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創作大賞応募作品| 寧々 《第11話》

《第11話》 Deep fake


 『Fake Finder』と呼ばれるアプリがある。

 正式名称は『Restore & Fake Finder』── 画像復元の機能を謳うアプリである。スキャンした画像のデータから生成AIの加工の痕跡を読みとり、加工前の元の画像を復元してくれる。

『だって、写真なんていくらでも加工できるでしょう?』

 母親の疑念は、透哉にも共通するものだった。寧々が中学生だった当時から、画像加工技術は既に普及していたはずだ。母親は疑念を晴らす手段を持たずにいたまま、透哉に写真を託すに至ったわけだ。

 会社の寮に戻った透哉は、まずスマホに画像復元アプリをインストールする。完了の合図を知らせる電子音。

 そして、そこで激しく逡巡する。寧々の写真を直視する勇気がない。救いはその写真が偽物であると、ほぼ確信していることだけだ。ただしそれは、寧々が知られたくはなかったかもしれない嘘を暴くことにも繋がる。

 微かに息を吐いて、母親から送信されてきたデータを開く。その瞬間、嘔吐しそうになって口を押さえた。

( …… 本物じゃないのか?)

 肌の質感。寧々の表情。なにもかもがリアルだった。

 嫌がっている。嫌悪感を剥き出しにして、顔を背けている。乱れた髪。固く閉ざされた瞼。噛み締められた唇。

 寧々の全裸の肉体を、透哉は直視することができなかった。生成AIで描かれた現実離れした裸像を、想像していたのだ。だが違った。少なくとも透哉の記憶している、中学生のときの寧々の体型に酷似しているように思えた。

──  寧々。チョコレート食べてばっかいると太るぞ。

 当時から、寧々は甘いものが好きだった。子供がお菓子を好むのは当然かもしれないが、寧々の場合は少し病的だった。

 苦しそうな表情をしている。悔恨の念に苛まれている。それを見るに耐えなくて、透哉は寧々を揶揄してはチョコレートを横取りしていた。

『寧々って小柄なわりに、発育がよかったでしょう?初潮が来るのも早くて、誰にも相談できずにいたみたい。胸も大きくてブラジャーが必要なのに、抵抗があったのかつけてなくて……、一緒に買いに行ったわよ』

 断言してもいい。当時、寧々はふくよかな自分の体型に劣等感を感じていたはずだ。それを寸分違わぬ精密さで加工するものだろうか。美化したいと思うのが、人の常ではないのか。 

 Fake Finderが、画像の復元完了を告げた。

 寧々は、生成AIに複数の指示プロンプトを出している。このアプリは時間を遡るようにして、ひとつの指示ごとに古い画像を提示してくれる。

 画像のなかの寧々は、衣服を身に纏っていた。

 あの日着用していたカーディガン。ボタンは既に弾け飛んでいるところを見ると、服を引っ張られるなりしたのは実際の出来事なのかもしれない。現に、透哉は引き裂かれた雨合羽のフードを目撃している。

 寧々は、いったい幾つの指示を出したのか。アプリは次々と画像を復元して提示していく。寧々が綿密に築いた虚像を、冷酷に一枚ずつ見破り暴いていく。

 衣服を着用している時点で、「裸にされた」という寧々の証言は虚言である。写真を撮られたという訴えに関しても、写真を撮ること自体は犯罪行為には該当しない。その画像が法に触れる『性的姿態』ではないからだ。

 そして、Fake Finderが最後の画像を示した。

「 …… どうして…… 」

 透哉の口から、疑問符が溢れる。

 最後の最後で、顔の向きが変化した。正面を向いている。目を瞑ってもいない。唇を噛み締めてもいない。嫌がっていると透哉を認識させた寧々の表情は、すべてAIが描きだした虚像に過ぎなかった。

 正面を向いた寧々は、困惑したような笑みを浮かべていた。写真を撮ってもいいかと尋ねられて仕方なく付き合っている。そんな笑み。

 これが、偽りなき写真だった。


♦︎♦︎♦︎

 浴室に向かい、シャワーを浴びた。

 髪を乱暴に洗い、そして洗い流すためのお湯を可能な限りまで高い温度に設定する。肌を刺すほどの刺激だったが、胸を覆い尽くす鬱屈は晴れなかった。

 濡れた髪を放置したまま、冷蔵庫から炭酸水を取りだして飲み干す。強炭酸の刺激も爽快感をもたらすことはない。

 無性に叫びたくなった。わけのわからない言葉でいいから、叫び散らしたい。気の済むまで絶叫したい。……が、許されるわけがない。住人がすべて同僚というこの場所では大声をあげることすら憚られる。

 窓際に置かれたポトスの葉が、視界に入った。

 あまりにも殺風景で無機質なこの部屋に嫌気が差して、透哉が近隣の量販店で買い求めた観葉植物だった。ポトス、モンステラ、ベンジャミン。会社より貸与されている「借り物感」が強く漂うこの部屋で、唯一の透哉の所有物である。

 葉が乾燥して生気を失いかけていることに気づき、水を汲みに行く。その水が雨を、そしてその雨が寧々を連想させて、また項垂れたくなった。

 乾燥しているのは、観葉植物だけではない。

 雨が降っていない。ここ1ヶ月近く、透哉の傘は出番を迎えることなく傘立てに収納されたままである。

 そして、雨が降らないことを言い訳のようにして透哉は寧々の家に行くことを避けている。そのくせ、位置情報検索アプリで寧々の居場所を把握する行為をやめることができない。偏執的なのではないか、と自分が怖くなることすらある。

 監視している、と寧々はあのとき糾弾した。だが、寧々のスマホの位置情報の発信をオフにすれば済む話なのだ。

──  明日、雨だって。

 そして、連日送信されてくる寧々からのメッセージ。雨なんて降らない。天気予報は晴れだと明言している。それにも関わらず、彼女は偽りの雨の予報を告知してくる。

 嘘。嘘。嘘。嘘のオンパレードだ。

 淋しいのか。家に来て欲しいのか。あの家でひとりで過ごす孤独から解放されたいのか。透哉に対する憤懣を吐き出して、下着まで見せて挑発しておいて、自分になにをさせたいのか。

 寧々という女性の人物像が、根底から崩れつつあった。

──  ねえ、携帯貸して。可愛く撮れてるか、チェックしてもいい?

 想像のなかの寧々は、障害者の青年に掌を差し出す。青年は寧々の悪意に気づかない。いや、気づけない。

 そして寧々は彼が理解ができないことを盾にとり、撮影したばかりの写真に加工を施していく。彼を窮地に陥れ、やがては踏切での轢死に至らせるその罠を。

( 被害者じゃない。加害者だ…… )

 偽証罪にあたるのではないか。当時、寧々が中学生だったという事実は配慮に値しない。善悪の判断は充分につく年齢である。

 疎ましく思っていた。それだけで、警察に突き出すような真似をするだろうか。いや、しないだろう。実際に寧々は、彼が逮捕された時点で慌てたように被害届を取り下げると母親に申し出ている。

 ひとつだけ、思い当たることがあった。

 寧々は当時、登校拒否を起こしていた。正確には登校を試みてはいるが、休みがちであった。具体的な理由を、透哉は把握していない。だが結果として寧々はこの一連の出来事で、不登校という目的を果たしている。

 そこまでして、登校したくない出来事があったのか。

──  明日、雨だって。

 昨日も送信されてきた寧々からのメッセージ。嘘もつき続けていれば、時として事実となる。

 雨の音がした。窓に、雨の雫が伝わり落ちている。

 大地を潤す恵みの雨も、アスファルトに覆い尽くされた都会では、あまり恩恵をもたらさない。土に深く浸透することなく弾かれて、そこかしこに水溜りをつくる。

 時刻は、まもなく深夜12時。

 勤務していれば、終電を見送ってようやく1日が終了するという時間帯だ。透哉はシーツに潜り込んで、ふと携帯の画面に視線を奪われた。

 寧々の位置情報が、オフにされていた。



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