手放した先にある「愛」 そして「信じる」ということ
ここのところずっと自分のネガティビティが湧き上がってきていて、その全部を受け止めると覚悟を決めて向き合っていた。
どんな些細な自分も絶対に目を背けない。そう決めたんだ。
(新たな学びに進むと決めた時から、闇と向き合う事は覚悟していた。経験上、本質に近づこうとするほどに自分の中の癒すべき闇が炙り出される。変容のプロセスなので避けては通れない。痛みも伴う。)
痛みを感じるのはやっぱり苦しくて、考えないようにしたり、目を背けて自分をごまかそうとしたくなる自分もいる。
ごまかしていることすら気づけない自分もいる。
どんな自分も受け止める覚悟と、苦しくて弱気になる気持ちとの狭間でゆらゆらしながらも、意志の力で向き合う。
丁寧に、丁寧に。ゆっくりゆっくり。
何度も何度も、感じて。受け止めて。
そうしてやっと、奥の奥にある自分の大切な、もうこれ以上傷つけたくなくて大切にしまった本当の思い、願いが出てきてくれたりする。
その宝物をもう誰にも傷つけられたくなくて、自分にも気づかれないようにずっと奥に奥に隠し持っていたんだよね、って。
何年も自分と向き合い続けてきて、その都度、表層の方にある想いは気づいてあげて癒してきたけど。やっと、こうして奥の奥の仕舞い込んだ想いに丁寧に触れてあげられるようになれたという感覚。
そんな日々を過ごしてた。
そして先日の10/21
大きな気づきが起きた。
電車の中で、しんみりと音楽を聴きながら、外を眺めてぼんやりと湧き上がってくるものを感じていた時に。
わたし、愛する事をもう怖がらなくていい…。
だって。たとえ傷つく事があっても、何があっても、絶対にそんな自分を抱きしめて受け止めてくれる私がいるから。
だから、もう。怖くない…😭
そう思えて、涙が溢れた。
そう思えた瞬間、ふっと心が軽くなって、握りしめていたものを緩められたような。
あぁ、恐れを手放すってこういう感覚なのか…。
そして自分の中の奥深くにしまいこんだ、でも確かにある小さくて大切な、純粋な愛の存在を認識して、迎え入れられた感覚だった。
その時ふと、手元のiPhoneのSNSを見ると、マーモットに似た可愛い小動物が出てきていた。
ちょうど今、流れで自分自身のコア、本質に向かう学びをすることになり、その始まりの時にスピリットからのいくつかのメッセージをオラクルカード経由で伝えていただいていた。
そのうちの一つがマーモット(ウッドチャック)の絵柄「手放し」だった。

SNSで出てきたマーモットに似た小動物。
なんてかわいいの〜💕と思って思わず見に行ったら、クアッカワラビーというオーストラリアの動物で、ピンクのハートの形をしたものを手に持っている…😳
え!ハート❣️
(オラクルカードのマーモットもハートを大切に持っていた↑)
その直後、会社のiPhoneのアラームが鳴り、勤怠の記録をつけ忘れていたのに気づいて、アプリを開いたら、今まで見た事のないポップアップが出てきて、真ん中にはピンクのハートの絵😳🩷一瞬固まる。
え!?なにこれ。
私のiPhoneにはピンクのハートを持ったクアッカワラビー、会社iPhoneにはピンクのハートの絵がそれぞれ画面に表示されていて…😳
そして、ふと見上げた先にはピンクのハートが描かれた広告…😳
祝福してくれている…😭😭😭
スピリットがサインを送ってくれたんだと思ってまた泣けた。
固く自分を守り続けていた執着を手放せたら、自分の中の愛を迎え入れることが出来て、そしてハートが届いた😭
気づけば今日は新月だった。どんな意味のある新月なんだろう、後で調べようと思いつつ。
その後、最近登録したとある公式LINEから通知が来てたので読んでいたら
“今日21時25分は・・「自分の気持ちを大切にした人間関係」のはじまりとも言われる天秤座新月⚖”
と…🥹なるほどだ。
無条件の愛だとか、たくさん耳にしてきたし、そこへの興味がずっとあった。そこに向かう必要があるという感覚もあった。
でもそんなことが果たして可能なんだろうか、とも思っていた。
こういう事なのかもしれない、と。
やっとそこに少し触れられた感覚だった。
「信じる」というのは、相手の何かではなくて、どこまでいっても、自分の中にある愛を信じ続ける、という事なのかもしれない。
