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バイオリン再開の前に手放したもの、選び取ったもの

怒涛でもないけど、怒涛のバイオリン復活記録のケイです。

20年のブランクののち、4月にバイオリンの練習を再開して3か月過ぎました。

今振り返ってみると、自分の予想はかなり甘かったと感じています。

バイオリンの弾き方までは忘れてはいませんでしたが、
音程を感じ取る耳の感覚、指の筋力や瞬発力、
手首の柔軟性から、音楽用語や調性の仕組み、
楽曲の種類などなど、忘れ去っていたことに気づいた日々でした。

人間って、忘れる生き物。

本当にそう。

でも、やっと弾きたいんだと気づいたんだから、少しずつでも思い出せばいい。

毎日弾いたり、音楽を聴いたり、本を読んだりしながらバイオリンだけでなく音楽の知識を再発見していきました。

そして、今ここ。7月下旬。

確かに私の復活への読みは甘かったけれど、私自身の内面の変化は著しいものでした。


この3か月、正確に言うとバイオリンを弾こうと思った少し前から、手放したものがいくつかありました。

もともとバイオリンのことしか考えてなかったふわふわした私が結婚し3人の息子を育てる中、子供の障害、進路、不登校、家庭を支える役割などのあれこれに向き合ってきました。

気づけばバイオリンは過去のことになり、24時間365日「お母さん」「妻」だったのです。

もちろん自分のやりたいこともやる時間がまったくなかったわけではないけれど、それも家族のための時間の合間をぬってやっていました。

まあ、普通のことって言ってしまえばそれまでです。

でも、それって本当に普通のことだったのでしょうか。

もっと自分を大事にしてもいいんじゃないか。

ずっと思ってきたけど、なかなかできなかった。

問題は次々にやってきたし、苦しくても私がやらなければ進まなかったから。

でも混沌の中、何かの拍子に「もう、やめた」と思う瞬間がありました。

何をやめるかって、まずは家族の人生を私が背負うのをやめたんです。

もちろん大事な子供ですもん、障害がある子もいる。

必要なところではサポートします。

作ったのは、境界線。

私は、家族といえども私の人生を生きるために、間に明確な線を引いたんです。

そして、実際に少し生活を変えました。

毎日無理にでも作ってきた健康的なおかずを簡単なものに変えたり、

誰かの都合で我慢していた外出をするようになったり、

必要以上の愚痴を受け付けないようになったり。

お母さんはこうするべき、嫁なんだから(時代錯誤だよね)こうするべき。

そんな雰囲気も最初はありました。

そして、結構な衝突も正直ありました。

でも私が健康で幸せでなくてもいいというような家族なら、いらん。

と思いました。

そしたら、自分が本当に本当にしたいと思うことをしようと思えたんです。

20年ぶりにバイオリンを弾く生活に戻ろうと決めたらストンと落ち着いた。

やっと戻ってきた私の世界。

この3か月、私には喜びしかなかったです。

どんどん自分の心が生き返ってくるのを感じる。

バイオリンを弾くことは自分の復活でもあるんだなと感じます。

家族の形も、生活も変わっていくかもしれない。

でも、今バイオリンを弾く私を選んだことに悔いはなしです。

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