「最強サラリーマン」
◎前書きとして✓
私は最強なサラリーマンである。
「最強」には明確なゴールが無いから、最強になりつつあるというのが正確な表現かもしれない。
出世はあきらめた。
でも、出世だけがサラリーマンとしての成功であるならば、社長になれる人しか成功しないことになってしまう。
そういうことじゃない。
社長になれなくても「自分らしく仕事をする」、「いつも心が落ち着いている」、「日々進化し続ける」、「仲間がたくさんいる」など、自分が目指す仕事人になることはできるはずだ。
自分が目指す仕事人の状態こそ「最強サラリーマン」と言える。
人間は感情の動物なので普通に生活していても些細なことで心が動く。
ましてや、ビジネスの最前線で仕事をしている限りは、心の落ち着く暇がない。
心が動くのは良い方向、悪い方向それぞれあるが、残念ながら悪い方向に動くことの方が圧倒的に多い。
そこで、長年サラリーマンをやっている知恵として、心を落ち着かせる方法を日々考え、実践して検証して修正してきた。
それらを手帳に書き留めておいたものをまとめてみた。
内と外から自分をケアして、日々落ち着いた心でビジネスの世界に身を置くことを目指した。
たまに読み返すと本当に心が落ち着いてくる。
事実、定年退職が見えてきた今日このごろ。
心をコントロールすることで最強のサラリーマンになる術を身に着けた。
そんな私が自分のために長年書き留めた「サラリーマンとして生きるヒント」をご披露する。
(第1部)
●ヒント1 自分は人類が求めていたユートピアに生きている
我々の祖先は、常に外敵から命の危険にさらされ、病気にかかることにおびえ、空腹を満たすことに生活のほぼすべてをつぎ込んできた。
身の安全が確保され、食べたいものがいつもある生活を心から望んでいたことだろう。
今、自分の生活している「現代」を振り返ると、普通の生活をしていて命の危険はない。
病気になれば薬はすぐに手に入るし、病院もある。
贅沢を言わなければお腹いっぱい食べることは出来る。
つまりご先祖様が求めていた生活つまり「ユートピア」が実現しているのだ。
仕事をしていれば日々いろいろなことがあるだろう。
いいことよりもつらいことの方が多いかもしれない。
でも、そんなサラリーマン生活でも命の危険がない「ユートピア」なんだよ。
人間はついつい目先の些細な問題に目が向いてしまい、大きな目で人生を評価することが出来なくなってしまう。
仕事のトラブルなどで落ち込んでいるときは、改めて大きな目で今の生活を評価してみよう。
昔の人たちはこういう世界に生きたかったんだ。
だから、つらいことがあったら手に胸をあてて、「ご先祖様、いい世の中になりましたね」と念じてみよう。
●ヒント2 99点と98点を比べる意味はあるだろうか。
仮に幸せに点数をつけるとして、100点満点の幸せを感じている人はまずいないだろう。
では自分の幸せは何点だ?
まず、命の危険がないだけで80点はつけられる。
普段は全く意識していないが非常に重要なことだ。
それにのどが渇いた時に水がすぐ飲めることで5点。
スイッチを押せば電気がつくことで3点。
ゴミを集積場に置いておくと、ゴミ収集車が取りに来てくれることで1点。
あげれば「幸せ点数」はきりがない。
つまり、ほとんどのことは満たされているのだ。
このようによく考えると、あの大企業の社長も、有名芸能人も、自分と比較して持っているものに大差がないことに気づく。
99点と98点を比べているようなものだ。
だけど、98点持っている自分は、99点取るために必死で藻掻いてきた。
でも、もういい。
98点で十分。
●ヒント3 今持っているもので満足しよう
パンツは5枚持ってる。靴も5足ある。
テレビもスマホもある。
安全に寝る場所も水道も電気もある。
食べるものも十分にある。
逆に毎日食べすぎないように気を付けている。
それでは、持っていないものは何だろう。
社長表彰はもらったことがない。
メルセデスには乗ってない。
リッツカールトンに泊まったことはない。
皆がうらやむような役職の書かれた名刺も持っていない。
しかしどうだろう、どれも無くても困らないものばかりだ。
挙げてみると案外持ってないものがないことに気づく。
持っていないのは一部の特別な人が持っているものだけ。
こんなものを欲しがらずに、今持っているものがあることに感謝し、満足してもいいのではないか。
●ヒント4 隣の人と比べるのはやめよう
人は何かと自分を比較して、自分の幸せを測る習性がある。
相田みつをさんの言う通り「幸せは自分の心が決めるんだなぁ」ということは、十分わかっているつもりだ。
しかし現実は、隣のうちの車の方が大きいとか、同期のあいつの方が自分よりちょっとボーナスが高かっただとか、何かにつけて比較してしまう。
あそこの国では戦争があるから俺の方が幸せだとか。
そんな比較してしまう自分が嫌になってくる。
たまに、現実に困っている人(例えば戦争している国)と比べて自分が幸せだなんて、そんな考え方が頭をよぎる。
こんな自分は最低だ。
ここで改めて胸に手をあてて考えてみる。
自分の幸せは自分で評価できないのか?
結論としては、今はまだ無理のようだ。
意を決して他人と比べないように意識してみてもどうしても、心のどこかで比べている。
それではどうするか。
どうせ比べるならいろいろ不便だった昔の人と比べてみよう。
昔と言っても大昔だ。
斧を持ってマンモスを追いかけている頃の昔。
そこでマンモスを追っていたご先祖様は、もちろん十分な食事も無ければ清潔な水もない。
大前提としての命の保証もない。
そんな生活をしていたご先祖様は、自分の子孫が反映して便利な生活を送っていることを喜んでくれるに違いない。
思う存分に比べさせてもらいますよ。
●ヒント5 「承認欲求」ってあるよな
人は物質的なものが満たされると。
承認欲求ってものが出てくるらしい。
そのように、有名な学者が言っていた。
それってあるよな。
誰かに認められたい。
なんで自分のことを認めてくれないんだ、って。
おまけの欲望
でも、この欲求は基本的な幸せが備わった人のなんだ。
おなかがすいて死にそうな人は、認めてほしいなんて思わない。
おなかいっぱいご飯が食べたいと思う。
人間の根源的な欲求をよく理解して、承認欲求はおまけの欲求なんだと言い聞かせよう。
そうすれば人に認められない現実もおまけがもらえないだけに思えてくる。
だけど、こころからそう思えるようになるためには少し努力が必要だね。
●ヒント6 相手も相手の立場があるよ
仕事をしていれば、当然人とのやり取りが発生する。
社内の上司だったり、部下だったり、取引先だったり。
仕事にとらわれず生活まで範囲を広げれば、スーパーのレジ打ちや警察や議員といった職種の人たちもあり得るかもしれない。
ひとまず仕事の場に話を戻ると、人は人に対して意見することがある。
注意することもある。
注意された方は、過剰に反応して腹が立ったりする。
注意した方の気持ちと注意された方の気持ちの強さはだいたい違っている。
もっと言うと、注意した方は自分がそういう立場だから、もしくは仕事だからいつものように注意しただけ。
この行為に関して何の感情も持ち合わせていないことも多いだろう。
一方、注意された方は注意されるのが仕事じゃないから心は大きく動く。
この心のギャップがあることを知っていれば少しは心穏やかにいられる。
あいつもあいつの立場があるんだからさ。
●ヒント7 あいつは偉そうにしていて気に入らない。さて、自分はどうか。
少しばかり出世が早いあいつは、偉そうにしている。
いや、そう見える。
仕事でかわす会話の端々や態度。
実際のところ本当に偉そうにしているかはわからない。
実際はそんなに偉そうにしているわけではないのだろう。
まさに被害者意識以外の何物でもない。
一方、自分はどうだろう。
人から偉い人と思われたいと思っていないか。
言葉の端々や態度にそんな片鱗が出てしまってはいないだろうか。
もしそうなら、他人が自分を偉そうにしていると思っているのではないか。
結局自分が偉く見られたいと思っている限り、自分より偉い人は偉そうにしているように見える。
ああ、かっこ悪い。
結局、自分を変えないといけないんだよな。
●ヒント8 東洋的思想でいよう
自分は日本人であると同時に東洋人だ。
「東洋」といって真先に思い浮かぶのは昔の中国かな。
決して今の中国ではない。
あくまで李白や杜甫のいた昔の中国。
それと漢方薬。(あくまで個人の感想だが)
東洋的思想というのがあるとどこかで読んだことがある。
3つの単語で表現すると、「長期」「根源」「多様」という事らしい。
日々の仕事はこれとは全く違う理屈で動いている。
無理矢理言うなら短期、現実、専門。
これを西洋的思想なんて言ったら西洋の人たちに怒られちゃうかな。
でも、感覚的にはこの表現はしっくりくるな。
仕事をしていて失敗したり行き詰まったりする。
この感覚は「西洋的思想」に基づくものじゃないだろうか。(西洋の方ごめんなさい。あくまで自分の偏ったイメージに過ぎません)
ある失敗は今のプロジェクトに関しての失敗であって、長期的には失敗であるかはわからない。
根本的に失敗かと問われればそうじゃないかもしれない。
多様な視点で考えればまだ結論が出ていないのかもしれない。
これは使える考え方だな。
何かストレスを感じたら東洋的思想で考え直してみよう。
そうすれば少しは心が落ち着いてくる。
●ヒント9 何のために働くのか
「何のために働くのか?」
もちろんお金を稼いで明日食べるパンを買うため、温かい布団で寝るため、つまり生きるために必要だから人は働く。
でも、現代人はそれだけでは満足しない。
働く意味、意義みたいなものをくっつけたがる。
社会のため、愛する人のため、世界の平和のため、のように意義を持たせることで、自分の日々の辛い仕事を何か崇高なものに高めようというのか。
ほとんどのサラリーマンにとって働くことはとても大変なことだ。
肉体的、精神的負担は仕事によってまちまちだと思うが、拘束時間は一応に長い。
通勤時間を含めれば、1日の1/3以上は拘束されていることになるから、大変に感じるのは当然と言えば当然のこと。
こんなに大変なんだから、単に食べ物・寝る場所の確保のためだけに働いているなんて、自分の心が許さない。
もっと別の意味のある目的のために身を投じていると考えなければ割に合わない。
でも、この考え方の変換は必要な作業なのだろうか?
かえって自分を苦しめていないだろうか?
人は昔から働いていた。
これが息をするように当然のことだと思えば、気が楽にならないだろうか。
働くのが人間。以上。
これでいいじゃないか。
●ヒント10 その考え方はカッコいいか?
働いていると嫌なことは絶対にある。
それは雇われの身だろうが、経営者だろうが、お客だろうが、店員だろうがみんなある。
社会はジャンケンみたいなもので、お客だった人が立場が変われば自分に営業をして来たりする。
誰かに強い人は他の誰かには滅法弱い。
そんななことは珍しくない。
だから面白い。
その嫌なことに対して、自分の心はいちいち反応してしまう。
怒ってみたり、妬んでみたり、馬鹿にしてみたり。
時にはちょっとした仕草に出てしまったりする。
でも待てよ、それってカッコ悪くないか?
嫌なことはみんなにあるのに、しかも立場が変われば自分が人に嫌な思いをさせることもあるのに、自分だけが被害者みたいに感じて過剰に反応して、それってカッコ悪いよな。
人生カッコよく生きよう。
そう決めれば 多少の嫌なことはサラリと流せる。
だってそっちの方がかっこいいんだから。
●ヒント11 若いって素晴らしい
若い人が組織に加わるとそれだけで活気が生まれる。
そんなに元気がない新人さんであっても、周りが何とかしようと頑張るのでそれが活気になる。
優秀な人材ならなおさらだ。
そしてこの優秀な人材は少し慣れてくると、若さを生かそうといろいろ新しいことにチャレンジしたりする。
中には大成功を収めて会社から大いに評価かされたりする。
するとどうだろう。
入りたての頃はいろいろ教えたりして応援していたのに、だんだん疎ましく思えてくる。
人間は勝手なものだ。
でも、よく考えてみよう。
若い世代が自分より優秀なのは健全なことではないか。
そうでなければ人類は進歩しないのではないか。
そう考えると、若い人の活躍がほほえましく思えてくる。
思い返せば自分が若い頃も、新しいチャレンジをしようと躍起になっていたではないか。
そして、中にはそれまでの殻を破って評価されたことも有ったではないか。
たとえそれが非常に小さなことでも。
そんな若い時の自分を当時の先輩たちはどう思っていたのだろう。
きっと一部の人は疎ましく思っていたに違いない。
今だからわかることだけれど。
若いっていうことはそれだけで素晴らしいことだ。
若い人が自分より優秀なのは、それが人類の進化なんだから当たり前だと思えるし、喜ばなくてはいけないのだ。
納得、納得。
●ヒント12 恥をかくということ
仕事をしていると恥をかくことがある。
周りは何とも思っていないのに、自分はすごく恥ずかしく感じるということも多々ある。
例えば、営業先のお客さんに対して「責任を持って会社を説得します」なんて大見えを切ったのに、説得できなかった時など。
あぁ、はずかしい。
自分の思惑がはずれたときに、自分の力の無さがばれてしまったと思い、恥ずかしくなる。
他にもいろいろなケースがあるだろう。
こんな時、人は必死に理屈を積み上げて、自分が悪くないのだとアピールをしてしまう。
いわゆる「いいわけ」だ。
悲しいかな、中には反射的にいいわけをしてしまう人がいる。
自分の胸に手をあてると、ふつふつと嫌な記憶が蘇ってくる。
自分も同じ穴の狢(むじな)ではないか。
ここではっきりと謝ってしまう方がどれだけ清々しいか。
いいわけして余計に反感を買ってしまうことこそ恥の上塗りになってしまう。
実は相手も仕事をしているのだから、恥をかいたことがきっとある。
だから、素直に謝れば大抵のことは許されるはず。
ここで許されないことは言い訳しても許されるはずがない。
だったら、最初から誠心誠意謝ってしまおう。
次の日、その方が心は穏やかなはずだ。
●ヒント13 だんだん良くなるのがいいじゃないか
今年も給料が少ししか上がらなかった。
あぁ、残念。
昇給の時期なると毎年繰り返されるこの儀式。
会社の制度上、給料が急に上がることなんてありえない。
わかっているのに、人は自分を自分の実績を過大評価してしまうので、給料明細の金額はいつも自分が予定していた金額より少なく印字されている。
サラリーマン人生における自分の給料の最大額はだいたい見当がつく。
社長になれればいくら。
役員になれればいくら。
部長になれればいくら。
今の自分のポジションならせいぜい次長ぐらいだからいくら。
だったら、毎年少しずつ良くなっていくのがいいじゃないか。
仮にあんまりいっぺんに上がると、最大年収に近づいた時に上がらなくなってしまうよ。
下がるのは残念だが、少しでも上がっていれば大いに喜ぼう。
自分が成長するか、会社が成長した証なんだから。
人生は少しずつ良くなるのがいい。
宝くじでも当たって急に金持ちになってしまったら、だんだん良くなる過程を楽しめなくなってしまうよ。
ポジションもそう。
社長のご子息が、予定通りに社長になったらうれしいことなんかない。
だんだんよくなるからいいんだよ。
そうだ。
今日より明日、今年より来年を良くしていこう。
●ヒント14 みんな自分が主役なんだ
あの社長の秘書だって、警備員のおじさんだって、深夜ドラマの脇役の彼女だってみんな自分が人生の主役なんだ。
そうすると自動的に周りのみんなが脇役になる。
社長秘書をやっている彼女にとっては、隣の革の椅子に座っているのは、秘書が主役のドラマの引き立て役の社長というわけだ。
だけど、仕事をしていると社内の立場が違ったり、店員とお客の関係だったりするので、相手も自分自身の人生の主役だってことを忘れてしまう。
それを行動に移しちゃうと、周りからは横柄だとか自己中心的だとか言われてしまうんだ。
テレビドラマの主役のような人生を送っている人は少数派だろう。
でもみんな自分が主役の物語を一所懸命生きている。
どんな場面でもお互いが主役の人間同士だって、あえて意識して生活しよう。
そうすれば相手のことをもう少し理解できるし、人間関係も良好になるだろう。
そう願いたい。
●ヒント15 自慢と我慢どっちもダメ
自慢という言葉と我慢という言葉は、字だけ見ると同じようなことに見えてくる。
自分を慢するということだから。(漫するってなんだ?)
でも、実際の意味は全く違う。
自慢というのは、人が持ち得る厄介な感情だ。
人より優位な立場になったり、いいものを持っていたりすると、他人に対してそれを説明して褒めてもらおうとする。
「自慢」を分析するとこんなところかな。
それを聞いた人間はというと、ほとんどの場合は快く思わない。
それは自慢した人と自慢された人との立ち位置によって変わってくる。
自慢された側が自慢した人よりずっと上の立場だったり、いいものを持っている場合は、「そうかそうか」と寛容に聞くことが出来る。
だって自分の方がずっと上なんだから。
また、家族など本人の自慢の恩恵を受ける人も好意的に受け止める。
でも、大体の場合は疎ましいものだ。
自分が自慢されたときに疎ましいなと思っていたくせに、自分自身はついつい自慢をしてしまう。
人間の悲しい性としか言いようがない。
手を胸に当てて明日から自慢はやめよう。
一方我慢はどうか。
つらい練習に耐える、いじめに耐える、睡眠不足に耐える。日本人は我慢に美学を見出す民族のようだ。
耐えることは美しいこと。
でも、その先が語られていない。
我慢の先あるものが重要なんだ。
我慢してもそれによって大きなものが手に入ればそれはそれでよし。
でも、そんなハッピーエンドで終わることばかりではないだろう。
我慢は一定の防波堤を超えると一気に決壊する。
心や身体が壊れちゃうんだ。
だから、我慢もほどほどに、自分がコントロールできる程度に納めよう。
改めて言う。
自慢も我慢もどっちもダメ。
●ヒント16 他人の評価はだいたい自己評価より低いもんだ
ある仕事が完了した。
自分としてはいろいろ考えて、新しいチャレンジもして「自分だから成功した」という風に思っている。
一方周りの評価はというと、だいたい本人が思っているほど評価されていない。
それはそうだろう。
だって、自分しか知らない事実がたくさんあるんだから。
移動中に考えたアイデアや、実現するまでの試行錯誤のすべてを知っているのは自分だけだ。
だから周りからは、「条件がそろってたから当然でしょう」、「会社の看板があったから取れた仕事だよな」、「ラッキーだったなぁ」などという本人としては我慢ならないコメントが飛び出してくる。
でも、みんなは自分の仕事の全部をわかっているわけでは無いから仕方がないとわかっていれば心は落ち着いてくる。
こういう心無いコメントに対して、しっかり説明できる準備をしておこう。
そして、ラッキーがそんなに続かないことも事実だから、自分の実力で勝ち取った成果であれば、必ず次の仕事に活きてくる。
多分、実力が付くというのはそういうことだ。
●ヒント17 「オレがオレが」じゃみんな嫌になっちゃうよ
様々なビジネス本に「自らが主導権を取って、周りを引きずり回す方が仕事がうまくいく」というような内容が書かれている。
有名企業で語り継がれる「鬼の十訓」みたなものにもそういった意味のことが書いてある。
さかのぼると孫子の兵法にもそのような件(くだり)がある。
でも、現代社会において「オレがオレが」といって周りのメンバーを引っ張りまわしたらどうだろう。
みんな嫌になっちゃうよ。
多くの場合、みんなの協力は得られない。
逆に「この仕事をタダでも引き受けたい」と思わせるようにしなくちゃいけなんじゃないか。
いわゆる精神的報酬を与えるというやつだ。
仕事のやり方はゆっくりとだが、確実に変化している。
入社したころの常識は、現代の非常識になってしまっている。
でもそれでいい。
それが進化というものだろう。
だから、いま常識だと思っているやり方は、将来的には間違いなく変わっていく。
そういうことをしっかり分かって、仕事に取り組むことが重要なんじゃないかな。
●ヒント18 もう便利にならなくてもいいよという本音
今の世の中は便利だな。
ところで今の世の中っていつのことだろう。
20年前も、「今は便利になったなぁ」なんてきっと思ってたに違いない。
人間は慣れる生き物だ。
いいことも悪い事も、いい意味でも悪い意味でも慣れてしまう。
言い換えると忘れてしまう。
ひと昔前に初めて手にした携帯電話。
大きくて重くて高くて。
でもなんて便利なんだろうと感動したことを思い出す。
でも、今の自分はどうだ。
携帯電話を初めて持った時のことなど全く忘れてしまって、スマホのWi-Fiが繋がらなかっただけでイライラしていないか。
電車が少し遅れただけでイライラしていないか。
そう。イライラしているんだよ。
水道が止まった日にはイライラどころではすまない。
ほぼパニック状態だ。
でも、もうスマホのない世界には戻れない。
だって、この便利な生活に慣れちゃったんだから。
「だったらもうそんなに便利にならなくてもいい」なんて思うけど。
現実はそうはならない。
なぜなら資本主義はこの欲求を原動力にここまで成長したんだから。
そうならば不便を感じた時は、深呼吸して今よりも不便だった少し前を思い返してイライラするのは止めよう。
ハイ息を吸って~、吐いて~
●ヒント19 お金を使うということ
お金を使うことは人の大きな喜びであると思う。
何に使うかは千差万別。人は自分の懐と相談して、その時に一番価値のある消費に対してお金を使う。
だから楽しい。
一方、使いきれないくらいお金を稼ぐ人がいる。
海外の有名なスポーツ選手だったり、大会社のオーナー社長だったり。
人はそんなにたくさん食べられないし、服も着られる枚数は決まっているし、必要以上にお金を使うということは案外大変だ。
だからこの手の大金持ちは、一発でたくさんお金が消費できる自家用ジェット機やらクルーザーやら、指より大きい宝石にお金を変換する。
こんな大金持ちになったことがないから本当のところはわからないが、庶民が感じる「お金を使うのが楽しい」という感覚はなくなっているのだろう。
ある意味かわいそうだ。
人生の最大の楽しみの一つである「お金を使う」という行為が楽しくないのだから。
小学生のころ、もらった小遣いで駄菓子屋に行っていろいろなものを買った。
楽しかった。
もうちょっと小遣いがあればもう少し楽しかったかもしれない。
だから大人になってもそう思っているうちが華だろう。
もう少し給料が高かったらあれが買えるのにと思って、数年後に買えるようになる。
これが理想。
●ヒント20 夢を持とう
今日も早起きして、満員電車に揺られてやっと会社についた。
パソコンを立ち上げて、まずは今日やる仕事の確認。
リストアップが終わったらメールのチェック。
ここでさらにやることリストが増える。
重要なものから処理していけばいいが、午前中は頭が回らないから、とりあえず頭脳をあまり使わない仕事から始めてウォーミングアップ。
日々繰り返される儀式。
普段は何とも思わずに目の前の仕事をやっつけることに集中している。
しかし、ふとした時に「このままこれがいつまで続くのかなぁ」なんて思ったりする。
こんな時に「夢」を持っていると気持ちの持ち方が全然違うよ。
今の仕事は将来の夢をかなえるためのステップなんだ、と思えればどんな仕事でも前向きになれる。
だって、この仕事を一生懸命こなせば夢にまた一歩近づくんだから。
この夢は具体的で現実可能なものの方が良い。
だって、おじさんやおばさんになってからアイドル目指そうなんて、現実味がないから今の仕事の本当のモチベーションにはならない。
自分で自分のことはそこまで騙せないよ。
夢を持つのはいくになってもいい。
当然20歳のころの夢と今の夢は違っているさ。
大人になった自分の大人の夢。
夢を持ったって誰にも迷惑はかからない。
頭の中は自分だけのフリーゾーンなんだから思いっきり夢を見よう。
明日も頑張れば実現可能な夢に向かって、日々の仕事を頑張ろう!
●ヒント21 テクノロジーとどう寄り添うか
自分はそこそこパソコンが出来ると思っていた。
今風に言うとITリテラシーがあると思っていた。
普段の仕事において特段不便は感じない。
しかし、一歩外の世界に目を向けると、とんでもないことになっていた。
とある打合せでIT系の方と話す機会があったが、専門用語(しかし向こうは挨拶のように普通に言葉を発している)の連発で、おおよその想像はできても結局理解は出来なかった。
一方、自分の親の世代はというと、これが驚くほどに何も出来ない。
Web限定の申し込みなんて言葉を聞くと、その時点で思考が止まってしまうようだ。
さて、この状況をどう理解すべきか。
いろいろ考えた挙句に達した結論は、あきらめた時点でもうどうにもならなくなってしまうということ。
最先端の知識を持っていなくていい。
でも、最低限のレベルは保っていられるように、少しはアンテナを張っておこう。
自分のレベルとは関係なしに、世の中は最先端の技術を取り入れて進化していく。
この進化は、人間自体が進化することを前提に成り立っていて、使う側があきらめてしまっては成り立たない。
しかも、例えばwebで何も出来なくたって、電話でのフォローがあったりして自分はそれほど困らないかもしれない。
でも、周りは困る。
確実に余計な仕事が増えてくる。
これからは、高齢者向けの本当に使いやすいアプリが出てくるだろう。
でも、心を閉ざしてしまった高齢者には、どんなに使いやすいものが出来ても受け入れられないだろう。
だから、あきらめちゃいけないんだよ。
もうこれ以上便利にならなくてもいいんだけどな。
世の中そうもいかないんだから。
●ヒント22 「飽きる」に対する対処法は何だ?
自分は平穏な日常が一番心地いい。
一方で、刺激的な毎日が欲しい。
大きく分けるとこの2パターンの人間がいるように思う。
自分はどっちかな?と考えてみると、時によって違っていることに気が付いた。
平穏な日常が続くと刺激が欲しくなるし、刺激的な毎日を過ごした時はゆったりとした時間を過ごしたくなる。
結局、同じ状態が続くことに飽きているんだと気が付いた。
この飽きるという状態に対する対処法を考えてみた。
一つは飽きることに慣れる。
同じことの繰り返しを苦痛と思わないくらいまで昇華させるんだ。
本当のところは分からないが修行僧のイメージ。
ここに至るまではかなりの鍛錬が必要だ。
もう一つが飽きないような引き出しを持っていること。
そろそろ飽きそうだなって思ったときに、次はこれがあるからと思えれば、飽きてからでも頑張れる。
でも、飽きないための引き出しをたくさん持っていることも、鍛錬というか努力が必要だな。
どの状態が自分にとって心地いいかは人それぞれなので、よく自分の特性を理解して、それに応じた対処法を準備しておく。
それしかなさそうだ。
自分は平穏な状態が続くと刺激が欲しくなるタイプだ。それもそれも頻繫に刺激が欲しくなるので、それなりの準備をしている。
つもりだ。
これからもそうしていく。
その一環でこんなものを書いている。。。
●ヒント23 四番バッターだけでは勝てないんだよな
私は昔からの巨人ファンだ。
子供のころは、夏の夜は巨人戦のナイターと相場は決まっていて、プロ野球界は巨人が主で、他の球団は巨人を引き立てるために存在するくらいに、本当に思っていた。
しかし、時代が進むにつれて状況が変わっていった。
巨人も変わっていった。
このセクションは、そんな変わって知った巨人から学んだこと。
もうだいぶ前の話になるが、他の球団の四番バッターを集めて、強力打線を組んでいた時期があった。
多少の時代のずれはあるだろうが、落合、清原、広沢、江藤など、そうそうたるメンバーがそろった時期があったと思う。
ファンも野球関係者も優勝を疑わなかった。
しかし、結果はそうはならなかった。
これは会社にも言えることではないか。
四番バッターだけでは会社は成り立たない。
会社には様々な仕事があって、評価されにくいが実は非常に重要な仕事がいくつもある。
野球でいえば、送りバントや犠牲フライを確実に決めてくれるそんな人間。
こういう役割が会社にも必要なんだ。
自分は四番バッターではないかもしれない。
でも、そんなことに悩む必要はない。
自分が必要とされるポジションは必ずあるはずだから、そのポジションで技を磨こう。
そして輝こう。
●ヒント24 歴史から学ぼう
歴史は繰り返す。
聞きなれた言葉だ。
しかし重要な事実を語っていると思う。
歴史というのは分解すると、その時の社会の状況に対して、人がどのように思い、どのように行動するかの繰り返しである。
教科書に出てくる英雄がいたから歴史が変わった、ということもないことはないと思うが、基本的にはその時の情勢が現状を変えなければならないところまで煮詰まっていて、そのエネルギーを「英雄」の行動で爆発させたために、歴史的偉業になったのではないだろうか。
言い換えれば、爆発の引き金を引くのは彼、彼女じゃなくても成立したのではないだろうか。
ここで話を戻すと、なぜ歴史は繰り返されるのだろう。
それは、時代が変わっても人間の本質的なことは変わらないからではないだろうか。
閉じ込められれば出たくなるし、ズルをしていい思いをしている奴がいれば蹴落としたくなる。
今こうしている間にも社会の不満のエネルギーがどこかにたまってきている。
100年前の状況と似ているではないか。
このエネルギーが放出されるとき歴史が繰り返されるんだな。
これを自分の仕事に当てはめたらどうだろう。
次の一手が見えてくるかもしれない。
●ヒント25 結局自分は文句ばかり言ってないか
最近一緒に酒を飲む相手は、同年代か年上が多くなってきた。
最初は当たり障りのない会話が流れているが、2杯3杯と進むうちに、だんだん雰囲気が変わってくる。
結局なんかしらの文句を言っている。
批判をしている。
こう言って、一緒にいる人の文句を言っているのも自分だ。
文句はだめだよ。
聞いている人を不愉快にする。
それが正論であればあるほど鼻につく。
暴論であれば笑って済ませられるんだけどなぁ。
だから文句は言わないで、何でも褒めるようにしようと心に決めた。
冷静に考えれば、文句を言いたくなるような出来事と同じぐらいほめたくなるような出来事も起こっているはず。
でも興味は、文句が言いたくなるような対象にズームインされていく。
困ったものだ。
昼のワイドショーに暗い話題が多いのは、この人間の真相心理を利用して視聴率を稼いでいるのではないだろうか。
明日から笑いながら人を褒めよう。
そうすれば聞いている人も愉快になってくるはずだ。
少なくとも、楽しい前向きな話をする人は、みんなから慕われるだろう。
それが何よりだ。
●ヒント26 男と女は一緒じゃない
このテーマは取扱い注意だ。
でもあえて書いてみよう。
最近は特に男女を一緒の物差しで測ろうとする風潮にある。
男女の性差だけではなく、年齢の垣根が低くなったり、障害のあるなしなどもひっくるめてある意味「平等」という風に扱おうとする。
ここに反論するのは勇気がいるが、この「平等」には、違和感がある。
自分が深く納得した本(決して感銘を受けたわけではないが)に「地図を読めない女、話を聞かない男」というベストセラーがある。
簡単に言うと何万年という人類の歴史の中で男と女の役割が違っていたので、脳や身体の作りがそもそも違うという内容だ。
脳の作りが違うから得意なことも違う。
感覚的にこのことは実に納得できる。
例えば、コミュニケーション能力に長けているのは女性だから、言語機能は女性の方が優れている。
だから通訳は女性の方が多い。納得。
女性は冷蔵庫の中の食材はすぐに見つけられるが、地図を見ながら目的地にたどり着くのは男の方が得意。納得。(もちろん例外はある)
根本的に違う脳、違う特性がある動物を、同じ物差しで測る意味があるのだろうか。
それぞれが得意な分野、苦手な分野を理解して、補完しあって目的に向かって進む方がよほど合理的だと思う。
この違いを知っていて理解すれば、おのずと関係がスムースになる。
会社でも同じことじゃないかな。
●ヒント27 張り詰めた糸は切れやすい
この表現を最初に使った人は誰なんだろう。
実にうまいことを言うなぁ。
確かにゆるゆるの糸は、そのままの状態でほっておけばなかなか切れることはない。
しかしピンと張った糸は、時間がたてば切れる。
これを人間に例えると、何事にも気を張って全力で取り組んでいる人、しかも全力で休みなく働いている人がいる。
そういう人は一定の期間は、成果もあげるし周りからも重宝がられるので評価される。
しかし、そういう人があるときぷつんと糸が切れて、まったく仕事が出来ない状態になってしまった例をいくつも見てきた。
改めて認識しよう「張り詰めっぱなしの糸は切れやすい」
だから、張り詰め具合を自分でコントロールしよう。
頑張りすぎたなと思った次には少し休もう。
どのくらい休むかは人それぞれだから、よく自分の心と相談して、長期的にみてトータルのパフォーマンスが出せるようにしよう。
まずは、自分の中の糸がどの程度の強さで、どの程度の柔軟性を持っているのか分析してみよう。
これを知ることが出来なければ、コントロールも出来ないからな。
●ヒント28 〇〇過ぎはいいことない
食べ過ぎ、飲みすぎ、働きすぎ。〇〇過ぎにはろくなことがない。
でも人間はつい、いろいろなことをやり過ぎてしまう。
そして、冷静になった時にいつも後悔する。
最悪のケースは体を壊したりしてしまう。
これを解決する方法はないものだろうか。
一つのやり方としては、自分のリミットを具体的に数字で把握すること。
お酒はこれ以上飲むと飲みすぎゾーンに入る。
このくらい食べると食べ過ぎ。
このくらい働くと働き過ぎ。
これを具体的にお酒は6杯、ご飯は茶碗2杯、仕事は連続残業5日というように自分の中に具体的に基準を作ろう。
何でもやりすぎてしまうのは人間の特性なので、一気には解決しないだろうが、数字にすることでいくらかは効果があるのではないか。
もう一つが、身近な人にこの数字を宣言すること。
そして、ちゃんと嘘をつかずに報告すること。(これが中々出来ない)
人は外からの監視に敏感だ。
だったらこれを逆に利用してしまおう。
今後の自分に期待だ。
●ヒント29 考え方は時間とともに変わっていく
このコラムを書き始めたのは数年前だ。(手帳にはずっと前から書き留めていた)
自分に対するメッセージというスタンスで今も書いている。
久しぶりにこれまでの文章を読み返してみた。
すると、「あれ。なんか違うぞ」というところがいくつか見つかった。
つまり、人の考えは結構変わるっていうことを身に染みて実感したわけだ。
会社では、上司に対して以前説明したことを再度説明すると、全く違う反応が返ってくることがある。
そんなときは「まったく言いうことがコロコロと変わって、やってられない」という風になる。
でも、自分を振り返ってみると実は結構同じことをやっている。
だって人間なんだからしょうがないじゃないか。
その時の発言は、その時の周囲の状況、自分の状況、はたまた自分の体調により発せられたもので、それぞれの状況が変われば発言も変わってきてしまう。
普段から熟考していることに関して判断を求められたのであれば、信念をもって発言できるだろうが、たいていの場合は瞬時に判断を求められる。
そんな発言だから変わって当然。
そんな時は冷静に「前回はこのように言っていましたけど、判断が変わったんですね」と言ってさらりと流そう。
●ヒント30 今を楽しもう
これは何かの雑誌記事に載っていたこと。
人間は何かに集中している時以外の時間のほとんどを過去の苦い経験や将来の不安について考えているそうだ。
全く意識していなかったけど、今日の自分の生活を思い返すと確かに当たっている。
電車の中でボーッとしていた時、「確か昨日飲み過ぎて仲間に余計なことを言ってしまったんじゃないか」と考えていた。
過去の失敗は変えられないし、将来の不安は確定したものではない。
そんなことに時間を使っているなんて何てもったいないんだ。
通勤で歩いているときに道端を見ると、地元の小学生が植えた花が綺麗に咲いている。
昼に食べた牛丼は一口ずつ噛んで味わうととても旨い。
こっちの方が断然いいな。
今風に言うといわゆる「マインドフルネス」ってやつだ。
仕事だって「いやいややっている」ものばかりではないはず。
よく考えればこの仕事は案外面白いとか、すごく人の役に立っているとか、前向きにとらえることの出来る時間はあるはずだ。
でも、この感覚を無意識に実践するのにはトレーニングが必要だ。
早速今からやってみよう。
●ヒント31 犬のように生きる
ある本を読んだときに「犬のように生きる」というフレーズがあり、とても印象に残っている。
犬は、飼い主が来れば尻尾を振るし、エサが出てくれば毎日同じドッグフードだとしても夢中で食べる。
将来を不安に思ったり、過去の失敗を反省しているそぶりはない。(犬の気持ちは分からないのでおそらく)
犬のこういう姿勢を見習って、目の前の小さな幸せを全力で感じることができれば、幸せ点数はいまよりグッと上がるはず。
これは今はやりのマインドフルネスってやつだな。
ワンちゃんは、生まれながらにマインドフルネスを実行しているということだ。
事実、世の中にはいつも楽しそうにしている人がいる。
そういう人も実はいろいろ悩んだりしているのかもしれないが、楽しくしている人を見るとこちらも幸せになる。
自分もそうなりたい。
日々の生活は思ったほど悪くないかもしれない。
自分でそのことに気が付かず、後ろ向きの感情が心の中を支配しているために、現実より悪くとらえてしまっているのだろう。
ワンちゃんを見習って、前向きに生きてみよう。
●ヒント32 「どっちが自由か」で選んでみよう
生活しているといろいろ決断をしなければならない時がある。
決断の内容は当然ひとそれぞれだ。
経営者の大きな決断もあれば、平社員の小さな決断もある。
逆に経営者の小さな決断も平社員の大きな決断もある。
さて自分は、何を基準に決断すればいいか。
もちろん仕事ならば数字や理論で正しい方を選ぶことになるだろう。
でもこれは、決断ではなくて判断だ。
決断とは、理屈ではなかなか説明がつかないけれど、決めなくてはならない状況を言うのではないか。
そんなときは、どっちが自由かで決めるようにしてみよう。
だって迷ってるってことは、どちらを選んでも大失敗はないわけで、やってみないとわからない状況なわけだから。(大失敗は自分が知らないうちにそうなっていることがほとんど)
人間をやっていると色々なルールにしばられる。
そんな社会に生きているならば結局は自由なのが一番幸せなんじゃないかな。
これは、最近よく考えることだよ。
ならば一番幸せになれそうな決断をするのがいい。
きっとそうだ。
●ヒント33 どの種類の自由を目指すか
前の項目で自由を基準にものを考えてみようと決めたが、自由というのはどういうことか整理してみよう。
まずは単純に肉体的な自由がある。
好きな時に好きな場所に行けるたり、眠たくなったら眠ったりできること。
次に思いつくのは経済的自由。
時間があってもお金がなければやりたいことは出来ないことの方が多いだろうからこれも一つの自由の条件だ。
最後に精神的自由。
仕事をしていて自分で何でも決定できる自由。
周りからの精神的拘束がなく穏やかでいられること。
あえて活字にするとこんなところだろうか。
自由というのは特にこの「精神的自由」のことを言いたかったんだ。
例えば、あまりやりたくない仕事を頼まれたとする。
相手にとっても大して喜ばれない仕事。
だけど、短時間で終わるし完遂したらお金がもらえる(このような状況で大金をもらえることはほとんどない。あるとすればそれは社会的に許されない仕事の場合が多い)。
つまり、仕事はすぐ終わるし、お金がもらえるので肉体的自由と経済的自由のためには仕事は受けた方が良い。
しかし、やりたくない仕事をやることで精神的自由は奪われるので、この仕事は受けるのをやめよう。
そういうことだ。
●ヒント34 自由を基準に決断しないとき
こんなこと言うと「前言ったことと矛盾してるじゃないか」なんて思ってしまう。
でもあるんだ。
そういう時が。
自由を基準に選択するのは日常の決断の場合。
でも、たまには人生を左右するような大きな決断に迫られることがある。
この時はさすがに自由かどうかだけで判断出来ないよな。
例えばサラリーマンを辞めて起業をするかどうかの判断。
肉体的には、サラリーマンより自由度は増すだろうが、よく考えるとそうは言い切れない。
経済的には自由度が増しそうに見えるが、銀行に追いかけられる状況も考えられる。
精神的には自由度増すかどうかは微妙だ。
少なくともサラリーマン時代に感じていた窮屈さからは解放されるだろう。
しかし、違った意味での大きなプレッシャーがかかることも容易に想像できる。
やってみないとわからないが、自分が選んだ方が正しいと信じて進むしかないんだろうな。
自由かどうかの判断とは別に人生を左右する判断だ。
●ヒント35 無視する勇気
メール、電話、会議など。仕事をしていれば、こちらの状況などお構いなしに情報が入ってくる。
朝一番の仕事が、溜まったメールの処理だという人も多いのではないだろうか。
そこであえて言おう「勇気を持って無視しよう」
とりあえず伝えておこうとか、思い付きで聞いてみたとか、深い考えもなく発信された情報は案外多い。
これらの情報発信に対していちいち反応していたら身が持たない。
試しにしばらくほっておいてみよう。
案外向こうもこっちも忘れているし、それでいて全く実害がないことがなんと多いことだろう。
でも、これはしっかした情報の見極めが必要。
大した内容でなくとも反応することで信頼を得ることも同時に考えなければない。
そう、信頼の貯金が無視することでなくなってしまうことは、絶対に避けなければならない。
それと、プライベートなメール、LINE。
返信しない、既読が付かないなどは、その行為自体がメッセージ性を帯びてくる。
そう考えると無視するのも意外と労力がいるなぁ。
●ヒント36 情報が多すぎやしないか
現代人が浴びる1日の情報量は、江戸時代の1年分、平安時代の一生分に匹敵すると言われている。
さすが多すぎだ。
スマホが登場してからは、常に情報のシャワーを浴びる環境が整っていて、脳が休まる暇がないよ。
ここで、浴びている情報の内容を考えてみよう。
そのほとんどは使い捨ての情報ばかりだ。
今知っている情報は明日には価値がなくなっている(みんなが知っている)
そこで、あえて情報をシャットアウトしてみよう。
スマホななるべく見ない。
テレビをつけっぱなしにしないなど、こうと決めれば実行するのは案外簡単だ。
そうするとどうだろう、一つのことをじっくり考えるようになるではないか。
人間の脳のキャパシティが一定だとすると、使い捨ての情報を処理する時間と能力が余ってくるので、他のことに使えるようになる。
また、休ませることができる。
この余白を使って物事の本質を考えることで、結果的に蓄積できる情報に変換できるようになる。
自分の頭はそんなに良くないから、暇なぐらいがちょうどいいのかもしれない。
●ヒント37 苦手な人とどう付き合うか
実に厄介な問題である。
仕事をしている以上、気の合う人とばかりと仕事をするわけにはいかない。
気の合わない人、もっと言うと嫌いな人ともかかわらなければならない。
解決の方法は2つある。
と思っている。
1つ目は、相手にも考えがあって自分に対する態度、仕事に対する姿勢を行動にしているのだから、それを理解しようと努力すること。
あえて積極的に相手とかかわって、なぜそのような態度になるのかを理解しようとする。
たぶん、悪意があって自分に対していやな態度になっているわけではないから、理解して許せるようになるか、あきらめがつくか。
いずれにしても今よりはすっきりするだろう。
2つ目は、なるべくかかわらないこと。
不思議なことに、割り切って本当に必要最低限のコミュニケーションしかとらないように決めてしまうと、案外問題が起きなかったりする。
相手も自分のことはあまりよく思っていないだろうから、ある意味win-winであるとも言える。
改めて厄介な問題である。
でも、対処法を知っていればいろいろ悩む時間が減るのでそれだけでも良しとしよう。
残念ながら完全な答えは存在しない。
●ヒント38 自分のタイプをよく知ろう
自分はどういうタイプの人間か。
分かっているようで分かっていない。
それと自分の思っている自分のタイプと会社の人が思っている自分のタイプはだいぶ違うんだろうな。
なぜって、会社では自分をよく見せようと多かれ少なかれ演技をしているからね。
これをサラリーマン生活にどうやって活用しようか。
タイプっていうのは、どんなことに喜びを感じるか、ストレスを感じるかという見方がいいのではないだろう。
例えば、日々同じ種類の仕事を淡々とこなすことに喜びを感じるのか、刺激的な毎日に喜びを感じるのか、それによって、選ぶ業種、職種が異なってくる。
当然能力によって望んだ仕事に就けない場合も多いだろうけど、喜びを感じたりストレスを感じなかったりする仕事は、きっと向いている仕事だから自分の能力を一番発揮できる仕事なんだろう。
自分を分析すると、毎日同じ仕事を淡々とこなすよりは、新しいことに取り組む方が良いタイプの人間だ。(こんなコラムを書いているからね)
今の仕事は自分のタイプに合っていることに気が付いた。
多少嫌なことがあっても、「今以上に気分よく働ける環境はそうそうない」そう思うことにしよう。
そう思えなくなったら、それは自分のタイプとマッチしなくなったということだから、仕事を変えることを検討してもよい。
ベテランには、待っていてもなかなか新しい仕事は降ってこないから、自分で仕事を作っていかなくてはならない。
面白そうであり、大変だ。
●ヒント39 他人は自分の思うようには動かないもの
これはキャリアを積むごとに感じるな。
いやいや、それはかっこよく言い過ぎだな。
サラリーマンとしての月日が長くなるほど感じる。
そう、人は自分の思うようには動かない。
たとえば学生時代を振り返ると、自分の主張に対して他人が思うように動いていたかというと、実はそうではなかっと思う。
だけど、そのことに対して不満に思った記憶はない。
なぜだろう。
一つは、サラリーマンになってからはお互い仕事に関することなので学生時代とは真剣さが違う。
また、最近のサラリーマンは議論のスキルが高いから上手に反論してくるから、「自分の思うように動いてくれないなぁ」と感じることが多いような気がする。
これは自分に反論のスキルが足りないからなのか、無用の衝突を避けたいという潜在意識なのか、その両方なのか。
でも、それって当然だよな。
100%意見が合うことはほとんどないはずだから、相手の発する言葉には何らかの違和感(自分がそれを発言すれば相手にとってみれば反論)を覚える。
立場が逆でも同じことが言える。
他人は自分の思うようには動かない。
自分も人の思うようには動いていない。
だからそんなもんだと思って、相手と接すれば少しは気が楽になる。
ほとんどの場合は衝突してまで押し通したい意見ではない。
でも、本当に譲れないときは頑張って主張しよう。
●ヒント40 経験が生かせない状況の打破
最近の若い人は優秀だと感じる。
自分が若い時にベテランからそんな風に思われていただろうか?
思い返すと否だ。
少なくとも直接「優秀」だと言われた記憶はない。
仕事をサポートするツールは年々進化している。
仕事上で知りたいことは、キーボードをたたけば1分もあればだいたいのことは知ることが出来る。
つまり知識があることの優位性が低くなってきているということだ。
検索能力の長けている人の方が知りたい情報に早くたどり着けるのだ。
これを言い換えると長年の経験で培ったノウハウなどの重要性が低下しているということ。
もちろん、検索で導き出せる知識と、経験に裏打ちされた知識では雲泥の差がある。
そのはずだ。
もっと言うと、そう信じたい。
しかし、それをアウトプットにすると雲泥の差に見えないのが現実。
なぜなら、経験に関する知識さえも検索すれば出てくるからだ。
それではベテランはどうするか。
これまでは若い人の方が発想力が豊かで新しいものを始めるのに向いていると思われてきた。
しかし、そうとも言えないようだ。
新しいことにチェレンジするかどうかは、年齢ではなくキャラクターの問題だと。
逆に若い人はすぐに検索するので、我々世代より深く考える習慣がないと感じる時もある。
結局、「経験を積んでいるから若い人より仕事が出来るはずだ」という既成概念を捨てること。
その上で、自分のキャラクター(得意分野)で何をすればよいのかを考える。
まずはその発想の転換から始めよう。
●ヒント41 データ至上主義の副作用
「データドリブン」という言葉がもてはやされて久しい。
感覚で判断をするのではなく、データを根拠に行動を起こすべきだ。
という考え方である。
多くの企業の担当者は、役員会などの意思決定のための会議において、データ(過去の傾向や自社の状況など)を駆使して、承認を得ようとする。
最近はデータを集めるのは比較的容易なので、大体のデータはキーボードをたたけばそろえることが出来るだろう。
結果的にデータに基づいた分析は説得力があり、無事承認が下りる。
というのが、一般的な傾向だ。
しかし、すべての企業が同じデータをもとに意思決定したらどうなるだろう。
そう、同じ結論が導き出されて同じ戦略を進めることになる。
はて、企業が勝ち残るためのキーワードは差別化ではなかっただろうか。
大きな矛盾だ。
だから小見出しに副作用と書いた。
まさにこの状態が副作用だ。
データばかりを追っていると、差別化が出来なくなり企業は弱っていくのだ。
だから、そこに過去の経験とかヒラメキとか「非科学的な」要素が介在することで、差別化が実現し勝ち残れるのだ。
ワンマン社長のヒラメキは社員にとっては迷惑な場合が多いかもしれないが、企業にとっては非常に重要な武器になる可能性を秘めているということだ。
自分に置き換えれば、データを活用しつつ、データの裏にある真実を考える努力をしよう。
キーボードをたたいても出てこない答えを出すのだ。
それがベテラン社員の生き残る道かもしれない。
●ヒント42 人生を賭けなくてもチャレンジは出来る
人生には決断の時というのがある。
サラリーマンでいえば、転勤、転属、M&A、降格(昇格の時は決断の時にはならない)ぐらいが、きっかけになるだろう。
一方で決断を躊躇する要因もある。
子供の教育、親の介護、ローンの返済などより現実的な問題になってくる。
単純な事例で言えば、子供がまだ小さくて家のローンが残っているのに、上場企業を辞めて起業して独立するぞ、という状態。
本人は興奮状態なので、何とかして家族を説得してやろうと思っている。
一方家族(ほとんどの場合奥さん)は、変化を嫌うので何とか今の会社に留まってほしいと説得(状況が進んでくるとお願い)する。
両方の言い分とも正しいのでなかなか合理的な決着にはたどり着かない。
そこで提案。
会社を辞めずに小さなチャレンジ(起業)をしてはどうか。
副業を禁止(または要承認)している会社は多いと思う。
それは本業以外に、大事な時間を切り売りしては、本業に支障が出ると考えるからだろう。
起業というからには新たなビジネスモデルを思い付き(もしくは真似して)、会社を興そうということだから時間を切り売り(時給いくらで働く)わけではない。
つまり、やり方によってはサラリーマンを続けながら出来るのではないか。
一人では無理ならば仲間と一緒にやればいい。
そこで、自信がついたら、また奥さんを説得できるくらいの成功が見えてくれば、本格的に起業すればいい。
ある意味、このやり方が出来れば理想であり、まずはこのやり方でも出来るビジネスを考えるべきだ。
男は常に一旗揚げることを心のどこかに描いている。
イコール、安定を捨てて大海原に飛び込むと思い込んでやしないだろうか。
安定を保ちながら一旗揚げることは、ある意味理想の形なので、それを目標にまずは小さい一歩を踏み出してもいいのではないだろうか。
●ヒント43 直接伝えることの大切さ
自分がサラリーマンになりたての頃、仕事上の伝達手段は限られていた。
直接伝えるか、電話で伝えるか、文章で伝えるの3択。
ここでいう文章というのは、現代のそれとは少し違って稟議書や報告書などの公式文書にほぼ限られていた。(付箋にメモという手もあるが、重要な伝達には使わない)
社内にお手紙を出すのはさすがにやっていなかった。
一方、現代は?まずはメール。
E-mailはまだまだ主役の座にいるが、これに代わるコミュニケーションツールが数多く使われている。
電話に関しても固定電話はあまり使わないだろう。
昔はなぜか受話器の線が変な風にこんがらがって、定期的に逆回ししてほぐしたもんだ。
ここで本題に戻る。
メールは非常に便利なツールだ。
自分の好きな時に発信出来て、相手は好きな時に読めばよい。
一方、わざと返信しなかったり、朝一番で送ったりと、無言の主張をしたりもする。
最近はAIでTPOに応じて適切な文章に直してくれたりもするようだが、基本的には冷たい感じにとらえられることが多い。もちろん微妙なニュアンスも伝わりにくい。
これらを伝えようと双方メールの応酬となると、あまりいい結果にはならないものだ。
しかし、顔を合わせて話すと、それだけで解決することがよくある。
人間は表情や声のトーンで多くの情報を伝えるというが、メールと比較すると良く分かる。
特に相手の意見に反論するときは、メールはやめよう。
自分が受け取った時のことを考えれば納得できる。
一方的に送られてきた批判(どんなに丁寧な反論でも批判に感じる)は、非常に気分が悪い。
自分が送った場合の相手も同じように感じるはずだ。
これは、サラリーマンをやっていく上では非常に大事なスキル(テクニック?)だ。
●ヒント44 違和感への感度
人の言うことをうなずきながら聞く。
一見素直そうに見えるこの態度は、時と場合によっては裏目に出る。
人は考えながら話していると、途中でいろんな情報が頭を通過するので、時に合理的でない会話をする。
また、営業に行った時の相手方は、せっかく来てくれたからいい情報を伝えようとして話を少し盛ったりして、実現不可能なプロジェクトを「可能性はある」なんて言ったりする。
これを真に受けると結局何も生まれない。
無駄足を踏むことになる。
これを回避するためには、状況に応じて相手の立場などをよく考えて違和感への感度を上げておく必要がある。
一般的にはどうか。
平均的にはどうか。
今回の結論が平均から外れているのはなぜか。
ビジネスの世界は将棋で言う「定石」で動くものだ。
例えば100億円のプロジェクトは1週間では決まらない。
こういう定石(というか常識)と相手の言っていることの格差に敏感になろう。
この違和感の感度が、自分を大きく成長させる。
●ヒント45 安定から生まれるもの
世の中にはサクセスストーリーが溢れている。
それは書籍にしてもTVにしても成功体験を表現しているし、基本的には成功者しか表に出てこないので、実際の割合よりもかなり多く感じているはず。
(中には挫折や失敗を取り上げたものがあるが、それは高いレベルでの挫折であって本当の意味での挫折ではない)
これらの情報を目の当たりにすると、「自分だって出来るはずだ」とこれまで温めてきたビジネスプランを実行に移すための方法を本気で考えたりする。
分かりやすく言うと起業・独立の検討だ。
しかし、現実にはそう簡単にはいかない。
これを実行に移すためには、現在勤めている会社を辞め、なけなしの貯金をつぎ込み、すべてを投げ打って勝負に出なければならない。
そのために家族を説得しなければならない。。。
実はこのハードルが一番高かったりする。
何より、自分自身が成功の確証を持って飛び込むことに心の底から納得しなければならない。
そこそこの年齢に達し、特に家族を持ったサラリーマンにとって独立・起業はそう簡単なものではない。
余程の天才か、自信家か、アホでなければ飛び込めないのではないだろうか。
それではどうするか。
いっそのこと「安定と冒険の二刀流」と行こうではないか。
まず、何のために独立するのか。
金持ちになるため、自分で意思決定するため。またはその両方。
金持ちになるためには大成功が必要なので、確率が低いことはサラリーマンをやっていれば察しがつく。
だから、結局は自分で意思決定する満足感を得て、自己実現のために独立する、というのが王道の考え方のような気がする。
事実、自分もそこそこの年齢なのでこの考え方がしっくりくる。
ならば、サラリーマンという安定を捨てずに自己実現すればいいのではないか。
具体的には、サラリーマンを続けたまま法人を作って社長になり、意思決定すればいい。
ただし、ここで行う事業はサラリーマン業に影響が少ないものに限る。
これが実現できれば、独立の目的は達成できる。
全てを投げ打って勝負に出る前に、こんな方法を真剣に考えてみてはどうだろうか。
●ヒント46 成果が出ないときの対処法
これは特に営業系の職種についての話。
当然、管理系の仕事にも成果は求められるわけで厳密にいえばこのタイトルに当てはまるのだが、なんせ自分が管理系の仕事に就いたことがないので、今回は営業系に絞る。
仕事には好不調がある。
特に成果が数字で表れる職種については、グラフになんかされてしまって、好調な時は鼻が高いが不調の時はさらし者といった感じになる。
他の職種、例えば創作系の仕事などはもっと好不調の波があるのだろう。
それでは不調な時にどうすればよいか。
大きく話がそれてしまうが、あなたは、モーツアルトの作曲した有名な曲といえば何を思い出すだろうか。
一番有名なのが「フィガロの結婚」それに「アイネクライネナハトムジーク」○○交響曲など、メロディーを聞けば聞いたことがある曲が何曲かあるだろう。
それに対して作曲した曲は900以上といわれている。
何がいいたいのか?
そうだ、天才と言われたモーツアルトでさえ、ほとんどの曲は後世に残ることのない普通の曲だということ。
言い方を変えれば、ヒット曲を生むためにはとにかく数をこなす必要があるということだ。
それを現代の営業系職種に置き換えるとどうなるか。
とにかく行動量を増やす。
得てしてベテランになると成功や失敗のパターンが見えてくるので、可能性のない案件、低い案件には端から手を出さなくなる。
しかし、モーツアルトはそんなときでも曲を書き続けたに違いない。
だから、初心に帰ってダメ元だと思って行動してみよう。
何かが生まれるはずだ。
いや、そう信じよう。
●ヒント47 故意は許さないがミスは許そう
日々生活(特に仕事)していると、他人の行為のせいで不快な思いをすることがある。
単純な例で言えば、いつも同じ間違いをする人のせいで自分の仕事が増えてしまったり、評価が下がったり。
レストランで注文したものと違う料理が運ばれてきたり。
枚挙に暇がない。
そんな時自分でルールを決めている。
「故意は許さないが過失(ミス)は許そう」
このように考えるとほとんどのことは許すことになる。
でもそれでいいのだ。
ルール通りに許せば、不快な思いのあとの心の落ち着きがだいぶ違う。
これを応用して、仕事で自分のミスに対して指摘を受けた場合にあてはめる。
その場合相手の発言が、自分を不快な思いにしてやろうというのが「故意」にあたり、指摘するのが仕事だから意識せずに指摘したのは「過失」にあたる。
結局ルール通りその指摘を許すことにすれば、心が軽くなる。
これは逆の立場になる場合も大いにあると肝に銘じた方が良い。
人の気持ちは本人しかわからないし、ほとんどの気持ちは相手に伝えないものだからね。
●ヒント48 あえて伝えなくてもいいこと
人は得てして沈黙が苦手である。
大人数であれ1対1であれ、5秒間の沈黙は実際の時間以上に長く感じられる。
たまに人前で話をするときに、次の言葉が出てこなくて、沈黙が流れる。
その沈黙に耐えられずに、「えっと」「あー」などの意味のない発音で場をつなごうとするが、結局は思っていたこととは違ったことを口に出してしまったりする。
人間とは不思議なもので一度頭に浮かんでしまったことは、「今日はこれは言わないぞ」と決めたにもかかわらず、つい口に出してしまう。
本題に戻ろう。
あえて伝えなくていいことを黙っているのは実は意外に大変なことだ。
きっと頭の構造が思いついたことを言語にするようにプログラミングされているのではないのだろうか。
しかし、頭の中に収納されている情報の中で伝えない方がいい情報は意外にある。
それは、相手を説得するにあたり選択肢を増やさないとか、あえて考えてほしいことに導くために他の話題を口に出さないとか。
ついつい頭にある情報が口から出てしまう構造を持った自分をどのようにコントロールしようか。
そこで、考えた。
伝えなくていいことを文字にしてみよう。
文章である必要はない。
ポイントのわかる単語でいい。
頭で整理していたことはつい口に出てしまうが、文字にすると頭の中のブレーキが利きやすくなることが、自ら行った実験でわかった。
あえて伝えなくていいことがストップできれば、もう沈黙を怖がることはないな。
●ヒント49 やる気が出ないときの対処法
サラリーマンを30年以上もやっていると当然仕事の波がある。
この波とは仕事の量だったり質だったり、自分のコンディションだったり、はたまたこれらの組み合わせだったりする。
逆にいうとすべてがそろって充実して仕事をしている時間の方が少ないかもしれない。
なかでもいろいろ負のことが重なってどうしてもやる気が出ないときがあるのは、私だけではないはずだ。
振り返って受験勉強時代にさかのぼる。
この時代もやる気が出ないときがあった。
そしてその解決方法としては、頭は使わずに手を使う作業に集中したものだ。(例えば単語帳をひたすら作るとか)
志望校に合格するという不動の目標があったから、対処方法は単純であり、効果的であったと思う。
一方、サラリーマンにおける仕事はどうか。
問題は受験勉強のように明確な目的がないことだ。
やる気が出ないときに仕事のペースを落としたからと言ってすぐに馘になるわけではないし、評価が下がるわけでもない。
だから余計に有効な対処法を知っておく必要がある。
まずは、時間が経過すれば自分のコンディションも周囲の環境も変わるのでいずれやる気に満ち溢れるときが訪れると信じることである。
そのために何をすればよいか。
周辺環境は自分では変えられないことが多いだろう。
ならば自分のコンディションを変えるように努力しよう。
短期的にはひたすら経費精算などの事務作業をこなす。
睡眠を十分とる、有酸素運動を行う。
休暇を取ってリフレッシュする。
過去の成功した仕事を思い出す。
などばど。
スタイルは人それぞれでいい。
まずは、一旦立ち止まっていろいろ試しながらコンディションが回復するのを信じて待とう。
当たり前のことをいうじゃないかって。
そう、当たり前のことをちゃんとやるんだ。
そうやって30年頑張ったんだから、やれないことはないよ。
自分を信じよう。
●ヒント50 勝負はまだ終わっていない
以前書いた「ヒント」で人と比べたってしょうがないから考えない方がいいと書いた。
比べるなら大昔の先祖と比べたらいいと。
我ながら、心を落ち着かせる良い方法だと思っている。
しかし、現実の自分はせっかくいい方法を思いついたのに、肝心な時には忘れてしまう。
つまり、結局ひとと比べている自分がいるのだ。
そこで改めて考えてみた。
どうしても比べてしまう自分を勇気づける方法(理屈)はないのかと。
こういう込み入った考えは朝一番には浮かばないもの。
たいていの場合、ビール2杯と焼酎が入ったくらいで不意に思い浮かぶものだ。
今回もそうだった。
そこで思いついた理屈。
そう、勝負はこれからだと考えればいい。
整理すると、どうしても他人と比べてしまう自分がいて、仕事で言えば負けていることも多くて正直気分が晴れない。
そんな時は、まだ勝負は終わっていないから落ち込むことはない、と考える。
サラリーマン生活という試合は、サッカーや野球とは違って、何度も延長が可能だ。
今回ダメだったとしても、延長戦に持ち込んでそこで違った方法で勝てばいい。
なんだったら自分でルールを変えることだってできる。
そう考えたら目先の勝ち負けなんて、ちっぽけなものに見えてくるではないか。
結構いい考えだ。
しかしながら、根本的には勝ち負けなんて比べたってしょうがないんだ。
延長戦理論は、付焼刃的な対策に過ぎない。
少しずつ自分をだましながら真実に近づいていこう。
本当に幸せな自分に。
