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第2章13話 エネルギーで交わす愛

ソロンと別れた後、玲はサラとユラに連れられて、その夜に宿泊する建物へと向かった。

先ほどのパスタを食べた中庭から、しばらく歩いたところにそれはあった。

マデラス特有の有機的な曲線を描く建物だった。

それは、地球のどんな建築物とも違っていた。

石のようでもあり、光を帯びた素材でもあり、壁全体がうっすらと呼吸しているように見えた。

中に入ると、部屋の中央に大きなベットのようなものがあった。

それは床から少し浮いていた。

明らかに地球のベッドとは違っていた。

布団も枕もなかった。

しかし、そこに寝るのだということは一目で分かった。

「ねぇ、サラ、夜はあれに寝るってことですか?」

サラは、やわらかく微笑みながらこう言った。

「そうよ。多分、玲がいつも家で寝てるベットとはちょっと違うかもしれないけどね」

ユラもくすりと笑った。

玲はそのベッドらしきものをしばらく眺めた。

「……そっか、どんな寝心地なんだろう…。寝る時が楽しみだなぁ」


「ねぇ、玲、このあとはマデラスの探索に連れて行こうと思うけど、行きたい?」

サラがそう言った。

「マデラスの探索?、行きたいですー!!」

「じゃあ、そうしましょう!」

三人は部屋を出たあと、再び空飛ぶ絨毯、ラングータンを呼んだ。

絨毯がふわりと降りてくると、先程の猫型星人、アニャが何気ない様子で座っていた。

三人が乗り込むと、ラングータンは静かに上昇した。

向かう先は、トーツクの森という名称で呼ばれているところだった。

ラングータンが下降していくと、そこには驚くような光景が広がっていた。

「な、なにコレ…」

玲は思わず声を漏らした。

「こ、昆虫たちが…、う、嘘でしょう…?」

そこには小さな住人たちが一生懸命に何かを作ったり、運んだりしてせわしく動き回っていた。

てんとう虫の小人。

バッタの小人。

ムカデの小人。

カブトムシ、クワガタの、小人。

地球で見る昆虫に似た姿をしているが、明らかにそれよりも大きく、表情もたずさえている。

更には、知性も持っているようだった。

昆虫のような人たちの何人かが、玲に向かって当たり前のように手を振って挨拶をしてきた。

なんだかよくは分からないが、とりあえず玲も手を振り返した。

ラングータンを降りた三人は、切り株の近くで忙しくしている昆虫の小人たちの様子を観察した。

玲はユラに尋ねた。

「この人たちって、何なんですか……?」

「この子たちは、前に話したネクシウムたちが遺伝子操作で作った生命体たちなのよ」

ユラが穏やかに答えた。

「ネクシウムたちが遺伝子操作で…」

「ネクシウムたちが高度な遺伝子工学を極めている存在だということは、前に言ったわよね。

彼らは、その過程でこれまでに様々なものを作ってきた。サイズも種類もバラバラ。彼らはこの宇宙全体に八千万種類とも言われる生命体たちを作り、その後、様々なカタチでそれは存在している」

玲はあたりを見渡した。

「地球にも凄く似た、昆虫という種がいるんです。てんとう虫もバッタも、ムカデもカブトムシもクワガタも。でも地球のはこんなに大きくはないし、表情が豊かじゃないし、少し違うんです」

「知ってるわ。地球にいる昆虫たちも同じ流れの中で生まれたものだけど、また更に細分化されたものみたいね」

玲はその言葉をゆっくりと噛み締めた。

その時だった。

茂みの奥から、大きな影が現れた。

熊のような動物。

しかし、驚くことにその熊には頭が三つもあった。

「きゃーーっ!」

玲は思わず叫び、ユラの後ろへと飛び込んだ。

ユラとサラが笑い出した。

「玲、大丈夫よ、大丈夫」

「あの子に敵意はないから…」

玲は、ユラの背中からそっと顔だけ覗かせた。

三つの頭を持つ巨大な熊は玲をじっと見ていた。

怒っているわけではなかった。

ただ、物珍しそうに——。

「……本当に大丈夫、ですか?」

「えぇ」

玲はゆっくりとユラの後ろから出た。


その後、玲たちがいることを嗅ぎつけた様々な動物たちが次々と集まってきた。

黒白柄のカワウソ。

ふかふかの青いウサギ。

かわいいピンクの豚。

頭が二つある蛇。

愛嬌のある顔した大きめの狸。

ヘラジカのような、金色の立派な角を持つ大きな鹿。

それらが、玲たちを取り囲むように集まり、じっと見ていた。

玲は思わず挨拶をしてみた。

すると、不思議なことが起きた。

言葉ではなかった。

しかし、頭の中に何かが届いてくるような感覚があった。

会話ができているような——。

「どうして……?わたし、この人たちとなんとなくだけど会話ができてる気がする……?」

玲が驚いて言うと、サラが微笑んだ。

「ヴェルトラクシスとマデラスの滞在で、玲も少しずつ、エネルギーでの会話が自然とできるようになってきているのよ」

玲は動物たちを見渡した。

その目はみんな温かかった。

玲は思わず笑ってしまった。

それはとても温かい、初めて会ったとは思えないような、やわらかさを感じるものだった。


ひととおり動物たちと交流した後、サラが言った。

「今日はもう一箇所、行きたいところがあるの」

サラはそう言うと、ラングータンを操縦するアニャに言葉ではない何かを伝えた。

アニャは、こくんと頷いた。

再び三人はラングータンに乗り込んだ。

サラが、にこにこしながら玲に尋ねた。

「玲、楽しいことしたい?」

「楽しいこと、ですか?」

玲はワクワクしながら聞き返した。

「ほら、前にアルーベに入ったでしょ?」

「えぇ」

「アルーベは心と精神の修復を目的とするものだったけど、今から向かうスプリウムは、新しい意識を活性化させてくれるの」

「新しい意識……?」

「本来は玲の中にもある、今はほとんど閉じられている力よ」

玲は首をかしげた。

「それは?、それはどんな力ですか?」

サラは穏やかに続けた。

「人間には五感というものがあるでしょう? 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。この五つの感覚が世界を認識するための窓よね。でもね、本来は人間にはもう一つの感覚が備わっているの」

「もう一つの感覚?」

「そうね、地球人の玲に分かりやすい言葉でいうなら、第六感と呼べばいいかしら」

「第六感……!」

「スプリウムは、それを一気に高めることができるの」

玲は思わず身を乗り出した。

「そうなると、どうなるんですか?」

サラとユラは顔を見合わせた。

そして、同時に微笑んだ。

「魔法のようなことが起こせる」

玲は目を丸くした。

「やってみたい?」

「……やりたいです!」


スプリウムは、黄金の滝のようなところだった。

水が黄金色に輝き、その飛沫が光の粒のように舞っていた。

「じゃあ、玲、まずはそこにある赤い果実をひとつ取って、それを食べてね。そして、食べたら服のままでいいから水の中へ入ってみて」

「その実を食べてから、水の中へ入る?」

「えぇ、能力を開花するには、まずは松果体を目覚めさせる必要があるの。そのオリゴンの実は、本来備わっているけど、今は発揮されていない松果体の力を一気に活性化してくれるの」

「今は発揮されていない松果体の力…?」

「それはまた後でゆっくりと説明してあげる。とりあえずは、まずはオリゴンの実をとってみて!」

玲はサラに言われた通り、そばにあった真っ赤なオリゴンの実を手にとり、それを口に入れた。

「うわぁー、酸っぱい…」

口に含んだ瞬間、レモンのような酸味が広がったが、それはすぐに甘い甘味に変わっていった。

「あっ、でも最初は酸っぱかったけど、コレ、美味しい!」

「美味しいからってたくさん食べちゃダメよ。ひとつで十分だから。じゃあ、食べたらそのまま進んで、スプリウムの中に入ってみてね」

玲は言われたまま、その後は服のままスプリウムの中へと入っていった。

入ってから一分ほどが過ぎた頃のことだった。

突然、耳がキーーンと鳴った。

同時に滝の音が消え、頭の中に静寂が訪れた。

頭の中がぐるぐると回り始めた。

そのうちに、宇宙のような光景が浮かんできた。

無数の星。

広がる銀河。

それがやがて一点の光へと収束していき、

とてつもなく神々しい、眩い光に包まれていった。

じわりと体が熱くなってきた。

特に頭の中。

目の奥の方がじんじんしてきた。

熱さを感じてきた。

そして、それはどんどん強くなっていった。

な、なにこれ——。

そう思った瞬間だった。

嘘のようにその熱さが消えた。

そして、再び静寂が訪れた。


玲はスプリウムに入ったまま、サラとユラを見た。

「今……、わたしに何が起きたんですか?」

二人はやわらかく笑っていた。

「開いたわね」

「開いた……?」

「そのスプリウムの水面で、自分の顔を見てみて」

玲は水面を覗き込んだ。

そして、息をのんだ。

眉間のあたりに、青い斑点のような丸いものが輝いていた。

「な、なにこれーーっ!?」

「第三の目よ」

サラが静かに言った。

「本来は地球人にも備わっているものだけど、ある理由によって閉ざされてしまっていた。でも今、玲のそれが開いた」

「第三の目って……」

「空間を超えて物事を感じ取る力。相手のエネルギーを読む力。そして、意思の力だけで物理的なものを動かす力」

サラが、自分たちの足下付近にあった石を指差してこう言った。

「じゃあ、玲、私たちの足下にあるこの石を浮かせてみて」

いつもの玲なら、そんなことできるわけないと思っただろう。

しかし、その時は違った。

不思議と、そんなこと簡単だと思えた。

玲は石を見た。

浮くイメージが頭の中に浮かんだ。

その瞬間、石は当たり前のように浮いた。

「うわ……」

「じゃあ、今度はそれを自分の手元に引き寄せて、胸の辺りで浮かせてみて」

玲が言われた通りに意識を向けると、石はスーッと胸元へ動いてきた。

今度はユラがこう言った。

「じゃあ、玲、今度はもっと高く上げてみて」

玲がそう思った瞬間、石は一気に上昇した。

あっという間に見えなくなった。

「玲!、上げすぎよ!!」

ユラが大笑いした。

サラも笑った。

「凄い。なんだかわからないけど……とんでもないことができるようになった……!」

胸の中に言いようのない興奮があった。


宿泊する施設に戻ると、三人は建物の奥にあるアルーベによく似た、緑色に漂う液体の入ったプールのようなものに入った。

そこには、三人とも服を脱いで入った。

玲は少し恥ずかしかった。

しかしサラとユラは、恥ずかしがる玲を見てくすくすと笑った。

「地球人ね」

「しょうがないわ」

プールの中で目を閉じ、静かに瞑想するように佇むサラとユラのそばへ玲はそっと近づいた。

「玲も私たちのようにやってみて。何も考えない。ただ、この温かな水の中で全てを委ね、今というこの瞬間だけにいることを意識して」

玲は目を閉じた。

何も考えない。

ただ、今、ここ。

数分が経った。

あの時のアルーベとはまた違う感覚だった。

体の隅々まで全てがリセットされていくような、言葉にできない気持ちよさがあった。

やがて三人はプールから上がった。

ソロンが用意してくれた神秘的な美しい服が、そこに揃えられていた。

それは絹のように滑らかで、体に吸い付くような心地よさがあった。


その後は、三人でたくさんのことを話した。

スプリウムのこと。

石を上げすぎた話。

三頭の熊のこと。

アニャのこと。

笑い声が部屋の中に溢れた。

玲はその時間が心から楽しく思えた。

こんなに笑ったのはいつぶりだろうと思った。

やがて、眠る時間になった。

三人は、部屋の中央にある不思議なベッドに並んで横になった。

下にマットレスのようなものはなかった。

ベット自体が浮いていた。

体を預けるとそれは無重力のような、マシュマロのような、なんとも言えない感覚でとても気持ちが良かった。

「……すごい、何、この感覚…」

玲は思わずそう呟いた。

「ねっ、なかなか気持ちのいいものでしょう?」

ユラが穏やかに言いながら、玲の手をそっと握った。

そして、そのまま優しく抱き寄せた。

玲は最初、驚いた。

しかし、同時に不思議なくらい嬉しかった。

今度はサラも反対側に寄ってきて、優しく玲の肩に手を置いた。

「不思議……。わたし、女性同士でこんなの初めてだけど、サラとユラなら、もうどうなってもいいと思えちゃう…」

玲がそう言うと、ユラがやわらかく笑った。

「不思議だと思う?でもね、地球人以外では性別にそこまでこだわっている人たちというのは、ほとんどいないのよ」

「そ、それってどういうことですか…?」

「ほら、前にも言ったでしょう? 全てはエネルギーだって。生命と生命の繋がりには、本来は性別は関係ない。それが関係するのは、種族を残すための繁殖をする時だけのこと」

ユラは続けた。

「この相手とエネルギーを交えたい。そう思えば、私たちは性別なんて関係なく、こうやって自然と体を寄せ合いエネルギーを交換する。それは至って普通のこと。そこには、何かの性的な行為をしないといけない、とかはない」

玲はその言葉を素直に受け取った。

ユラの体温が温かかった。

サラの体温が優しかった。

それは、これまでに感じたことのない安心感のようなものだった。

自分を包み込むように抱いてくれているユラが、優しいお母さんのように思えた。

サラから伝わってくる体温が溶けるように気持ち良かった。

あまりの心地よさに、意識が朦朧としてきた。

急に眠くなってきた。

でも、寝たら勿体ない…。

このまま、ずっとこの状態の中にただよっていたい…。

玲はそう思いながらも、次第に眠りの中へ落ちていった。

しばらくして、サラがユラに小さく言った。

「玲、寝たみたい」

ユラはくすくすと笑った。

「この子って、本当にかわいいわね」

ユラがそう言うと、サラもこう言った。

「ねっ、かわいすぎるわ」

二人は玲の寝顔を見ながら、静かに微笑んだ。

マデラスの夜は、深く、穏やかだった。

第2章13話 完。

本作品はフィクションです。
登場する人物・団体・企業・製品名等は架空のものであり、実在する人物・団体・企業・製品とは一切関係ありません。
また、作中に登場するAI・ロボット技術および社会情勢の描写は、著者の想像に基づくものであり、実際の技術動向や将来予測を示すものではありません。

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