮城大学 農学部(休学中)

現在の活動を一言で言うと、
【東北×東京】+【学生×企業】の架け橋になる人
をしています。

「わかなさんはキラキラしている」よく言われるのですが、実は、たくさんの失敗、挫折を経験してきました。

2年前まで、仙台でライバーや起業家アイドルとして活動していました。

今までいくつかの選択をする中で、挑戦で可能性を広げ続け、一度きりの人生後悔ない選択をするように心掛けています。

私の原点は山暮らし🏔

宮城県の蔵王町出身です。パラオ共和国からの引揚者の曽祖父が開拓した土地、北原尾に、高校卒業までの18年間住んでいました。

私と牛さん

幼少期は、広大な農地と、曽祖父が建てた牛舎で牛を育てて育ちました。

朝は「モーー」という牛の鳴き声で目が覚め、たまに牛が脱走することも。よく牛乳をあげるお手伝いをしていました。

実家からコンビニまで、歩いたら1時間半。最寄り駅まで歩いたら、山を越えて3~4時間かかります。

右側に映っているのが実家です。

自分にとっては当たり前の環境でしたが、成長するにつれて、大自然での生活は、貴重な経験だったことに気が付きました。

Googleマップでみた実家周辺

この少し一般世間とギャップがある環境のおかげで、一歩外にでると衝撃を受けることに繋がりました。この経験が、私の全ての行動力の根源にあります

進学って何?小学校~中学校時代

小中学校では、子供が少なかったためクラス替えがなく、9年間毎日同じメンバーと過ごしていました。

川遊びが楽しかった!

いじめや恋愛の存在はなく平和で楽しかったですが、勉強の競争も全くありませんでした。大学進学しないで働くのが普通だったので、同級生29名のうち、最終的に国公立大学進学したのは私のみでした。

幼少のころから、環境が進学や人格形成に大きな影響をもたらすことを実感していました。

人前で話すのが得意!人気者な高校時代

高校は、隣町の白石高校に進学。隣町に行く交通手段は車のみなので、片道40分かけて車で送迎してくれた親には感謝いっぱいです。

入部した写真部は活動が少なく、時間に余裕があったので、自分の興味のある「宮城の食」について研究発表に取り組みました。

課題研究では学校の代表生徒になりました

ここで初めて、自分の好きなことを研究し発表することで、周囲に認められる経験をしました。

全国高校生マイプロジェクトアワードの様子
好きなことを研究して発表

自分でプロジェクトを立ち上げ、何度か発表会やコンテストでも表彰していただきました。友達にもたくさん恵まれて、先生も応援してくれたので、とても楽しい高校時代を過ごしました。

高校時代の成功体験が、今の自分に繋がっています。

ん、、?違和感を感じた地方での大学生活

「宮城の食」が大好きだった私は、宮城大学の農学部に進学しました。
興味の方向性は、大自然での経験から無意識に「地元」と「食」になりました。

マウス実験の様子

「食で、地元に貢献できる人になるぞ!」
期待を膨らませて入学したのですが、待っていたのは「コロナ」でした。

自分の想像していた大学生活ではなく物足りなさを感じました。その反動から、学校外のコミュニティと仲良くなるようになりました。

最初の挫折。そこでの気づいたこと

「宮城の食」が大好きだった私は、姉の勧めで宮城県公認のお米大使オーディションを受けることになります。「大好きな宮城の食で全国飛び回れたら楽しそう!」そんな動機でした。

初めてインフルエンサー「宮城のらむちゃん」と出会う

オーディション結果は、最終面接で落選。なんでだろうと考えてみると、最終選考に座っている人たちに中には有名なインフルエンサーや女医さんがいました。

その時、自分のしたいことをするためには、何かプラスαの力が必要だと気づきました。
この頃の私は、やる気と元気があるだけのただの大学生。魅せ方を学ぶ必要があると実感しました。

最初の第一歩。ミスコン!

魅せ方を学ぶため、ミスコンに挑戦しました。3か月間、朝4時まで配信や打ち合わせをし、7時に起きて大学やバイトに行く生活でした。初めて1日が24時間じゃ足りない!と感じた経験でした。

コンテストを通じて、たくさんの方を巻き込み、たくさんの方に応援していただきました。グランプリは逃したものの、スピーチでは満場一致で1位を獲得し、ファイナリストで唯一、全国選抜モデルに選抜されました。

全国選抜モデルの中には、ABEMAの恋愛リアリティーに出演したり、女優やインフルエンサー活躍してる方がいました。

それまで友人が宮城県内の限定的だったのが、全国に同世代のネットワークを広がりました。

まずは量!得意なことでお金をつくる経験

熱を燃やしたミスコンが終わり、次は何をしようかと考えたとき、ミスコンの審査項目の中で、「ライブ配信」が得意だったことを思い出しました。

自分の「できること」でお金を稼いでみようと思い、Pocochaライバーになりました。

配信の様子

成功しているライバーさんを比較して研究していたら、「配信時間」が大切になことに気がつきました。

配信の量は誰にも負けないようにしようと思い、最初の1ヶ月間、友人との予定を全て断って、1日平均10時間の配信を継続しました。

配信時間を担保しつつ、配信する時間帯に応じた戦略を考え、自分にはどんなイベント企画が合うのか、ファンコントロールを研究し、順位や数字を分析しました。毎日ノートに、分析や戦略をまとめました。

配信に集中した結果、初月には148名の方から1,000円以上の課金で応援していただきました。1ヶ月間の間に合計で約200~300万程の投げ銭がありました。

初月で事務所最速記録や新人賞をとり、ライバーの上位5%に到達しました。

当時はラーメン屋さんで1年間アルバイトを続けていましたが、ライブ配信で初めて時給ではない方法でお金を得ました。

毎週、東京に通うようになる

今までよりも経済的に楽になったことで、交通費の心配がなくなり東京に通いやすくなりました。ミスコンのおかげで東京にも友達がいたので、家に泊めてもらいました。

月に何度も東京に通うようになり、宮城県内では出会えないような経験をしている人とも出会いましたどんどん見えている世界が広がりました。

「わーちょん、アイドルになるの興味ある?」

ライブ配信の順位がよかったことがきっかけで、ライバー事務所のプロデューサーから声をかけていただき、オーディションを経て、アイドルになることを決意しました。

歌もダンスも未経験でしたが、「新しいことに挑戦してみたい」「一度きりの人生を後悔しないように」と思ったのがアイドルになった決め手でした。

生きる意味」をテーマにしたロックからバラードまで幅広い楽曲を持つグループ。ファンの呼び方は株主、主催ライブは株式総会。当時のプロデューサーとの出会いがXでつぶやきがあります。

大学の休学を決めたアイドル練習生時代

やりたいことが多すぎて、キャパがオーバーになってしまったときがあります。そのときに、やるべきことの優先順位をつけました。

紙に「今、やるべきこと」「今じゃなくてもいいこと」「私がやる必要のないこと」を書き出しました。

やりたいことの順位を付けたメモ

「今やるべきこと」に、アイドルデビューに向けた練習、ダンスや歌のレッスン、曲の覚え方、パフォーマンスなどが含まれました。「今じゃなくてもいいこと」に、大学の卒業が入りました。

周りには大学を休学する人はいなく、フル単で授業にも全て出席していたため、大学に通うことが当たり前だと思っていました。

しかし、その時に「あれ、大学って今じゃなくてもいいのか」と気づき、休学を決意しました。

ついにわーちょんアイドルデビュー

約5か月の練習生期間を経て、2023年9月10日の主催ライブで追加メンバーとしてデビューしました。

私の担当カラーであるオレンジ色のペンライトが会場中にあふれ、今でもその光景がとてもきれいだったことを思い出します。

デビューライブの様子

わーちょん!わーちょん!!」というアイドルの掛け声とともに、私の名前がステージ上でもはっきりと聞こえてきました。

当時、私が初めてアイドルとしてデビューした曲の一部をご紹介します。お気に入りの曲です。

そんな夢みがちなことなんて
やめておきなと必ず言われる
だから返す言葉は決めてる
そう「これは私の人生だから

うまくいくか そんなんは関係ない
10年後じゃなくて今がいいの
やりたくないことやれるような
時間は1秒もない だから
妥協しないで 生きてゆくのさ!

「生きてゆくのさ!」first selection!

正しさよりも、うまくいくかどうかよりも、今この瞬間に湧き上がる衝動を信じて前に進みたい。 夢を追っている方は是非、聴いてみてください。

アイドルわーちょん

私の歌声が入っているオリジナル曲もあるので、ぜひご覧ください。
【何者でもない僕】この曲には、起業家であるプロデューサーの思いが込められていて、大きな影響を受けました。

当時、東北から世界を目指して大きなことを成し遂げる起業家に初めて出会いました。その熱意あふれる経営方針や生き方は、今の私にも大きな影響を与えています。

アイドル卒業。予定が白紙に・・・

9月29日に私のアイドル卒業が発表。デビューから表でアイドル活動したのは19日間、ステージに立ったのはたった3回の状態の早い段階で卒業を決めました。

後日、グループは解散の危機になりました。プロデューサーとリーダーのXでのつぶやきです。そこで私が卒業した背景も言及されています。

中止の背景として、直近のファーセレは解散の危機でした。高みを目指して始動していた為、毎週2回のレッスン、自主チームレッスン、週末はLive、月2回ほど水曜はリリイベがあり月に22日程がアイドルとしてメンバーは活動をしていました。 メンバーも学校や仕事もありながらアイドル活動な為、心も身体もいっぱいいっぱいになってしまっていた直近数ヶ月でした。 また、運営チームも実業である仕事業務をしながら兼任でファーセレ運営をしており業務過多となり、組織全体に不協和音が出てきているなか新しく入ったメンバーも脱退。初期メンバーも脱退が以前ありメンバーも安定しない状況だったのも事実です。

実際これまでのファーセレは、とにかくアクセル全開で速く進もうとしていたため、 やる気と、スピードと、現実のレベルと、立場とが噛み合わないことが多くありました。 私もデビュー前から今日までずっと焦っている感覚で、公式の活動がない日も練習したり、ファーセレに関することをやる、考えるという、24時間営業が当たり前だと思ってしまい、メンバーに押し付けてしまっていたのが事実です。 メンバーが安定しなかった原因の多くはそこにあると思っています。

アイドル活動を優先して大学を休学していたため、今後の予定がすべて白紙になってしまいました。とても絶望的な気持ちでした。

上京したい。でも、ツテがない‥‥

何もない状況で時間だけがあった私は、上京することを決意しました。

ただ、東京に知り合いが全くいなかったので、できるだけ多くの人に会いまくりました。面白い活動をしてる友人や全国選抜モデルの友達など、たくさんの人にDMを送り、紹介に紹介を重ねました。

その当時、時間があったので、一人でヒッチハイクもしてみました。

差し入れでもらったお茶
乗せてくれた親子と一緒に

この頃、仙台市が運営する東北のスタートアップコミュニティ「TOHOKU STARTUP BIOTOPE」にも参加しました。

東北にルーツのある大人や学生が多く参加していて、今でもお世話になっている方々と出会いました。

当時の書き込み

現在① トビタテ留学JAPAN発のシェアハウスで生活

ここで出会ったのが、トビタテ留学JAPANのOBが運営するシェアハウスGATEです。東北大出身のトビタテ生が立ち上げたもので、ご縁ができて入居することができました。

私が入居した際の歓迎会の様子

住人は留学経験のある人が多く、ジェンダー研究者や国連職員、元VC、女性エンジニア、経営者、中国の大学を主席で卒業した童顔29歳、元気なマッチョ、アフロ、カレー屋さんなど、さまざまなバックグラウンドを持つ面白い人たちがいます。

みんなでハロウィンパーティー

家に帰ると、屋上でBBQをしたり、コストコパーティーを開いたりしています。

安心できるコミュニティで、頼りになる仲間がたくさんできてありがたかったです。

現在② 上場会社CVCでスタートアップと投資家を繋げる

「TOHOKU STARTUP BIOTOPE」では、秋田出身の株式会社ショーケースの代表取締役社長・平野井さんに出会いました。

ショーケースは、入力フォーム最適化のシェア国内No.1の東証スタンダード市場で上場しているSaaS企業です。

当時の活動の様子がラジオに残っていました。出会いから入社、当時のがむしゃらな様子をお話しています。

上京したばかり頃の必死さが伝わってきますね、、(笑)

現在、ショーケースCVCでスタートアップと投資家をつなぐ動画プラットフォームの運営を主に担当しています。日々、エクイティ調達を検討しているスタートアップや、VC、CVC、事業会社の方々とお話ししています。

ラジオ収録の様子

社会人経験を積むために、週5日出社して社員とほぼ同じスケジュールで働いています。自分の裁量も与えてもらっています。

特に、一緒に働いている東大生たちはとても優秀で、彼らのスキルには驚かされることが多いです。平野井さんの近くで優秀な人たちと働くことで刺激を受け、毎日多くのことを学んでいます。

平野井さんのYouTubeは、非常に勉強になるのでオススメ。。!

現在③ 反響大きく、学生団体つくっちゃった

私は山暮らしから上京し、都市と地方の学生間でのきっかけの格差を感じてきました。2024年6月には、都市と地方の就活の情報格差を解消するため、都市と地方をつなげる「寿司MeetUp」を立ち上げをしました。

これまで仙台市、秋田市とコラボし、都市と地方をつなぐ「寿司MeetUpイベント」を地方展開させてきました。

君のお悩み!握っちゃうよ!!🍣

参加者からの感想やメディアでの反響が予想以上に大きく、学生団体としてスタートしました。

この取り組みを全国展開させて、幼少期から感じていた「きっかけの格差」を減らしていきたいです!

モフモフのお寿司くんぬいぐるみ
東京都主催のイベントSiF
HPにロゴ掲載されて嬉しかった。。!

現在④ YouTubeで社長の苦労話をインタビュー

撮影チームと一緒に📷

現在、YouTubeで「社長の声」というチャンネルを運営しています。私がMCを務めていて、社長たちにインタビューを行っています。

この活動を始めたのは、幼少期から地方での情報の格差を感じたからです。社長の苦労や失敗談を聞くことで、普段は知ることができない貴重な話を届けたいと思っています。

最後に

短くまとめたつもりが長くなってしまいました。。

私のビジョンは「一度きりの人生を後悔ないように。挑戦を続けて世界を広げる」です。

最初の一歩を踏み出したのは大学2年生のとき。好奇心を持って挑戦し続けたら、時間がとても濃密になりました。1年が6年分くらいに感じます。
世界が広がり、物事の捉え方や見え方が変わっていくのが楽しいです。

ここまで読んでいただいたあなたはきっと素敵な方なので、微力ですがお力になれることがあればXインスタ等でお声掛けください。

まだまだやる気と馬力で精進します。
ありがとうございました。

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