見出し画像

「大事にされる」ってこういうことか…  906

人の話を聞いていて「あー!そうそう!」と間髪入れず反応できる時と「あー…そういうものなんだ」と自分の中に同様のものがないからか、反応するだけの「音」がないことがある。

「音がない」というと「響かない」みたいなこと?と思うけど、相手の言葉が響いてこないというよりも、自分の中に音がない、音が聞こえてこない、だから反応できない…みたいな感覚が近いと思う。


いつだったか、オードリーの若林さんがご自身のトーク番組で、娘さんを抱っこして車の後部座席に座っていたとき、突然「これが幸せなのか?幸せってやつなのか?」と理解できた、みたいな話をしていたことがあるのだけど、どうやらその時まで「自分は『幸せ』ってことを理解できないんだ」と思っていたとのことだった。

これを聞いて、わたしも心当たりがあることを思い出した。


わたしは「大事にされる」「大事にする」ということがわからないかも…と思っていた。

例えば「毎日電話してきてくれる彼氏」みたいなことだと、周りはきっと「大事にされてるねー(マメだねー)」みたいに言うだろう。
こっちのリクエストに全部答えてくれるとか?
こちらを優先してくれるとか?

そんなことを想像していると、とても「即物的」というか「自己犠牲の上に成り立ってる?」みたいなことにつながってしまい、世の中の「大事にする・される」どころか、自分の「大事にする・される」までよくわからないものになったままだった。


それが今日、思わぬタイミングで「あれ?もしかして…」という機会がやってきたのだ。

というのは…
きっと誰でも「苦手な(会話やシチュエーションの)パターン」みたいなものがいくつかあると思うのだけど、わたしのそれにあたるもののひとつは「聞きたくないもの(イヤなもの)に反応してしまうこと」だった。


聞かなきゃいい、スルーすればいい、意味のないことだと決めてしまえばいい、ゲームだと思って…みたいにいろんな対策方法を耳にすることも多いのだけど、「なんで反応しちゃうかなぁ…」と自分を眺めた時、それは逆に「これがいい」「こうだったらいいのに」というものが自分の中にある、もしくは「それがいやだ」ということだけはハッキリわかるってことだ…と思ったのだ。

それは「コントロールしたい」ってこと?「思い通りにしたい」っていう「支配欲」ってやつ?なんて思い始めるとチクっと罪悪感の気配を感じたりもするけれど、逆に「希望」や「よりよい方法の提案」になるようなものだったりもするよね?なんてことも思ってもいたら…


ここ数日の懸案「水道管問題」が頭に浮かんだ。
「なんでちゃんと整えておいてくれないの?」ってキレてたけど、これって「そんないい加減なつくりの家に住む自分は『大事にされてない』って感じてるってこと⁉︎」と思った途端、先日流れてきたどなたかのSNS投稿を思い出した。

その人は、例えばどっちの服を買おうか迷ったら「値段が高い方」を買うといい、なぜならそういうものを身につけたほうが「自分は大事にされている」と自身が認知しやすいから…みたいなことを言っていたのだけど…

これに照らし合わせると「いい加減なつくりの家に住む」ってことは、つまり「自分は大事にされていない」と自分に感じさせていたってことになるの
⁉︎なんて場所に着地してしまった。


そう、この「大事にされていない」と「いい加減なつくりの家に住む」に=がかかっていないから、冒頭の「音」が自分の中に生まれないんだ、と思うし、逆に「大事にされる」ことが何かわかっていたら、すぐに「願い」や「意図」を放てるってこと…つまり、ゴール設定がすぐできるってことになる。


「そうか『整った場所に暮らしたい』って強く思うってことは、わたし自身が「大事にされている」(とカウントできる)状態を望んでいるってことだ…」
なんて今さらながらわかったし、自分が自分を「大事にする」ってことの解像度もグッと上げられそうな気がしてきた。
そう考えると「願い」や「ゴール」がどこからともなくポロポロと現れることに、今までぼんやりとしか出てこなかったものが急に具体的になるおもしろさと、「みんなこのことを言っていたのか…」というなるほど感に浸かって、しばし満ち満ちていた金曜の夜だったのでした。






いいなと思ったら応援しよう!