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人間関係が変わっても自分を失わない練習―ねっこのねっこ【番外編】


子どもの姿を見ながら

わたし自身の
伏線回収が
少しずつ始まっている

あの頃のわたしは
まだ輪郭がぼやけたまま

たくさんの経験をして
たくさんの感情を抱えて
生きていたんやと思う

その時は
意味なんてわからなかった

ただ苦しかったり
悲しかったり
理不尽やと思ったり

そんなことの
繰り返しやった


でも

大人になって
親になって

子どもの姿を通して
ふと気づくことがある

あぁ
あの時の経験は
こういうことやったんか

あの時の感情は
こういうことやったんか

そんな時間を
最近よく過ごしている


中学生の頃
人間関係のことで傷つき
10日ほど
学校を休んだことがある

それまでは
学校は楽しい場所やった

友だちもいたし
しんどい時があっても
行くのが当たり前やと
思っていた

でも
ある出来事をきっかけに
学校へ行くのが
怖くなった

ある日を境に
無視が始まり
学校の空気が
一気に変わった

その日
どう過ごしていたのか
覚えていない


次の日から
10日間学校を休んだ

休んでいる間
わたしは苦しかった
悲しかった

そして

どこかで
このまま休み続けることは
負けたような気がしていた

学校へ行くのが当たり前
休むのは良くないこと
そんな空気が
今よりずっと強かった時代

わたし自身も
そう思っていた

だから
怖かったけど
学校へ戻った


でも
戻ったからといって
元通りになった
わけじゃなかった


無視は続いていた
関係ない人からも
距離を置かれることもあった

話しかけられても
どこかぎこちない

居心地は
決して良くなかった


当時のわたしは

嫌われることが
恥ずかしいと思っていた

それは

嫌われるわたしを
哀れに感じたり
見下されることが
怖かったからなのかもしれない


でも
今振り返ると

ほんまに怖かったのは
相手から嫌われることでも
見下されることでもなく

その出来事をきっかけに
わたしがわたしであることを
自分で否定し
自分を見下してしまうこと
やったのかもしれない


嫌われたんかな
間違ってたんかな
わたしが悪かったんかな

そんなことばかり考えて

そして
いつの間にか

相手ではなく
自分を責め続けていた



今思えば
特定の関係だけが
変わっただけ
やったのかもしれない


でも
わたしには

全部が敵に見えて
全部が変わったように
見えていたんやと思う


ただ
それをきっかけにして
少しずつ
見えてきたものもあった


トラブルが起きるまで
気づいていなかったこと


それは
変わらずいてくれる
人の存在

仲良しやった子が
別のクラスにいた

その子は
何も変わらなかった

いつも通り接してくれて

いつも通り笑ってくれた

今思うと
あの存在に
どれだけ救われていたか
わからない


そして

今まで話したことの
なかった子とも
少しずつ
関わるようになった


あの出来事がなければ
仲良くならなかった人もいた


離れていく人がいる

変わる人がいる

その一方で
残ってくれる人もいるし
新しく出会う人もいる


あの時

人生で初めて
人との縁には
いろんな形があることを
知った


当時のわたしは
離れていった人ばかり
見ていた


でも今振り返ると

本当に大切やったのは
変わらずいてくれた人や
新しく繋がった
人たちやったのかもしれない

あの頃のわたしは

戻ることしか
見えていなかった

でも今振り返ると

あの経験は
元に戻るためじゃなく
新しい景色に出会うための
通り道やったのかもしれない

人間関係は
ずっと同じ形ではいられない

近づくこともあれば
離れることもある

穏やかな波もあれば
揺れる波もある


そして

以前より悪くなったように
感じる時もある

でも今なら思う

それは終わりではなく
これからも続いて行く
ひとつの波の形
それだけなんやって


波が変わると
離れる人もいる

でも

新しく出会う人もいる

以前より悪くなったように
見える景色の先に

前とは違う景色が
待っていることもある


人間関係が変化しても
自分を失わない

そんな練習を

人生は何度も
させてくれるのかもしれない


だから今は

相手との関係だけじゃなく
自分との関係も
もっと大切にしていきたい

今ここの
わたしがいる🌱

┈┈┈┈┈┈┈┈┈⿻*.·

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わたし自身が
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続けている

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